「シネマコリア2007−見応えある作品群」
名古屋在住の一大学教員、西村嘉夫が立ち上げた「シネマコリア2007」は98年以来9回目を迎える。
息の長いミニ韓国映画祭として、すっかり定着した。
「面白い作品を自らの手で上映を!」をモットーに、優れていながら買手のつかない未配給作品に焦点を絞り、多くの秀作、話題作、力作を拾い、上映に務め、クオリティは高い。
「フラガール」の李相日、「グエムル 〜漢江の怪物〜」のポン・ジュノ、「トンマッコルへようこそ」のパク・クァンヒョン、「王の男」のイ・ジュニク等の有名監督たちのデビュー作をいち早く紹介したのは「シネマコリア」だ。
韓国映画好き、しかも、韓流スター追っ掛けでなく、韓国に興味を持ち、勉強もしている人々がファンの中核であり、彼らは、それぞれの作品の監督たちとの交流を楽しみにし、「観客とゲストの距離が最も近い映画祭」とされている。
今年、2007年は、韓国の近現代史を描く作品が揃った。「もっと知りたい韓国」がキーワードの「シネマコリア」にとり、原点の確認作業と言える。
1910年以来、45年までの日本による植民地化、その後の独裁軍事政権による強権政治、そして、386世代による90年代からの民主化運動と、苦難の歴史を負う自国社会を見詰める視点が、強いインパクトで見る者に迫るところが今回の特徴である。
386世代とは、軍事政権下の60年代生れ、民主化の波が押し寄せた80年代に学生時代を送り、97年IMF経済危機を30代の社会人として経験した人たちを指す。
この世代が民主化の中心であり、80年の全斗換軍事政権による、光州事件の学生運動活動家たちは、正に、この世代に当たる。
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「青燕」
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韓国で女性パイロット第一号であるパク・キョンウォンの生涯を描く作品。
彼女は1897年に韓国・テグ生れ、1926年(大正15年)、航空少女だった彼女は日本に渡り、アルバイトをしながら学費を貯め、憧れの立川飛行学校に入学。当時の韓国は日本の植民地で、日本人として入学しているが、日本人からの差別、偏見、侮蔑には悩まされどうしであった。当時の日本人にとり、韓国人は二等国民であり、あからさまな蔑視の対象であった。
彼女は、周囲の偏見に負けず、トップの成績で、女性の最高の資格二等操縦免許資格を取得。
日本政府は、日韓民族統合の象徴として、彼女を日満鮮(朝鮮、満州の意)親善飛行に起用。この植民地融和政策に彼女は心揺れるが、他に飛行家として生きる選択肢が無く、受け入れる。
立川を飛び立ったプロペラ機は、熱海上空クロ玄タケ岳で遭難。36歳の若さで死去。現在、彼女の遭難慰碑は、付近住民により建立された玄岳山中から熱海梅園に移築。
この実話、日韓両国で全く知られておらず、ラジオで女性飛行家第一号の墜落死について耳にしたのがきっかけで、ユン・ジョンチャン監督が調査し、映画化した。
不思議なことに、女性飛行家第一号である彼女の記録は抹消されている。日章旗を背負った彼女は、日本の傀儡と見られたフシがある。
不幸な植民地時代に生きた、韓国の輝ける女性の半生は、時代に翻弄され、存在まで消されてしまった。
日帝時代(韓国による日本の植民地化の意)の不幸な時代を掘り起し、今一度、歴史を振り返る姿勢に、今年44才、386世代のユン監督の気概が伺える。この「青燕」は相当なチカラワザ力業である。余談だが、9月16日に記念碑のある熱海市で「青燕」の無料試写会が開催される。
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「懐かしの庭」
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1980年代、民主化運動を背景とする作品。監督は今年45歳のイム・サンス、原作は人気作家、ファン・ソギョンの同名小説。
物語は、80年の光州事件に参加した学生が逮捕され、17年振りに出所。その後の彼と、光州事件後の逃亡生活の懐古シーンからなる。
元活動家仲間で愚直に筋を通した人間は負け組、民主化の波に乗り、法曹界、政界へ転出した「勝ち組」の人間模様は、見る方にとり、身につまされる思いだ。
逃亡生活中、彼を山中の家に匿う若い女性中学教師は既にガンで亡くなり、彼は、亡くなった彼女の周囲を巡り、17年の空白を埋めようとする。
官憲に追われる男を匿う若い女性の設定が、この作品の重要な柱であり、愛する人を裏切らず、愛を貫く彼女が、寧ろ、この「懐かしの庭」の中心人物と言える。そして、元活動家の青春回想であると同時に、一人の女性の魂の物語でもある。ここに、多くの人は胸を打たれる。
光州事件の活動家たちは、革命に命を捧げた崇高な人々であるが、主人公の男のように服役し、遅れて社会復帰した、輝ける闘士でない人間に力点を置き描きたかったとイム監督はティーチインで語った。
愛を貫く女と、常に迷いと諦めが先に発つ男の組み合わせ、ファン原作の世界であろう。
原作者、ファンは、今年64才の韓国を代表する作家である。彼は行動する作家で、訪北の罪で逮捕され、93年から5年間収監される。2000年に「懐かしの庭」を出版、我が国でも2002年に岩波書店から翻訳が出るが、現在は絶版。
イム監督によれば、現在の韓国文壇でノーベル文学賞に一番近い作家だそうだ。
同監督、次回作は、フランス資本、「オ・エ・クァール」プロ製作のパリ・ロケ作品「パリとある女」を予定。物語は、ある韓国人女性が、パリで男を手玉に取り逞しく行きる、サヴァイヴァル・エロティック・コメディである。
現在、韓国では光州事件を描く「華麗なる休暇」が上映中で、500万人動員するほどの大ヒットとのこと。
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「ホリデイ」
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ヤン・ユノ監督の「ホリデイ」は、88年のソウル・オリンピックが開催された年に起きた、脱獄囚人質立てこもり事件を題材とした実録ものである。
国威発揚の大義名分を掲げオリンピック成功を目指した、かの光州事件大虐殺の司令官、全斗換政権時代の事件であり、当時は、公権力が凶悪犯を退治する、テレビワイドショー的な勧善懲悪劇として世間を騒がせたものであった。
この実話を、ヤン監督は検証し、その根幹に迫って見せた。
ことの発端は、オリンピック施設建設のため、住宅を強制退去させられた住民が、公務執行妨害で検挙される。刑務所では、強制退去執行した副所長と検挙された男が再び顔を合わせる。そして、男は連続的に不当な拷問を受ける。
この時代、保護監護法が制定される。再犯の確立の高い者に対し、この法律が懲役とは別に加わり、例えば、窃盗で3年刑がプラス8年、合計11年という長期刑となる法律で、全斗換時代の悪法と言われた。この法を適用された同房の収監者たちが脱獄し、人質立てこもりで訴えたのは「有銭無罪、無銭有罪」である。つまり、金持ちは刑が軽く、貧乏人は刑が重い、不公平さの廃止の訴えであった。このベラボーな悪法、やっと2005年に廃止された。
軍事政権下の圧制を今一度問い直す作品で、今年41才のヤン監督の問題意識に圧倒される。
日本の若手と比べ、韓国の若手監督の意識の高さが感じられる。
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「ラジオ・スター」
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社会もの以外に、良く笑えて、且つ、しんみりさせられる、良質な娯楽作品「ラジオ・スター」は良く出来たコメディだ。監督は「王の男」(05)のイ・ジュニクで今年47才。
今は落ちぶれた、かつてのロック大スター(パク・チュンフン)がお情けであてがわれたDJの仕事をするうちに、ふとしたきっかけで再浮上する物語。彼と一心同体のマネージャーの存在が実に面白い。ロックスターに甲斐甲斐しく世話を焼くこのマネージャーに、大スター、アン・ソンギが扮し、彼の怪演がこの作品最大のミドコロ。
DJを放送するのは、地方の放送局ではなく中継所。技師は、ここ10年録音機器を扱ったことのない頼り無さ。ディレクターは、ソウルのテレビ局から左遷された若い女性。終始、ふくれ面。それに輪をかけるのが、かつてのロックスターのふてくされ振り。そこに、ラーメン屋の芸能好きの出前や、喫茶店のウェイトレスが入り込み、DJに加わり、思わぬヒットを飛ばす。
この「ラジオ・スター」の優れているところは、笑いが線となり、全篇、それがつながっているところに ある。
もう一つの楽しみは、韓国ロックの父、シン・ジュンヒョンの代表曲で韓国人なら誰でも口ずさむ、「美人」や「美しい山河」の挿入である。それらの曲のノリの良さは快い。
本年は4本と、ミニ映画祭であった。しかし、内容的には386世代の監督による作品があり、その力量には目を見張るものがあった。又、「ラジオ・スター」のような良質な娯楽作もあり、こちらも充分楽しめた。
何故、これだけの作品、日本の配給がつかないのか、理解に苦しむ。最近は、韓流ブームと言われる綿菓子風の作品のみが取り上げられる傾向があるが、このような歯応えのある作品をじっくり噛み締める必要がある。
今回は、植民地時代の韓国人の生き方、全斗換時代の光州事件、オリンピック開催に伴う貧者切捨て、韓国人作家ファン・ソギョンの存在等、韓国について、もっと知る良い機会であった。
(文中敬称略)
映像新聞 2007年9月3日掲載
《了》
中川洋吉・映画評論家
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