このサイトからダウンロードできる
PDFデータの閲覧のために必用なAcrobatReaderは以下のリンクより
無償でダウンロードできます。



このサイトからダウンロードできる
PDFデータの閲覧のために必用なAcrobatReaderは以下のリンクより
無償でダウンロードできます。




「国際Dシネマ映画祭2007」

 川口市SKIPシティで7月14日から22日まで開催の「国際Dシネマ映画祭」は今年で4回を数えた。デジタルシネマに特化したこの映画祭は、新しいメディア技術の発展、進行に合わせ、多くの若手クリエーターの参加が得られた。第1回のオープニングセレモニーでは、観客はまばらで空席が目立った。しかし、4回目の今回は、327名収容の映像ホールは満席であった。Dシネマの知名度が浸透した証拠だ。
長篇部門作品の応募総数は433本、69カ国からの出品で、12本が最終的に選考された。
後発映画祭だけに、特徴を出さねばならず、その一環として高額賞金の授与がある。最高賞は1000万円と、群を抜く高さである。総額1500万円は協賛のソニーからでSKIPっシティ自体も、実質的に川口市とソニーの共同事業で運営されている。

「夕凪の街 桜の国」

「夕凪の街 桜の国」
(c)「夕凪の街 桜の国」製作委員会

オープニング作品「夕凪の街 桜の国」(ノン・コンペ、佐々部清監督)は、実に良く出来ている。じっくりと映画を堪能した気分にさせてくれる。
 原作は、こうの史代の漫画であり、文化庁や手塚治賞を得た、かなり有名な作品だ。佐々部監督は一読しただけでは理解出来ず、4,5回読み納得したとのこと。特に、人間関係が1度では理解出来ないややこしさがある。この原作を大変上手にシナリオにまとめており、それが作品のよさへとつながっている。
 テーマは被爆とその家族で、2部構成である。異世代をそれぞれ描くところにこのシナリオの特徴があり、話を締めている。
 前編は平穏に暮らす母娘が主人公。母には藤村志保、娘には麻生久美子が扮し、娘は26歳で被爆のため世を去る。妹たちが原爆投下で亡くなり、自分1人が生きていていいのかと常に自身に問いながら生きる毎日。彼女に思いを寄せる青年の求婚にも積極的になれず、最後は死が2人を分かつ。ここまでは前篇。舞台は大田川沿いの原爆長屋、セットは実に細密に作られ、美術の功績は大きい。
 しかし、著者が学生時代に訪れたこの長屋は、このように綺麗ではなかった。板一枚で囲われた小さく粗末なバラックであったことを鮮明に思い出す。
 後篇は、若死にした姉に弟がおり、今は東京住まい。既に定年で、家の中ではボケ老人扱い。この彼が突然旅に出る。それをいぶかった娘(田中麗奈)が後を付けると、父は夜行バスで広島へ向い、父が娘の知らない人たちと会っていることが分かる。娘の尾行を既に知っていた父は、彼女の被爆した母との出会い、姉の死について語り、彼女が今まで知らなかった数々の事実が明かされる。
 被爆者たちの避けて通れない、病や死について物静かにストーリーは展開される。淡々とした表現だが肌に染み入るような力がある。ここが演出の狙いであろう。前篇、姉が死ぬ時、「原爆が又1人殺してやったと喜んでいるのじゃろ」と語る箇所は、「原爆には勝てない」ことへの死に行く人の強い呪いである。
 麻生久美子、田中麗奈はそれぞれ違うキャラクターで見せ、良い感じを出している。この女優陣に比べ、堺正章の父親は、老人になり切っておらず、芝居が上手くない。


グランプリ

「うつろいのとき季節」

 今年のグランプリは、最近人気のトルコ監督ヌリ・ビルゲ・ジェイランの「うつろいのとき季節」に与えられた。
 近作は「クライメイツ」(季節)の原題でカンヌ映画祭コンペ部門に出品され、今映画祭では知名度が唯一高い作品だ。
 今作より、前作「ウザック」(03年カンヌ映画祭グランプリ受賞)の方が評価が高く、受賞結果は物足りない。演出で見せるアート系作品だ。
 今年のカンヌ映画祭では、記念事業として35人の監督による33作のオムニバス映画が製作された。その中の1本、コーエン兄弟監督の「ワールドシネマ」で、この「うつろいのとき季節」が出てくる。地方の映画館切符売り場でカウボーイ姿の男が、何を見るか思案気である。1本はルノアールの「ゲームの規則」、もう1本が「うつろいのとき季節」。このカウボーイと名作とのミスマッチが大いに笑わせる。


まぼろしのブランプリ

「ウィズアウト・ユー」

 著者が押すグランプリ作品は、スペインの「ウィズアウト・ユー」だ。
 2児の母で、画を描く主人公は優しい夫と楽しく裕福な生活を送っている。しかし、ある晩、転倒事故により失明する。彼女の境遇は、この事件を境に明から暗へと暗転する。彼女を一番悩ますのが、見えぬこと以上に、日常的コミュニケーションの喪失である。
 絶望の淵をさ迷う彼女はリハビリ施設に入り、女性職員による献身的努力により、喪失感をやっとの思いで克服する。辛抱強い、リハビリ訓練での、時に自立を促す厳しさはミモノだ。障害者を可哀想と甘やかさず、独立した個として扱っている。
 ここに、西欧の強い個の認識が垣間見える。そして、帰宅し、再スタートを期するが、障害者として自分を見る夫や娘との間がしっくりしない。
 目が不自由でも独立した人格を持つ個として生きる道を選んだ彼女は、家を出、視覚不自由者のためのアートセンターを立ち上げる。そこには、今まで反抗的だった娘も生き生きと母の手助けをしている。
 障害者の自立と個の問題を採り上げた作品で、其々の人間の状況描写が上手い。監督はスペインのテレビプロデューサー出身の新人、ライモン・マスロレンス。


手に汗握る犯罪モノ

「プラン17」

 イタリアの「プラン17」は、緊迫感溢れるクライムサスペンスである。目がつみ抜けがない。
 ある会社の重要書類を消すため、事務所ごと爆破する仕事をプロの犯罪者は依頼され、緻密に計算し、寸秒の狂いのない筈のプランを立て、実行に取り掛かる。
ところが、就業後のエレベーター、予期せぬ2人の人物と同乗となり、しかも、エレベーターの電源が切られ、3人は狭い室内に閉じ込められる。この三者三様の悪アガキ、意地の突っ張り合いが興味深々。いかにエレベーターから脱出するか、事務所を爆破させるかのハードルの前に、仲間の裏切りが発覚する。サスペンスとして重層的で手が込んでいる。ストーリーが上手く練られ無理がなく、最近では久々に目にする良質な犯罪モノだ。見応え充分。



アジア作品

「私に関するドイツ独逸でのこと」

 今年、いささか不満に感じたのは、好調韓国や中国映画が少なかったことだ。
 唯一の中国映画「私に関するドイツ独逸でのこと」は悪くない。最近の中国映画で時々扱われる留学生の異郷での生き方を描いている。
 中国人青年が、独逸のブレーメン大学入学が決まり、喜び勇みやってくる。旧知の仲間の歓迎までは順調であったが、その仲間と女友達に金を盗まれ、決まった筈の下宿も追い出される羽目となる。無一文で異郷に放り出された青年は路上にピアノの鍵盤を書き、弾く真似をする。元々、音楽の素養のある彼は、レストランのピアノ弾きのバイトにありつく。その後、レストランの住み込み従業員、ゴミ清掃工場と、身を粉にし働き通し、学費の工面に成功する。裸一貫の異郷で、災いを糧に自力で脱出するしんどさに向かう姿に説得力がある。さして特別なストーリーではないが、ついつい身を乗り出し見せる力がある。



看護士のドラァグクイーン

 異色なのが、イスラエル作品「ペーパー・ドールズ」だ。
 イスラエルに看護労働者として、フィリピン人が移民としてやってくる現実を扱っている。老いたユダヤ人が、フィリピン人たちに介護されている光景は特に珍しいものではない。
 このフィリピン人看護士たちはゲイで、週1回、グループでドラァグクイーンとして歌い踊る。女装し、女性よりも多くのフェロモンを振りまくこのグループは結構人気がある。
 これが全てドキュメンタリーで、最初はフィクションと思うほどであった。これだけ、真に迫るドキュメンタリーは一寸他には見当たらない。イスラエル作品には時折、論理性に富んだ作品や才気溢れる作品が出現するが、今作もその内だ。介護問題、移民問題、ゲイに対する社会的差別問題が語られる。


おわりに

 「Dシネマ2007」は、12作品が選考された。今年は例年に比べ、これという作品がなく小粒であった。しかし、「うつろいのとき季節」、「プラン17」、海外の劣悪な刑務所に服役する人々を描く、ベルギー作品「タンジール」、異色のドキュメンタリー「ベーパー・ドールズ」など、見るべき作品はあった。
 しかし、フィリピンに関した作品が3本あったり、児童モノと覚しき作品が2本と、選考に疑問を挟まざるを得ない作品もあった。

●審査員一覧(長篇部門)
審査委員長 メイベル・チャン(監督・香港)
審査委員 コールマン・ハフ(脚本家・米)、ペーター・ファン・ブエレン(映画評論家・オランダ)、森重晃(プロデューサー・日本)


●受賞作品一覧
最優秀作品賞 「うつろいのとき季節」(ヌリ・ビルゲ・ジェイラン トルコ・フランス)
(賞金1000万円)
新人監督賞 ネナド・ジューリッチ監督(「空からの贈りもの」ボスニア・ヘルツェゴビナ)
(賞金200万円)
脚本賞 「月の子供たち」(マヌエラ・シュタッケ監督 ドイツ)
(賞金100万円)
技術賞 「スカイマスター、空飛ぶ一家のおとぎ話」(ミカエル・ウィケ、スティーン・ラスムセン監督 デンマーク)
(賞金100万円)
審査員特別賞 「ハートラインズ」(アンガス・ギブソン監督 南アフリカ)
(賞金100万円)


(文中敬称略)
映像新聞 2007年9月3日掲載
《了》

中川洋吉・映画評論家