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「フランス映画祭2008」

 ユニフランス主催の「フランス映画祭2008」が本年も3月12日から16日まで東京、TOHOシネマズ六本木ヒルズで開催された。全体で13本、他にジャック・リヴェット監督特集が、ユーロスペース、日仏学院で催される。
今年のフランス代表団団表は、女優のソフィ・マルソーが務めた。
映画祭に先立ち、2月にパリでメネゴズ会長とインタヴューをし、今後のフランス映画祭の方向性などについて聞いた。

映画祭開催地

マルソー団長(中央)、メネゴズ会長(左)、フォール、フランス大使(右)
(c)ユニフランス
  先ず、映画祭開催地について尋ねた。
 「現在の日本のフランス映画人口の激減が問題です。フランス映画人口の最盛期は450万人を数えましたが、最近は150万人まで降下し、現在は、それすら下回っている状況」と危機感をアラ露わにした。
 このため、採られた対策が、前会長、トスカン・デュ・プランチエが先頭に立ち引張った、横浜フランス映画祭を止め、新たに会場を東京に移しての再出発であった。
 トスカン・デュ・プランチエ前会長の死去のため、後任にはアート系作品のプロデューサー、マルガレット・メネゴズが会長に就任した。そして、今から3年前に、お祭り的要素が濃い横浜開催を、フランス映画売込みを第一に考え、足場が良く、映画関係者が集り易い東京へと開催地を移した。
 フランス映画をより多く上映するために、その場として、シネコンに注目した。シネコンであれば、フランス作品の上映機会が増えるとの読みである。
 そして、映画祭会場は東京の六本木ヒルズと狙いを定めた。東京開催後、短縮日程ながら、大阪でもフランス映画祭が、同じく東宝のシネコンで開催された。


新たな方向性

 フランス映画人口減少の歯止め対策の効果は、現時点では未だはっきりしない。しかし、メネゴズ会長は、従来の映画祭中心のプロモーションから、個々の作品のプッシュへと舵を切る方針を掲げた。映画祭規模を縮小させ、日本公開作品の後押しのため、俳優、監督を公開に合わせ頻繁に派遣する、直接的効果を狙う戦術である。フランス映画祭は今より地味な形態で継続し、公開前のプロモーションなどの年間活動に軸足を移し強化する意図がある。
 この方針転換は、フランス映画の韓国マーケットでの成功が後押ししている。
「現在、一番の問題はフランス映画を上映する場を欠いていることです。このために、シネコンに狙いを定め、大々的な展開を目指すが、思惑通りの浸透効果は未だです。 ここ数年、フランス映画の日本マーケット攻略の模索が続くでしょう」とメネゴズ会長は述べている。

「ランジェ公爵夫人」

「ランジェ公爵夫人」(c)ユニフランス

 今年も味わい深い作品が揃い、それなりの面白さがあった。
 13本が映画祭上映作品で、他に、特別上映として「ランジェ公爵夫人」が加わる。この作品、4月5日から岩波ホールで公開される。
 今映画祭では、この「ランジェ…」が一番評価される作品であることは衆目一致のところであろう。
 原作はバルザックの同名小説。監督のヌーヴェル・ヴァーグの巨匠、ジャック・リヴェットは、トリュフォ、ゴダールとはタイプの異なるヌーヴェル・ヴァーグ作家である。彼は、色々なスタイルの作品に挑戦し続け、その語り口の上手さは作品にスリリングな面白さを与えている。

 物語の舞台は19世紀初頭、パリの貴族社会である。貴族の館が物語の大半の舞台となり、特に主人公ランジェ公爵夫人の居住空間は、現在でも、美術的観点から見て大変興味深い。また、主人公のランジェ公爵夫人の次々と変える衣装の見事さはミモノ見物だ。
 主人公の公爵夫人にはジャンヌ・バリバール(「恋ごころ」)、相手役の若き将軍にギヨーム・ドゥパルデュ(「ポーラX」)が扮している。この2人の脇を固めるのが大ベテラン、ミッシェル・ピコリ(「夜顔」)、ビュル・オジエ(「夜顔」)であり、異なる世代の絡みに味がある。
 主人公の2人は社交界の席で知り合い、まず男が参り、無骨なアプローチをかける。しかし、女は彼の気持ちを知りながら、たしなみや信仰を盾に、思わせ振りな振舞いで男を翻弄する。思いあまった男は女を誘拐し真情を見せる。ここで攻守逆転、女が男に夢中になるが、男は完全無視。愛のしがらみの錯綜である。絶望の女は姿を消し、修道院で信仰生活に入る。数年後、やっとの思いで男は女の消息を掴み、再会を果す。
 このように、ストーリー自体はかなり通俗的なのだ。
 男をじらすバリバールの公爵夫人、猫のような容貌を生かした異様な目付きで男を惑わす。この精妙に作られたシナは、女優バリバールの得がたい資質だ。ドゥパルデュは、元来、眉間に皺を寄せての深刻な芝居が得意だが、今回はその深刻さが無骨な男のひた向きさを醸し出している。交通事故で義足の彼、これが逆に歴戦の将軍役にぴったりはまっている。

 リヴェット作品の特徴は、次に何が来るだろうという期待感で観客を最後まで引張るところにある。老大家の見事な腕の冴えだ。
 ここで、見る側は、文豪バルザック、あるいは、ヌーヴェル・ヴァーグといったブランドの薄膜を通し作品に接しない方が良い。余分な狭雑物を排除して、作品にジカ直に触れれば、リヴェットの真価たる精緻極まりない語り口や、人を手繰り寄せて離さぬ彼の演出手腕を堪能出来よう。


「パリ」

「パリ」(c)ユニフランス

 セドリック・クラピッシュ監督(「猫が行方不明」)の「パリ」、なかなか見せる作品だ。余命数ヶ月と宣告された青年(ロマン・デュリス)は、周囲の事物が以前とは違って見えてくる。
 ここがハナシの面白さの根元である。その見えてくるもの、人間たちであるが、彼らの日常の一コマ一コマに人生、生きることの良さが滲み出てくる。精力的にNPO活動に励む姉に、ジュリエット・ビノッシュ、化粧気のない彼女が非常に魅力的。近所のパン屋のおかみ、口うるさく、俗っぽい女主人を、美人女優カリン・ヴイアールが扮している。これは、珍品。そして、朝市の商人たちの日々の喜怒哀楽、パリ史専門の大学教授ファブリス・ルキーニの悪達者な芝居の上手さ、総て人生の機微を感じさせる。クラピッシュ監督作品には、登場する人物たちが、それぞれに個性的で、等身大の親近感を感じさせる描写が散りばめられている。今作品「パリ」も、人物像の描き込みに力がある。パリ下町を舞台とする人間喜劇ともいえる作品。気分良く見れる。

「ディディーヌ」

「ディディーヌ」(c)ユニフランス

 小品的良さを持つ作品。しかし、作り手が伝えんとするところは骨太い。
 30も半ばの女、ディディーヌは、自己主張を持たず何となく生きて来たタイプ。その彼女、偶然の機会から、介護グループに加わることになる。そこでの、底意地の悪い老婆との接触で、少しずつ、自己の在り方を考え始める。この老婆、根は悪くなく、ただ、屈折しているだけで、彼女の甥とディディーヌのために愛の成就の手助けをするハナシの展開が楽しい。生きるための前向きな姿勢を如何に得るか、1人の女性の成長に、共感できる。


「秘密」

「秘密」(c)ユニフランス

 非常に凝ったハナシの組み立てで楽しませる作品だ。
 あるカップルの間に1人の男の子がいる。この彼、自分に兄がいたと疑い始める。この疑念が物語の発端。その糸を手繰れば、実際に兄は存在していたことが判明。そして、何故、彼が存在し、消えたか、両親の過去に迫る。そこには、ユダヤ人である彼ら一家の、戦前のホロコーストが浮び上る。
 展開が複層的であり、ミステリータッチの仕上げに工夫がある。主演の母、セシル・ドゥ・フランス、父の人気歌手でもあるパトリック・ブリュエル、2人もと魅力的だ。


ソフィ・マルソー

「ドーヴィルに消えた女」(c)ユニフランス

 今回の代表団団長のソフィ・マルソーの監督・主演作品「ドーヴィルに消えた女」は、良く出来た推理作品だ。北のノルマンディ、高級保養地ドーヴィルの4ッ星ホテルが舞台である。そこに、30年前に消えた筈の往年のスターが姿を現すことから、警察の落ちこぼれ刑事が捜査に乗り出す。消えた筈の謎の女にはソフィ・マルソーが扮する。一見荒唐無稽な話であるが、ハナシは破綻なく進行する。マルソーの原案だそうだが、上手に映画化されている。
 スター女優の監督転進作品と馬鹿にしてはいけない。ハナシ自体、しっかりと組み立てられている。

おわりに

 今映画祭は、色々なタイプのフランス映画が観れる大きな機会であった。
「ランジェ…」を始めとする面白い作品が多く、それなりに楽しめるプログラム編成であった。但し、全体に小粒の印象は否めない。
 メネゴズ会長のイニシアティヴによるシネコン展開プラン、もう少し、時間が掛かるのではなかろうか。ユニフランスのアジア戦略の一環として、映画祭自体は今後縮小の方向へ動くと思われる兆候が見られた。それを埋め合わせる強力な、年間を通したプロモーション活動が順調に運ぶことを期待したい。



(文中敬称略)
  《了》
「2008年3月24日 映像新聞掲載」

中川洋吉・映画評論家