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「第21回東京国際映画祭2008」−その(1)

コンペ部門に690本の応募
カザフスタン作品が最高賞
選考レベルは全体に底上げ


 「第21回東京国際映画祭」は10月18日から26日まで六本木ヒルズ、渋谷Bunkamura
で開催された。昨年から、アニメ、ゲームなどのコンテンツ産業の発展を目指し、ジャパン国際コンテンツフェスティヴァルを発足させ、その中に東京国際映画祭(TIFF)を組み込む形となった。これは、コンテンツ産業の輸出振興を狙った経産省主導の一大イヴェントであり、成果は今後の実績次第である。TIFF自体は、発足当時、大手メディアの関心は薄く、首相のオープニング・セレモニー出席はなかった。しかし、麻生首相の顔出し、大手メディアの積極的なカカ関わりが普通となり、知名度は格段高まった。

環境をテーマに

 角川歴彦氏から新チェアマンをバトンタッチされた依田巽氏は、独自カラーを打ち出した。環境問題をメインテーマとし、レッド・カーペットをグリーン・カーペットに変えた。
 自身もオープニング・セレモニーでは緑のタキシードに身を包むほどの入れ込みようであった。そして、環境問題をテーマとしたナチュラルTIFF部門を新設し、アース・グランプリが贈られた。
 映画祭のロゴと共に自動車メーカー名がスペシャルパートナーとして企業名を掲げた。
 毎年、資金繰りに悩むTIFFとしては、魅力的なパートナーであることは疑いない。しかし、地球温暖化現象阻止に逆行する自動車産業が前面に出て来ることは釈然としない。丁度、タバコ産業が肺ガン撲滅運動の先頭に立つようなものだ。

コンペ部門

 全体の上映作品数は約300本、内訳本数はコンペ部門(15)、アジアの風部門(35)、特別招待作品(19)、日本映画「或る視点」部門(10)、ワールド・シネマ部門(10)、ナチュラルTIFF部門(27)となっている。
 とにかく作品数が多く、見る方も最大30本見るのがせいぜいだ。
 コンペ部門への応募は、世界72ヶ国と地域、総数690本であり、その中から15本が選ばれ東京サクラグランプリ(以下最高賞)が授与される。賞金は1千万円で、埼玉県川口市、スキップシティのD−シネマフェスティヴァルの賞金と同額である。この賞金額、世界に千六百の映画祭があるが、恐らく一番高い賞金であろう。
 85年に誕生したTIFFは97年まで、長篇3本まで製作した若手監督を対象とした部門、ヤングシネマが存在した。新人奨励、後発のTIFFとして多数の作品集めるため、2千万円の最高賞賞金を出した時期もあった。この賞金の恩恵で若手監督たちの作品製作を容易にしたのはTIFFの功績の一つである。

今年の最高賞

「トルパン」のチーム

 最高賞は、カザフスタンの「トルパン」が獲得した。この作品、今年のカンヌ映画祭「或る視点」部門の第一席であり、第二席は黒沢清監督の「トウキョウソナタ」であった。ノン・コンペの「或る視点」での賞授与はつい最近であり、受賞の黒沢監督自身も、この賞の存在を全く知らなかった。
 物語は、兵役を終えた青年が、草原のわが家に帰郷する。独身の彼は同じ遊牧民の隣の娘、トルパンに一目惚れ、求婚するが、事はすんなり運ばない。中央アジア独特の悠揚たる自然とゆったりした時間の流れ、その自然の中での人間のイトナ営み。生活リズムが我々とは明らかに違い、見る側にとり、そのゆるいテンポに合わすことが時に難しくなるような作品だ。大自然の中の人間の生き方が新鮮に映る。順当な受賞だ。

巨匠の復帰

「アンナと過した4日間」

 ポーランドからはイエジー・スコリモフスキ監督の17年振りの新作「アンナと過ごした四日間」が第二席の賞を得た。賞金は200万円。向かいの女性の部屋を覗き見する男のハナシで、遠くから見ているだけでなく、シマ終いには就寝中の彼女の部屋に忍び込む。男は、ただ夜中、彼女の傍で食事の後片付けやツクロ繕いものをし、明け方に大慌てで戻っていく。この作品は、パトリス・ルコントの「仕立屋の恋」(89)、キム・ギドク監督の「うつせみ」(04)とハナシの枠組みが似ており、この点が引っ掛かる。しかし、映像の構成、演出と、さすがと思わすものがある。
 17年間の空白、主として絵を描き、俳優は時に金になるので映画出演をしていたそうだ。今作、今年のカンヌ映画祭監督週間のオープニングであり、5月の上映時には同地で話題となった。


怪盗メスリーヌ

「パブリック・エナミー・ナンバー1」

 今回のコンペ作品の中で、個人的に一番面白かったのは「パブリック・エナミー・ナンバー1」(一部、二部)であった。全体で約4時間の大作であり、一気に見せる迫力がある。
 60年代、70年代にフランス、カナダで銀行ギャングを重ね、逮捕、脱獄を繰り返し、1979年11月2日にパリの、蚤の市近辺のクリニャンクールで警官から銃弾を浴び、蜂の巣となり落命した、当時のアンチ・ヒーロー、ジャック・メスリーヌを描くもの。70年代当時パリに滞在していた筆者は、この事件をオン・タイムで接し、警察が有無を言わせず射殺したことに驚かされた。彼は、フランス社会で人気があり、反権力の象徴のような扱いであった。日本でいえば国定忠治みたいなものだ。
 一部は、アルジェリア戦争で拷問の場に居合わせ、犯罪に対する免疫をつける。復員してから、元のチンピラ仲間の誘いで窃盗を繰り返し、逮捕されるがカナダへ逃亡する。
 二部はフランスに戻ってからの行動で、大胆な犯行、脱獄と社会面をにぎわす。
 彼は自己顕示欲が強く、自ら時代のヒーローを気取っていたフシがある。
 演出はシンプルな編年体のセミ・ドキュメンタリータッチで、心理的描写を排し、極力、実録風スタイルで迫ってくる。一部は10月22日にフランス公開で、ほぼ、日仏同時公開である。この出品、新作、話題作が他の大きな映画祭に取られているTIFFとしては殊勲賞ものだ。


存在を示したフランス映画

 TIFFでは、概してフランス映画に外れが多い。しかし、今年は違う。パリ郊外の黒人、アラブ人が多く住む低家賃住宅の黒人一家が主人公の「がんばればいいこともある」である。監督は「将校たちの部屋」(01)や「イブラヒムおじいさんとコーランの花たち」(03)などの人生と真摯に向き合う作風で知られる、中堅実力派監督フランソワ・デュペロン。一家の柱は頼りになる母親、娘の結婚式前に夫が急死、日頃付き合いのない白人の老人の助けを借りる、交わることが考えられない2人の不思議な連帯感が生れる。マイノリティの黒人移民一家の厳しい生活、それを大騒ぎしながら乗り越える母親を中心とする一家のエネルギー、人種差別、郊外の劣悪な環境、若者たちの閉塞感がきちんと述べられた緻密な作品。地味な素材であるが見応え十分。



イタリアの輝き

「8月のランチ」

 心楽しいイタリア作品が「8月のランチ」である。人と人とのぬくもりが実感させられる。しかし、砂糖菓子的甘さはなく、発想がユニークだ。イタリアの地方に住む無職の中年男は母親と2人暮らし。買い物を済ませ、酒屋で冷えた白ワインを一杯引掛け帰宅し、料理に取り掛かる導入部からして何かありそうな気配だ。そして、管理人の突然の来訪、用件は修繕費の立替と引換えに彼の母親を預かることになる。更に、掛かりつけの医者からも母親を押し付けられる。その上、管理人の母親には、その年老いた姉妹も一緒と、家の中は老婆だらけ。男は各人に部屋を与え、食事の支度に追われ、ヤケ気味に料理をしながらワインをあおる。老婆たちはお互いに張り合い、それぞれが我を通そうとする。普通の人たちの毎日の暮らし、金では買えぬ豊かさが溢れ、人生は悪くないと思わす滋味深い作品だ。



日本作品

「ブタがいた教室」

 観客賞と審査員賞を受賞した「ブタがいた教室」(前田哲監督)と俳優の渡部篤郎の監督第一作「コトバのない冬」が選ばれた。
 「ブタがいた教室」は、小学校で子豚を飼育し、大きくなったら食べるという実話の映画化である。豚が成長し、クラスが食べる派と買う派に二分され、大討論となる。折角、世話をし飼育した豚を食べる派が過半数となり、哀れ、豚は 屠殺場送り。ディスカッション・ドラマであり、それぞれの意見を戦わせる部分は理解できるが、身辺の命あるものの殺生について、宗教的命題にかかわる深い問題であり、作り手の立場を脚本でもっと深めて欲しかった。


「コトバのない冬」

 思わぬ収穫が「コトバのない冬」である。北海道の競走場牧場の厩務員の女性と、同じ職場の聾唖者青年との出会い、別れを描いている。
 そこには言葉を介さない意思の疎通の可能性の問題提起があり、単なるメロドラマの域を越えている。俳優出身監督ということでナメてはいけない。



終りに

 コンペ部門、昨年から若い矢田部吉彦が選考ディレクターを務めており、後発フェスティヴァルとしてのハンディを背負いながら、頑張っている。選考レベルは全体的に底上げされている。しかし、望むならば、あと数本の目玉が欲しい。決して無いものねだりではなく、やれば出来る可能性はある。



(文中敬称略)
映像新聞 2008年11月10日掲載
《続く》

中川洋吉・映画評論家