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「カンヌ映画祭2007 その(2)− 注目すべき作品群」

受賞作品以外にも見るべき作品が多かった。コンペが22本、「ある視点」が20本、特別招待が12本、60周年記念作品が4本と、合計58本。更に、「監督週間」が23本、「批評家週間」の9本が加わる。他に、「批評家週間」特別スクリーニング、短篇、シネフォンダシオンの学生作品は除く。数的にはとても総てを見ることは不可能である。
多くの日本人ジャーナリストにとり、総評のためメインのコンペ作品は全部、その他に、「ある視点」が数本、「監督週間」は1、2本と計30本前後が会期中に見る平均本数である、他に、記者会見、インタヴューが入る。
コンペ作品は義務のようなものだが、その他の作品の選択が実に悩ましい。コンペと「ある視点」部門作品はメイン会場、フェスティヴァル・パレスで、「監督週間」はクロワゼット(海岸遊歩道)中央に位置するノガ・ヒルトンホテルにあり、その間、徒歩10分以上かかり、ついつい足が遠のきがちになる 。

アジア作品(香港)

「マイ・ブルーベリー・ナイツ」(c)八玉企画

アジアからはオープニング作品として、ウォン・カーウァイ監督の「マイ・ブルーベリー・ナイツ」が上映された。昨年の審査委員長で、世界の10人の監督と評価を受けるカーウァイ監督は、舞台を香港からアメリカに移し、初の英語版作品を製作した。主演は、歌手で映画初出演のノラ・ジョーンズ(インド人のシタール奏者ラヴィ・シャンカルの娘)、ジュード・ロウ、ナタリー・ポートマンと豪華なキャスティング。カメラはクリストファー・ドイルからダリウス・コンジィに交代。

失恋の傷を負った女性、ノラ・ジョーンズがバーのカウンターで酔いつぶれる。その彼女に親切に接するのが若いバーのパトロン、ジュード・ロウ。気の進まない彼女に元気づけに勧めるデザートがブルーベリー・パイ。これがタイトルの由来。
冒頭シーンから引き込まれる。ジュード・ロウ扮するバーのアルジ主は携帯に耳を当て、何やら、客からのメッセージを預かり、忙しく立ち働く。この大都市の喧騒と活気、カウンター内の狭いスペースをアップ気味に捉え、もっと狭めるカメラワーク、密度の濃さと今後展開されるストーリーへの期待がツノ募る。

ハナシ自体は、失恋した主人公ノラ・ジョーンズが、アパートの鍵をアルジ主に渡し、真夜中のひと時をバーで過ごし、姿を消す。次いで、妻に逃げられた酔いどれ警官が深酒に浸る地方都市のバーの従業員、そして、カジノの従業員と、アメリカ中を点々とするロードムービー。若い男女が偶然に出会い、突然別れ、又再会と、通俗的な展開で、求められるのは、2人の物理的距離と心の近さの描き方にあり、主人公たちへの肉付けが演出力の巧拙を分ける。
それは、主人公たちの人間的魅力を引き出すことで、映像で見るものを自己の世界に引き込むことである。結果的に、ウォン・カーウァイ監督の試みは成功する。

ノラ・ジョーンズの主人公は、日本流で言えば、阿木耀子似の小柄で可愛いタイプ(昔流に言えば、先日逝去した松竹の桂木洋子風)、その彼女を善意だが頼りなく、生きる意志の弱い女性のイメージを与えている。この彼女の役作りが「ブルーベリー…」に濃度を与えている。又、ジュード・ロウのバーのアルジ主も若く、ふくらみのあるタイプとし、彼の新しい魅力を引き出している。

カーウァイ組のカメラは常連のクリストファー・ドイルだが、今回はイラン出身のダリウス・コンジィで、彼は「デリカテッセン」(91)で認められ、今やベルトルッチ、ポランスキー、ハネケなどの大物監督と組む、カーウァイ好みのセンスの持主だ。2人の主人公のキスシーン、画面一杯に2人を配する構図、物理的には有り得ない体位だが、この映像的キョ虚の世界を実に上手く極めている。

クリストファー・ドイルだが、ガス・ヴァン・サント監督の「パラノイド・パーク」(60周年記念賞受賞)の撮影監督として、カンヌに顔を見せた。
今作、当然何かの賞の対象となる作品だが、今回は忘れられた秀作の範疇に押しやられた。惜しいことだ。メロドラマの王道を行く、極めて良質な娯楽作品だ。


アジア作品(韓国)

「マイ・ブルーベリー・ナイツ」(c)八玉企画
今年は、中国からの出品がなく、韓国からイ・チャンドン監督の「シークレット・サンシャイン」と映画祭受賞男キム・ギドク監督の「スーム(息吹)」2作がコンペに登場した。イ監督は、ノ・ムヒョン大統領の第一次内閣で文化大臣を務め、イム・ゴンテク監督に次ぐ大物である。脚本に力があり、ハナシそのものが面白く、中々見せる。

ソウルから子どもを連れた若い女性、チョン・ドヨン(主演女優賞受賞)が亡夫の出身地に戻り新しい人生を送るのがストーリーの骨子。
 彼女に思いを寄せる、人は善いが厚かましい男(ソン・ガンホ)の存在や、子供の誘拐殺人事件とキリスト教への入信、それに対する疑念がストーリー展開にメリ乙ハ張りをもたらす。子供を殺されたことから、キリスト教に癒しを求め、主人公は熱烈な信者となるが、その先のひねりが奇想天外だ。面会した服役中の犯人は、晴々とした顔で、信教の結果、自分は神から許されたと自信を持って語るのである。この言葉に、キリスト教に対する疑念が湧き起る。宗教のご都合主義に対する痛烈な批判であり、現実にしっかり向き合うリキ力のある韓国らしい作品だ。

キム・ギドク監督の「スーム(息吹)」は同監督らしい、不条理な味わいが笑いをまぶして展開される。何の不自由もなく暮らす専業主婦が、たまたまテレビニュースで死刑囚自殺未遂事件を見、刑務所へ面会へ行く。2人は昔の恋人同士らしいが、はっきりと説明しない。人間心理の深層の説明を省き、スバリ、核心に踏み込むのがキム監督流だ。面会室で彼女は、季節を現わす壁紙に張替え、春夏秋冬にあわせラジカセのカラオケで歌う。陰気な女性が生き生きと死刑囚の前で、季節の雰囲気に合わせ陽気に振舞う。死刑囚はただ唖然とするばかり、しかし、少しずつ生気が蘇り始める。

執行される死刑囚に生きる歓びを与える、何とも不条理なハナシである。このチグハグさに意表を衝かれる。このような発想をするところにキム監督の異能振りが際立つ。韓国作品、主演女優賞だけとは何とも物足りない。

アジア作品(香港番外篇)

とてつもなく面白いのが、香港のツィ・ハーク、リンゴ・ラム、ジョニー・トー3巨匠による、夢の共同監督作品「トライアングル」だ。ハナシは、うだつの上がらない中年3人組が思わぬ儲け話に乗ったばかりに、警察とマフィアに追われるアクション。香港ノワールをぐっとドライ感覚に染め上げた一作。ラストの敵味方相乱れてのお宝争奪シーン、ひねりが効き、何ともおかしい。一日も早く、日本の観客に見せたい程の楽しい作品だ。

ムーア監督の反骨

「シッコ」(c)八玉企画

パルムドール監督マイケル・ムーアは、特別招待枠(ノン・コンペ)で「シッコ」を出品した。アメリカには皆保険制度は存在せず、多くの低所得者層の健康をオビヤ脅かしている。1994年には、クリントン大統領夫人、ヒラリー・クリントンが国民皆保険の創設を提案したが、民主党内のコンセンサスが得られず、しかも、財源問題も絡み、未だに制度は実現していない。この制度から、キューバのグアンタナモ米軍基地(アルカイダ捕虜収容刑務所)へと話が飛び、意外な展開を見せる。9・11事件で災害救助を行った人々の中には肺疾患患者が多く出たが、保険救済対象外となったこと、同じ薬がアメリカでは120ドルキューバでは5セント、適用外事項だらけの民間医療保険の支払い状況、世界各国との医療保険の比較と、話がどんどん膨らみ、健康問題の矛盾が語られる。ムーア監督独特のユーモア感覚で、深刻な問題が判り易く呈示される。

歴史の証言

「恐怖の弁護士」(c)八玉企画

注目すべき作品にバルベ・シュロデル監督(「完全犯罪クラブ」〔02〕サンドラ・ブロック主演など)の「恐怖の弁護士」がある。テロ犯罪の弁護を手懸けるフランスの異色弁護士ジャック・ヴェルジェスのドキュメンタリーである。彼は1955年、アルジェリア独立戦争時のFLN−解放戦線(独立後アルジェリアの政権の担い手)の弁護を皮切りに、極左から、ポルポト派、旧ユーゴのミロシュヴィッチなど、極右までの弁護を手懸ける。20世紀後半の極左テロ活動、抑圧、戦争と貴重な歴史的証言が繰り広げられる。70年から78年まで突然パリから姿を消し、再び姿を現わした時は、可なり羽振りが良くなっていた。それは、ウガンダのイディ・アミン大統領からの提供と推測されるように、右から左まで多彩な人脈を誇る現役弁護士で、母はベトナム人と、東洋的な容貌の持主。その彼、上映後に傍で見る機会を得たが、彼のような伝説的人物をジカ直に見られるのもカンヌならではだ。

今年の審査傾向

「ロンドンから来た男」(c)八玉企画

スティーヴン・フリアーズ審査委員長率いる9人の委員たちは、派手なアメリカ映画を避け、社会と向き合う人々の生き難さを描く作品を評価し、渋いヨーロッパ作品や、日本作品を選んだ。審査傾向というものは、必ず、どちらかの極に流れ、忘れられた秀作、影のパルムドールが出る。忘れられた作品に、ハンガリーのタル・ベーラ監督の「ロンドンから来た男」が挙げられる。ジョルジュ・シムノン原作の、陰影の濃いモノクロ作品。シムノンワールドの独特の味わいが魅力だ。影のパルムドールには、脚本賞に終わったファティ・アキン監督の「エッジ・オヴ・ヘヴン」、ウォン・カーウァイ監督の「マイ・ブルーベリー・ナイツ」、ジュリアン・シュナーベル監督の「潜水服と蝶」を筆者は推す。



(文中敬称略)
《続く》

中川洋吉・映画評論家