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「カンヌ映画祭2009」レポート

「カンヌ映画祭2009」レポート(3)
求められる若手監督の台頭


 毎年、数本選ばれる日本映画だが、本年はコンペ部門では零であった。是枝裕和監督の「空気人形」が或る視点部門、諏訪敦彦監督が共同監督を務めた「ユキとニナ」は監督週間、日本人女優としてコンペ作品に登場した菊池凛子は、スペインのイザベル・コイシェ監督作品「マップ・オヴ・ザ・サウンズ・オヴ・トウキョウ」で主演女優賞を狙ったが念願を果せなかった。

アジア作品

 今年はアジアからの作品の選考地域が変わり始めた印象を受けた。中国の堅調、韓国の勢いは続くが、日本が外れ、フィリピンが台頭し、そのほかの監督週間にはマレーシア作品が進出した。常連のイラン作品は、バフマン・ゴバディ監督の「人はペルシャ猫を知らない」が或る視点部門に出品され、同部門で第三席にあたる特別賞を受けた。この作品を除きイラン勢はない。
 アジア作品の軸足が東アジアから東南アジアへと移行している。これは、マレーシア、シンガポールが力をつけてきていることと関係がありそうだ。


日本映画に対する評価 コンペ部門から外れた日本作品

「MOTHER」
 1999年から2001年にかけて日本の若手作品が3年連続、カンヌ映画祭国際批評家連盟賞を受賞している。「M/OTHER」(99)(諏訪敦彦監督)、「ユリイカ」(00)(青山真治監督)、「回路」(01)(黒沢清監督)であり、同映画祭には、新人や実験的作品に対し数本の枠があり、その該当作として選ばれたと筆者は見ている。カンヌ映画祭には一定の選ばれる方程式がある。本選部門では或る視点部門を経るステップと、監督週間からのステップがある。前者は黒沢清監督が該当し「回路」から「アカルイミライ」(02)、そして後者は河瀬直美監督の「萌の朱雀」(97)から「沙羅双樹」(03)である。両方にまたがるのは北野武監督の「ソナチネ」(93)(或る視点)、「キッズ・リターン」(96)(監督週間)、「菊次郎の夏」(99)(コンペ)である。
 このように、カンヌ映画祭、特にコンペ部門に選ばれるには、カンヌ歴の有無が非常に重要視される。一時、頭角を現した日本の若手も、いくつかの例外(「モガリ殯の森」〔07、河瀬直美監督〕、「バッシング」〔05、小林政広監督〕、「誰も知らない」〔03、是枝裕和監督〕)を除き、コンペには顔を出さなくなってきている。
 このように日本作品は前述の新人枠を中々抜けきれない状況にある。今後、更なる若返りが求められよう。又、個人的にはアートディレクターのジル・ジャコブ現会長、チエリー・フレモ現総代表の目を掛けてやったとするパテルナリズムが感じられ、それを乗り越える必要がある。


例外、河瀬直美

 今回、作品を出していない河瀬直美監督が、フランス監督協会(SRF)より金の馬車賞を贈られた。SRFとは監督週間の主催団体で、2002年から同協会として世界の監督から毎年1名を表彰している。既に、クリント・イーストウッド、ジム・ジャームッシュ、ナンニ・モレッティ、デイヴィッド・クロネンバーグなどの錚々たる面々が受賞しており、彼女もその仲間入りを果した。受賞理由は、河瀬作品の革新性、大胆さと独立精神に対するものである。
 受賞の背景として、今まで女性や、アジアからの受賞がなかったこと以外に、彼女が既に「萌の朱雀」(97)でカメラドール(新人監督賞)、「殯の森」でコンペ部門でのグランプリ(第二席)受賞がある。特に、カンヌでの受賞歴は、知名度アップにつながり、今回の幸運を引き寄せたのであろう。
 日本映画界では、女性監督、脚本の西川美和やタナダユキが着々と実力を蓄えてきている。又、河瀬監督自身、「萌の朱雀」を上回る作品がなく、これからが真の勝負時である。

「空気人形」

是枝監督(c)八玉企画

 是枝裕和監督作品はコンペ部門ではなく、或る視点部門出品となった。空気人形(いわゆるダッチワイフ)に恋する中年男の物語で、目新しい素材でないだけに扱いが難しい。普通に描けば通り一遍の作品にしか成りえず、思い切ってバーレスク風のドタバタ喜劇にするのも一案と思われたが、是枝監督は奇をてらわずストレートに描いた。結果は展開がお約束通りになり、ハナシとしての弾みに弱い。「歩いても歩いても」(06)では、世代間の落差とそれを繕うとする母、樹々希林とのバランス感覚の危さを見せ、弾みをもたせたが、今回は上手く運ばなかった。



菊地凛子登場

菊池凛子(c) 八玉企画

 日本映画の話題に乏しかったが、会期後半、一昨年のアカデミー賞助演女優賞候補として騒がれた菊地凛子主演作品「マップ・オヴ・ザ・サウンズ・オヴ・トウキョウ」がコンペ上映され幾分日本プレスは盛り上がった。
「死ぬまでにしたい10のこと」(03)で人生の何たるかを問うたスペインの女性監督イザベル・コイシェ監督作品であること、東京が舞台ということで注目を集めた。主人公の菊地凛子は、夜は魚河岸に勤め、裏の仕事として殺し屋という三池崇史監督ばりのアクションのような設定が楽しい。素性を隠しての殺し屋稼業の彼女が、ヒト他人とのコンタクトにより段々と心を開くさまが見処。展開は悪くないが、今回のコイシェ作品、収斂する力がバラけ、まとまりに欠ける。しかし、意志が顔に現れる菊地凛子の存在は悪くない。彼女は今後伸びる役者になる予感がある。



中国作品

「スプリング・フィーバー」

 コンペでは中国のロウ・イエ監督の「スプリング・フィーバー」が上映された。冒頭、ホモ2人の絡み合い、ノーライトからの至近のカメラワーク、生々しさが薄暗い画面から浮び上がる。ハナからただごとではない様相を呈す。ホモを正面から採り上げ、中国では公開の目処が立たない、大胆な作品。一組の夫婦の妻が夫の素行を怪しみ、探偵として若い男を雇う。しかし、この男がホモに引き込まれるといった具合に、人物関係が掴み難い難点がある。しかし作品自体、生身の人間のうごめきが感じられるが、これは監督の感性の反映であろう。
 前作でカンヌ映画祭コンペ部門に出品された「天安門、恋人たち」(06)では、タブーの天安門事件を扱い、大胆な性描写と相まって、中国国内で5年間の撮影禁止処分を受けたロウ・イエ監督は、当局の処分を無視しての今作の撮影。この監督にとり非常事態にカカ拘わらず、彼は中国から離れない。並外れた強い生き様が感じられる。

「復讐」

 香港のスター監督ジョニー・トーも新作「復讐」をコンペにぶつけた。娘を香港で殺され、その復讐のためパリから乗り込んだ主人公にフランスの国民的ロック歌手ジョニー・アリデーを起用。アリデーの貫禄充分なコワモテ芝居、漫画的おかしみがあり、上手い起用だ。フランスと中国との合作、食のお国振りが反映され、食べるシーンが実に多い。良質なフィルム・ノワールであり、賞には絡まなかったが、トー監督独特のノリの良さがあり大いに楽しめた。主演は、当初、アラン・ドロンが候補に上がったが、辞退したとのこと。アリデーは悪くない。

韓国作品に勢い

 コンペにはパク・チャヌク監督の「サースト」が上映された。パク監督は「オールド・ボーイ」(03)で既にカンヌ映画祭グランプリを受賞している。今回は若い牧師が吸血鬼に変貌する奇想天外な筋立て、ソン・ガンホ主演のホラー作品。とにかく血の海の連続の異色作。
 或る視点部門にはポン・ジュノ監督の「母なる証明」(今秋公開決定)が上映された。「グエムル−漢江の怪物」(06)で大ヒットを飛ばした同監督の全くタイプの異なる作品で、見応え充分。
 無実の罪で逮捕された息子の母親が、警察、弁護士を頼むに足らずと辛抱強く真犯人を探し出す物語で、母とはどういうものかをじっくり見せ、主演女優キム・ヘジャの存在感もあり、重厚な作品に仕上げられた。この作品からも現在の韓国映画の勢いが感じられる。

 見処充分の今年のカンヌ映画祭

 今年は大物監督作品をずらりと並べられ度肝を抜かされたが、そのほかの作品も充実していた。その代表がグランプリ作品「預言者」や、ジャノリ監督の「イン・ザ・ビギニング」である。
 大物監督としてアラン・レネ監督の「ワイルド・グラス」には演出に冴えがあり、ムッソリーニの隠し妻を扱ったイタリアのマルコ・ベロッキオ監督の「立証」も力のある作品であった。
 愚作、悪作も存在したが、しかし、全体的には高水準の作品が揃った年だ。



●受賞作品一覧
パルムドール 「白いリボン」(ミヒャエル・ハネケ監督、オーストリア)
グランプリ 「預言者」(ジャック・オディアール監督、フランス)
功労賞 アラン・レネ監督、フランス
監督賞 ブリヤンテ・メンドーサ(「キナタイ」、フィリッピン)
主演男優賞 クリストフ・ワルツ(「イングロリアス・バスターズ」)
主演女優賞 シャルロット・ゲンズブール(「アンチキリスト」)
審査員賞 「フィッシュ・タンク」(アンドレア・アーノルド監督)
「サースト」(パク・チャヌク監督)
脚本賞 メイ・フェン(梅峰)「スプリング・フィーバー」
カメラドール(新人監督賞) 「サムソンとデリラ」ワーウイック・ソーントン監督
「或る視点」賞 「犬歯」ヨルゴス・ランティモス監督



(文中敬称略)
《了》
映像新聞 2009年6月22日掲載

中川洋吉・映画評論家