「カンヌ映画祭報告」(1)
最高賞に予想外のタイ作品
カンヌ映画祭は今年で63回目を迎え、「ロビン・フッド」(リドリー・スコット監督)のオープニング上映で幕をあけた。
選考、運営、会期中の物価の高騰と抱える問題は幾つかあるが、映画祭の基盤は磐石であり、その第一人者の地位はしばらく揺るぎそうにない。
気候が売り物の本映画祭、前半は肌寒く雨も降り、後半になり、太陽が輝き暑いくらいの映画祭日和りとなった。今年は、テロ問題が一段落したためか、パレス入場の際の荷物検査が緩く拍子抜けするほどであった。
日本の話題として、北野武監督が「アウトレイジ」をコンペ出品し、彼の作品ケアーのため多くのメディアが現地入りした。しかし、日本からの参加者は、見本市参加者、プレスとも減り、これは不況の影響と考えられる。本稿では(1)受賞作品、(2)アジア作品、(3)そのほかの作品と3部に分け、「カンヌ映画祭2010」を総括する。
今年の審査委員長にはアメリカの監督ティム・バートン(「チャーリーとチョコレート工場」〔05〕)が抜擢された。異能派のハリウッド監督とヨーロッパ勢との絡み合いが興味の対象であった。しかし、彼の発言「作品の多様性を見せるのが映画祭であり、それを他人へ伝えることが大切」と自身の基本的立場を説明。一昨年のショーン・ペン監督の「社会性に欠ける作品は採らない」と宣言し、結果として「パリ二十区、ぼくらの教室」(08)がパルム・ドールを授賞。「ペン流の方針は目的へ向う冒険行であり、これはサプライズを求めてのこと」とバートン監督は、行き方の違いを強調。結果的に見れば、授賞結果はバートン色が滲み出ていた。
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「ブンミおじさん」
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今年の下馬評では「アナザー・イヤー」(マイク・リー監督)と「男たちと神々」(グザビエ・ボーヴォワ監督)の2作品が有力とされた。結果は、予想外のタイ作品「ブンミおじさん」(アピチャッポン・ウィーラセタクン監督−以下アピチャッポン)であった。しかし、事前の評判でも、5指にあげるジャーナリストもおり、あながち、まぐれではない。
物語は、緑の多いタイ山奥の僻地、そこへ、病んだ老齢のブンミおじさんが、最期は我が家でと戻ってくる。ハナシの本筋は、死を前にした彼と家族の語らいが中心となる。電気もない濃い緑に覆われた一軒家の食卓を囲むのは亡き妻、体中、黒毛が生えた息子などと、魂と亡霊に囲まれた世界。老人は皆に昔話を語り、ここから家族の生い立ちがわかり始める。貧農一家の慎ましい生活、しかし、そこには人をゆったりと包み込む優しさと時の流れがある。
現実と過去が交錯するアピチャッポン監督の独自のクリエイティヴな世界、ここに発想の拡がりがあり、タイ作品に一度も触れたことのない多くの観客にとり驚きであったに違いない。
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アピチャッポン監督
(c)八玉企画
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同監督、今年40歳と若く、アメリカで教育を受け、英語が大変堪能である。彼は第一回の東京フィルメックスに「真昼の不思議な物体」(00)を出品している。次元の全く違う、宇宙人的発想をもつ作品で、今までにないタイプのアジア映画との感を強くした。しかし、何と論評したらよいかが困る批評家泣かせの作品でもあった。その後、カンヌで注目され、「ブリスフリー・ユアーズ」(02)(或る視点)、「トロピカル・マラディ」(04)(コンペ)を出品し着実にパルム・ドールへの階段を駆け上がった。今作は、以前の作品よりは宇宙人的発想が減少し、その分だけ見やすくなっている。アジア的でありながら非アジア的発想で押す彼の手法は大変に貴重であり、新鮮に映る。
受賞記者会見では、現在のタイの政争に触れ「タイにとり初のパルム・ドール、これにより、政治的争いに水をかけ鎮静化の一助となれば」と語っている。今年の審査委員会は、非政治的な作品を中心に採り上げたと述べているが、「ブンミおじさん」授賞は、政治性とは切り離せず、同委員会の懐の深さが垣間見えた。もう一点付け加えねばならぬのは、時が緩やかに流れるタイの農村光景である。ここにはエコ、自然礼讃の素朴な姿勢が見られる。この点も見逃せない。
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「男たちと神々」
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コンペレースで最有力の1本とされたのがフランスから出品された「男たちと神々」で、結局グランプリ(審査員特別大賞、第2席)に落着いた。旧フランス植民地で62年に独立(1830年からフランスの植民地)したアルジェリアが舞台。独立後もイスラム国家であり続ける同国に、数人のキリスト教徒がアトラス山脈の修道院に残住し続けた。物語は、フランス人修道士7人が殺された実話に基くものである。事件はイスラム政党(FIS)が1992年の総選挙で8割の票を得て勝利したが、時の政権がこれを無視し、内戦状況を招き、旧宗主国フランスも傍観を決めこんだ時期が時代背景となっている。
修道士たち8人は修道院での修業以外、教育、医療にも熱心に従事し、地元のイスラム教徒たちに尊敬され平和に共存していた。そして、1996年、反政府側のグループが修道院を襲い、7人を拉致、殺害した。生き残った修道士の1人は近年死去している。この話には、おひれが付き、修道士を殺したのは、実は政府軍との憶測が流れ、反政府側への敵意をあおる謀略と言うのが現在の定説となっている。そこには、独立以来続く政権とフランスの諜報機関の強い結びつきの存在があげられる。
物語の核心は、反政府側の攻撃から身を守るためにアルジェリア政府は警護を申し入れ、修道院側はこれを拒否する。しかし、内部では、国外退避すべきかで議論が交され、修道院長(ランベール・ウィルソン)の強い決断で現地に留まる。この宗教者の志と奉仕の精神には心打たれる。もう一つの見ドコロは、キリスト、イスラム教の垣根を越えた異宗教間交流をはっきりと打ち出し、宗教間の対立を強く否定している点である。ここに作品としての資質があり、作品の核になっている。
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「サーティファイド・コピー」
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アッバス・キアロスタミ監督、ジュリエット・ビノシュ主演の「サーティファイド・コピー」は味のある作品だ。監督がイラン人、主演がフランス人、舞台はイタリアと興味深い取り合わせ。物語は、英国の著名な文学者が「コピーにも、それなりの価値がある」と自説をイタリアの田舎町で講演する。その観客の1人が彼女、お決まりの男と女の物語だ。しかし、巧みな工夫が施されている。最初は、ただの文学者と画廊を持つ当地在住のフランス人女性との交流が、文学論、そして家族の話を通して、台詞の内容が一転する。
非常に長い台詞の応酬で、特にビノシュのそれは舞台劇で言えば、独演そのもので、見知らぬ男女はいつしか、15年寄り添う夫婦を演じ始める。奇想天外なシナリオの発想力と、それを支える彼女の芸、これは見ものだ。ロベルト・ロッセリーニの「イタリア旅行」(54)へのキアロスタミ流のオマージュでもある。今作により、ビノシュは主演女優賞を獲得。
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「ビューティフル」
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主演男優賞は、スペインのハビエル・バルデム(「ビューティフル」)とイタリアのエリオ・ジェルマーノ(「アワ・ライフ」)の2人が分かち合った。注目すべきはアレハンドロ・ゴンザレス・イニァリトゥ監督の「ビューティフル」である。バルデムはウッディ・アレンの「それでも恋するバロセロナ」(08)のプレイボーイ画家や、コーエン兄弟の「ノーカントリー」(07)における怪殺し屋で印象深い芝居を見せた。今回の役ドコロは、何やら裏の商売をする男、女房に去られ、2人の子を連れ、愛人の処へ潜り込む。
子どもの世話、商売、そして愛人との関係に悩む、いつ溺れてもおかしくない薄氷の上に身を置く。この彼、ある時、ガンが見つかり、余命僅かと宣告される。その後の彼は、急に良い人になるわけでなく、乏しい稼ぎを、なるべく子供たちや愛人に残すべき、血を吐くような努力をする。貧しい1人の男の救いのない人生、移民問題も絡み、人生の暗い沼に足をとられ、ズブズブとはまらざるを得ない貧しさが見る側に迫る。貧しい人々が這い上がれない現代の格差社会の厳しさが描かれる。
「ビューティフル」はイニァリトゥ監督の前作「バベル」(06)を凌ぐ意欲作、パルム・ドールを獲得してもおかしくない骨太な作品だ。
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「スクリーミング・マン」
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アフリカ、チャドから「スクリーミング・マン」(マハマトサレ・ハルーン監督)がアフリカ作品としては13年振りに出品された。内戦が続くチャドの数少ない高級ホテルが舞台、主人公は元水泳チャンピオンで今はホテルで水泳コーチの職を得ている。このポスト、彼にとり天職であり、誇りでもある。勿論、大事な生活の糧でもある。そのホテルが中国人により買収され、彼は、一緒に働く息子へポストを譲ることを迫られる。誇りと収入を同時に失うことになり、やむなく密告して、息子を軍隊に差し出す。その彼の許へ、息子の子を宿した若い娘が現われ、彼は総てを告白する。
政府軍と反乱軍の戦闘が続く国内状況、貧しさは、常に貧乏人の肩にのしかかる現実。この2作から見えるのは、貧困問題の描き方がより直接的となっていることだ。現実の重さが見る者へ有無を言わせずのしかかる。審査委員賞を獲得した「スクリーミング・マン」はチャドからの初の出品作である。マルーン監督は日本では無名だが、今作が長篇3作目で、90年代から各国の映画祭で受賞しているアフリカの中堅監督である。この2作、政治性よりも、強い社会性を持つ作品であり、カンヌ映画祭という窓から見られる世界の情勢を伝えている。ここに映画祭の効用がある。
(文中敬称略)
《続く》
映像新聞 2010年6月7日号
中川洋吉・映画評論家
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