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「FIPA2010報告(中)」 粒揃いのルポルタージュ部門

−社会問題の真実に鋭く迫る

 昨年、今年と開催地ビアリッツは悪天候続きで、強風に悩まされる毎日だった。しかし、作品上映は、質を追及するFIPA(フィパ)らしく、歯ごたえ充分であった。選考ディレクターの交代で作品の質的変化が懸念されたが、杞憂に終った。内容が硬ければ硬いほど良しとするFIPAの伝統は引き継がれたようだ。但し、軽チャーの世界的浸透はテレビの世界も例外ではなく、真面目なテレビ映像作品のビジネスの難しさは常に付きまとう。その困難さを充分認識しつつ、見応えのあるドキュメンタリーやドラマを発掘するのがFIPAの使命であり、存在理由なのだ。


米供給危機描いた作品が金賞

社会性の強さ

「米に忍びよる手」
 その(1)で既述のように、ルポルタージュ部門に選ばれた「日本海軍 400時間の証言 第二回『特攻 "やましき沈黙"』」(以下「日本海軍・・・」(NHK)と音楽・ダンス部門の「だから僕は指揮棒を振る」(RKB毎日)は次回、詳しく触れる。
 ルポルタージュ部門は、今年も粒揃いであった。
 同部門のFIPA金賞(第一席)「米に忍び寄る手」(仏)である。実に良く調べあげた米供給危機を描くもの。調べぬき、当事者のインタビューとナレーションで構成される本作は、タイプとしてNHKスペシャルやETV特集と同系である。2008年の金融危機に伴い、世界の米価が6倍に跳ね上がった事件に端を発し、米を主食とするアジア、アフリカに大きな不安が走った。

 ここで、米の占める重要性、世界で30億人の常食であり、耕地面積の15%が米作農業である事実を改めて思い知らされる。そして、米危機は食糧安全保障問題であり、避けて通れない。欧米パン主食の小麦民族からの提言、米を食すアジア人は一本取られた形だ。米供給の現状報告に次いで、如何にその安定供給に道筋をつけるか、アフリカでの輸入に頼らない自前米作農業の開始にも触れている。また、世界の米流通の不安定要因についても話は及ぶ。米の最大輸出国は三毛作が可能なタイで、ジュネーヴの仲買商社を通じて、アフリカへの輸出ルートが確立している。それが金融危機と自然災害により、基盤が揺るぎ始めている。我々、日本人に是非見て貰いたい作品だ。
 フランスの公共テレビ局フランス・テレビジョンが制作参加している。




監督のプレゼンテーション

「長距離電話」

 ルポルタージュ部門のFIPA銀賞(第二席)はイスラエル作品「長距離電話」であった。この作品は日本の「日本海軍・・・」と同時に平日午前中に上映された。審査員試写を兼ねた上映には監督が開始前に舞台挨拶をするのが通例であり、イスラエル人監督は作品についてのプレゼンテーションを手短かに行ったが、日本作品の監督は不参加であった。
「長距離電話」は、携帯時代の現在、テルアヴィヴの忘れられた公衆電話に再び人が戻って来たハナシである。今、イスラエルは外国人労働者を受け入れ、彼らが新たな社会底辺の労働力を担っている。それは、職を求めるパレスチナ人封じ込め、日干しにする政策という政治的意図がある。この背景について、上映前のプレゼンテーションで触れ、作品理解の一助となった。事実、この説明抜きでは、フィリピン人、トルコ人、そしてアフリカ人の公衆電話内容だけでは政治的背景は見えてこない。
 彼らの会話は、家族のこと、郷里の家族からのおねだり、恋人との愛の確認などであり、作品の意図は公衆電話の内容により移民社会を見せることであるが、率直に言えば高校の映研程度の発想としか思えない。受賞は、やはり監督のプレザンスが効いていると思われる。



「サイエントロジー」

「サイエントロジー」

 集金マシーンと化したアメリカの巨大新興宗教「チャーチ」の巧妙な組織的詐欺性を衝く作品、「サイエントロジー」(仏)は相当なインパクトがある。日本のオウム教と異なり、身体的暴力を伴わない洗脳は見事な知能犯である。1950年にアメリカで興された新興宗教は、フランスでも多くの信者を獲得する。布教手法は人間の不安に付け込み、多額の料金を納付させ、しかも、信者歴が極めて長い。あくまでも信者の自由意志を建前とし、フランスでは、最近ようやく詐欺罪で訴えられ、係争中であるが、宗教活動は続いている。もどかしさを感じるが、それだけ宗教団体が狡猾ということだ。



平和主義国家の汚点

「汚染された土地」

 インパクトの強さでは「サイエントロジー」を凌ぐ強さを持つのが、スウェーデンから選ばれた「汚染された土地」だ。チリ在住のスウェーデン人学生の体を張ったルポルタージュで、彼の武器は一台のビデオカメラだけ。元々、チリ人の主人公は、幼い頃の養子縁組でスウェーデン人家庭に引き取られ、後に故郷チリへ留学し、その折の体験を映像化している。彼は、山岳地帯の子供たちのガン発生率の異常な高さに疑問を持つ。そして、現地での聞き取り調査で、チリ企業がスウェーデンから産業廃棄物を受入れている事実が判明する。旧従業員の初老のスウェーデン人が彼の主旨に賛同し、チリでの調査に協力する。
 一つの事態を個人的努力により、徐々に掘り下げる主人公の、一学生として、一ドキュメンタリー監督としての行動が問題の深刻さを提起している。現地住民にとり考えもしない事態がつまびらかにされ、若者の個人的正義感が多くの命を救うことになる。これも、ドキュメンタリーの効用の一つだ。




南米住民とコカイン

「白い貨幣」

 中南米コロンビアからは、禁止されているコカインを農民自身が管理する興味深いルポルタージュ「白い貨幣」がお目見えした。コロンビアの山深い農村では、コカインが通貨の代りとなり物々交換のように、コカインが通用している。
 例えば、村の雑貨店で食料品を求める住民は紙幣の代りに数グラムのコカインで支払いをする。マフィアの財源となる薬物を農民が自主的に管理する実体が浮かび上がる。政府は大量の除草剤を軍用機から撒くが、コカ栽培は減らない。逆に、農民は新しい土地を求め、益々奥地へと生活拠点を移し、軍による強制移住も効果をもたらさない。総ての貧しさがコカインに集約され、環境が破壊され、アマゾンの森は伐採によりやせ、草原と化す。コカイン栽培と貧困対策は表裏一体の問題であることが理解できる。



対独協力

「老いたる子供の思い出」

 1942年、ナチス占領下で最大のユダヤ人連行事件が起きた。それが「老いたる少年の思い出」で、フランス人であれば誰もが知る歴史的事件である。この作品、何故か、音楽・ダンス部門に選ばれ、ナヴィゲーターがこの事件についての著作者自身であることが話題となった。「黒い木曜日」と呼ばれるこの事件は、6月の明け方に大量のフランス人警官により、パリのユダヤ人がヴェロ・ディヴェール(戦前に存在した室内競輪場で戦後は廃止)に集められ、そのままアウシュビッツの強制収容所に送られた。1万5千人のユダヤ人を死へと駆り立てたのは同胞のフランス人であり、そのため、国内では長い間タブー視されていた。

 ナチスの戦争犯罪は数限りなく糾弾されてきたが、多くのフランス人が加担してきた事実は伏せられ勝ちであった。再現シーンにより駆り込みの様子が克明に写し出される。あらかじめ調べたユダヤ人のアパルトマンに先ずフランス人警官が乗り込み、逮捕し、男と女、大人と子供が分けられ、ここで一生の別れとなる。残されたペットは窓から放り投げられ処分される、地獄の光景である。それを、難を逃れた14歳の少年の目を通し語られる。フランス人にとり、正視に耐えられない事実が目の前で展開される。歴史を忘れまいとする作品の意図が胸に迫る。この作品の上映時は満席で、終映後、客席から大きな拍手が沸いた。フランス人にとり忘れてはいけない事実であり、このような事実を喚起している。






(文中敬称略)
  《続く》
映像新聞 2010年3月1日掲載号

中川洋吉・映画評論家

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