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「2010年上半期、注目の日本映画」
 

良質な独立系プロダクション作品

 2010年上半期の日本映画は中々見応えがあった。その大半が独立系プロダクション作品で、年間2000億円の興行収入のうち70%を占めるメジャー系統作品を質的に凌駕している。漫画、テレビで既に露出している作品の映画化が多く、テレビ局を中心に据え、大量公告を打つ、製作委員会方式作品は、安易な企画と内容の希薄さは既に指摘されるところである。洋画上映のアートシアター館の大苦戦で配給・宣伝会社は青息吐息であり、その経営難の解決の糸口は未だ見付からない。その中にあり、良質な小プロダクションの健闘はしっかり応援せねばならない。

藤沢周平原作で女性剣士描く

「花のあと」
(c)「花のあと」製作委員会

 お馴染みの東北・海坂藩ものである、藤沢周平原作の「花のあと」(中西健二監督、3月13日公開)は、主人公に若い女性剣士を据えた点が目新しい。圧倒的な質の高さを誇る山田洋次監督の藤沢周平ものとは少しばかり趣きが違う。同監督の2作目は、凛とした人間の生き方という大きな芯が貫かれ、今作もそこは外さない。

 武家の娘(北川景子)は許嫁(甲本雅裕)がいる身である。その彼は江戸勤め。ある時、彼女の父の許へ知り合いの藩随一の剣の使い手の青年がやってきて、娘と竹刀を交す。2人の出会いはこの時一度だけ。その後、青年は藩の窮状を訴えに江戸に派遣されるが、請願にはならわしがあり、彼をねたむ同僚が故意に間違い情報をつかます。このため、彼は江戸で大恥をかき、自らの命を絶つ。娘は青年剣士への淡い思いと義のため、青年を陥れた彼の同僚に果し合いを申し入れる。その一部始終、相談に乗るのが帰郷した、いささかひょうきん者である許婚。男と女の剣の対決、しかも一度だけ交した竹刀のための義侠心、有り得ない話の接着剤としての許婚の介在がドラマを盛り上げる。しかも、軽やかで、悲劇的描き方ではない。原作は短篇だが、上手く脚本化している。人として守るべき義、凛とした立居振舞い、武士社会の規範を逸脱しない真っ当な生き方、藤沢文学の思いが爽やかに伝わる。


理想の外科医を堤真一が好演

「孤高のメス」
(c)2010孤高のメス」製作委員会
 「孤高のメス」(成島出監督、6月5日公開)は、宣伝ポスターから容易に医学ものの大傑作「白い巨塔」(66)(山本薩夫監督)を想像させる。「白い巨塔」は医学界に渦巻く人間のドロドロした欲望を描くところにその面白さがある。「孤高のメス」は、1人のスーパーヒーローとしてのアメリカ帰りの外科医(堤真一)が主人公であり、彼の筋を通す生き方がメインテーマ。大学病院の医師派遣に頼り切る市民病院は無気力そのもの。そこへ、やる気満々の医師が乗り込み、現状維持を極めこむ医師や事務方は大慌て。主人公は患者を救うことだけしか頭になく、周囲の雑音は全く意に介さない。この彼を冷やかに見ていた若い医師や看護師たちが彼の情熱に打たれ、次第に本気になる。物語の進行は、彼のチームの一員たる看護師の日記の朗読により進行する。スタッフの緊張感をほぐすために、手術中は都はるみの「あんこ椿は恋の花」を流し、チームの面々は面喰う。一見、異端に見える彼の手術、実は、基礎的な手順の積み重ねで、てらいもはったりもなく、きちんと医療の本道を踏んでいる。ラストは日本では未だ認められない成人間の脳死肝移植手術である。

 物語の舞台のメインは手術室、そして登場人物は医師と看護師。チーフ格の看護師(夏川結衣)が手術の進行見届け役。美人女優でありながら、地味目に、仕事を持つ女性の柄を上手く出している。彼女の代表作になる芝居だ。
 主人公の堤真一、中堅俳優の中にあって、普通の人が演じられる役者であり、彼の良さが出ている。物語の描き方は仕事を通しての人間関係に絞り込まれ、男女の恋愛関係を削ぎ落とした演出が、作品に力を与えている。本年度のベスト・テン候補だ。



心に沁みる台湾の緑深い情景

「トロッコ」
(c)_2009_TOROC

 試写で評論家に大きな反響を呼んだ作品が「トロッコ」(川口浩史監督、5月22日公開)だ。
 芥川龍之介の短篇小説「トロッコ」から想を得ている。物語の舞台は台湾東部の花蓮近郊の村に置き換えられている。いわば「メイド・イン・台湾 日本映画」なのだ。物語は若い母親(尾野真千子)と2人の幼い息子が、夫の急死により、台湾へ亡夫の遺骨を届けるため、彼の両親を訪れ、ひと夏、台湾の緑深い田舎に滞在する。

 台湾のおじいちゃん、おばあちゃんの優しさに包まれ、父の死のショックで母親に反抗的な長男は次第に頑なな心をほぐし始める。圧巻は、森の中で今でも動くトロッコを発見した兄弟が、思い切り、下り坂を疾走する開放感に身を委ねところだ。今作からは、台湾独特の緩やかな、ほんわかとした雰囲気が伝わる。台湾の人々、自然の豊かさが非常に心地良い。台湾の俳優やスタッフにより製作され、撮影監督はホウ・シャオシェン監督の名作「戯夢人生」(93)などを手懸けたリー・ピンビンであり、彼の写し出す情緒溢れ、細やかな絵柄は一見に値する。監督の川口浩史は今年40才、日本映画学校出身の若手、本作で監督デビュー。主演の尾野真千子、NHK制作のテレビドラマ「火の魚」で鮮烈な印象を与えた。今後、目を離せない存在だ。



同性愛の社会的偏見に挑戦

ナチュラル ウーマン2010
 (c)2010松浦理英子Softgarage

 2本のレズを扱う作品が登場した。「ナチュラル・ウーマン2010」(以下「ナチュラル」)(野村誠一監督、4月17日公開)と「カケラ」(安藤モモ子監督、4月3日公開)。両作品とも設定が似通っている。若い、成人前後の美しい女性が同性と恋に落ちるハナシ。「ナチュラル」の2人は大学のサークルで知り合う。容子(亜矢乃)は、才能豊かな同期の花世(汐見ゆかり)にあこがれに近い気持ちを持ち、それが昂じて、恋愛関係に陥る。自身に無いものに対する敬意とあこがれの入り混じった感情が容子の思いの出発点で、その彼女をいなすように接するボーイッシュな花世は、容子にとり眩しい。恋愛作品の常套手段として、愛しながらの別れというパターンが確固として存在するが、その必然性がはっきりしないケースが多い。「ナチュラル」もその類いだ。

 しかし、作る側とすれば、単なる美少女のレズを描くことを目的としているとは思えない。恋愛感情は異性間だけのものではなく、同性間であっても構わないとする立場をはっきりと打ち出している。愛の多様性と言うことだ。そして、同性愛の社会的偏見に対する挑戦でもある。婦人科カメラマン出身の野村誠一監督の絵作り、流麗そのものだ。また、花世役、汐見ゆかりのボーイッシュな容姿は実に眩しい。


1978年制作作品が再公開

「密約 外務省機密漏洩事件」

 現在、司法によりデッチ上げられた冤罪が次々と明らかになっている。犯人を捏造すれば警察・検察の威信は守られ、裁判所は時の政権に寄り添い、司法の保身を図る構造が見られる。その風潮に棹を差し始めたのが民主党による政権交代であろう。つい最近、30年振りに無罪判決が確定した事件があった。「密約」(千野皓司監督、4月10日公開)。いわゆる外務省機密漏洩事件だ。沖縄返還に伴う密約を、1971年に毎日新聞記者、西山太吉が外務省職員女性の資料提供によりスクープした一件だ。国家公務員法違反で記者と女性は有罪。この事件、密約の有無よりは、男女の情交問題にすり換えられた。この時の首相は佐藤栄作で、後にノーベル平和賞受賞。記者は毎日新聞を辞職、郷里の北九州市で家業の青果商として、その後の裁判闘争を続ける。沖縄返還で米軍の負担金を日本持ちとする密約で、当時から、現在まで政府、外務省は一貫して否定している。

 しかし、政権交代により密約の存在が明らかになり、30年振りに西山記者の無罪が確定。失職した記者にとり失われた30年であり、事件前まで朝日と肩を並べた毎日新聞はこの事件で数百万部、部数を減らした。この「密約」は78年にテレビドラマとして制作され、その後、88年に細々ながら一般公開された。そして、今年に入り、改めて公開の運びとなった。実に製作から33年の歳月を要したのだった。政権交代、沖縄普天間基地移設問題が現実のものとなり、自民党政権による沖縄返還密約も明るみに出て、有罪判決を受けた西山記者の30年振りの無罪獲得が決定した今日、「密約」の公開は時宣を得たものである。そして、作品自体、今日でも新鮮であり、驚きに値する。出演は70年当時の新劇の大物俳優総揚げ出演で、この重厚なキャスティングも見物。



えん罪の疑惑に迫る裁判もの

「BOX_袴田事件 命とは」
(c)BOX製作プロジェクト

 もう一本の裁判もの「BOX 袴田事件 命とは」(高橋伴明監督、5月29日公開)も見るべき1本だ。1966年に清水市で起きた放火殺人事件で、元プロボクサーが逮捕され死刑判決が下された事件。犯人とされた袴田巌(新井浩文)は現在まで44年間拘留され、精神に異常を来たしている。以前から、検察側の証拠のあやふやさで冤罪の疑いが濃い事件であった。これを担当裁判官(萩原聖人)の目からの証言の形で物語りは展開される。見終わった後、検察のでっち上げ証拠と自供だけで1人の人間の命を奪えるものかの疑問が湧き上がる。高橋伴明の力業の激しさに圧倒される。2010年度の特筆すべき1本であることは間違いない。担当裁判官は九大出身、司法試験を一番で通った秀才。この事件後、判事を辞し、現在は生活保護を受ける身。3人の裁判官の仲で唯一人死刑に反対した彼は、半世紀近い現在も「袴田被告に申し訳ないと贖罪の日々。


おわりに

 2010年半期を通して眺めれば、稼ぎ頭の東宝主導の大型製作委員会方式作品より、小規模作品が力を見せた。まず気付くのが、女性の自立意思を前面に押し出す作品で、従来の、男性に付き従う女性像を超える内なる格闘が画面から顕著に伝わる。「花のあと」、「ナチュラル・ウーマン」「ソラニン」(三木孝浩監督、4月3日公開)、他にドキュメンタリーで女性新人監督の「祝の島」(纐纈あや監督、6月19日公開)、「アヒルの子」(小野さやか監督、5月22日)とパワー溢れる作品の出現は大いに注目される。
 裁判ものの傑作「密約」、「袴田事件」は冤罪と司法制度のゆがみを正面から衝く問題作だ。
 良質な作品としては、医師ものの「孤高のメス」、人と人の絆の大切さを説く「トロッコ」の心地良さも上半期の収穫だ。




(文中敬称略)
《了》
映像新聞 2010年7月5日掲載号

中川洋吉・映画評論家