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「カンヌ映画祭2012」(1)
 "欧州主体"の審査員構成が影響 監督賞以外はすべて欧州勢

カンヌ映画祭の会場

 第65回カンヌ映画祭は5月16日から27日まで12日間にわたり開催された。今年はフランス大統領選があり、社会党のオランド候補がサルコジ前大統領を退け革新派大統領となった。その選挙のため、例年に比べ1週間遅れの開幕となった。
いつもは燦々たる陽光とからっとした気候のカンヌも今年は4日間の連続降雨で肌寒い日もあり、常に傘が必要であった。華やかなレッドカーペットで着飾ったスターたちも、高級メゾンのロングドレスの裾を気にし、気の毒であった 。

審査員

ナンニ・モレッティ審査委員長

 今年の審査委員長は「息子の部屋」(01)でパルムドールを獲得したイタリーのナンニ・モレッティ監督、構成は9人で男女比は5対4と男性が1人多く、そのうち7人がヨーロッパ、1人がパレスチナ、そしてアメリカは1人と、圧倒的なヨーロッパシフトであった。この構成から、結果論だが、今年の受賞結果が推測出来た。
とにかく、稀に見るヨーロッパ勢の進出、アメリカ勢の後退である。審査員記者会見では、審査の方向性は語られず、心構えについての発言が多かった。いつもは、審査委員長に質問が集中するが、今年はフランスの著名デザイナー、ジャン=ポール・ゴルチエへの質問が多く、世界的デザイナーへの注目度は格段だった 。



受賞一覧


パルムドール(最高賞) 「アムール」ミヒャエル・ハネケ監督(オーストリア)
グランプリ(審査員特別賞) 「リアリティ」マッテオ・ガローネ監督(イタリー)
監督賞 カルロス・レイガダス監督(「闇の後の光」)
女優賞 コスミナ・ストラタン、クリスティーナ・フルトゥ
(いずれも「ビヨンド・ザ・ヒルズ」)
男優賞 マッツ・ミケルソン(「狩り」)
脚本賞 クリスティアン・ムンジウ監督(「ビヨンド・ザ・ヒルズ」)
審査員賞 ケン・ローチ監督(「天使の取り分」)


審査員
審査委員長 ナンニ・モレッティ(イタリー、監督)
審査員 ダイアン・クリューガー(女優、ドイツ)
ヒアム・アッバス(女優、監督、パレスチナ)
エマニュエル・ドゥヴォス(女優、フランス)
アンドレア・アーノルド(監督、脚本家、イギリス)
ジャン=ポール・ゴルチエ(デザイナー、フランス)
ユアン・マクレガー(男優、イギリス)
ラウル・ペック(作家、監督、ハイチ)
アレクサンダー・ペイン(監督、脚本家、アメリカ)



今年の流れ 極限の人間関係を描き込む


受賞会見するハネケ監督

 受賞一覧通り、監督賞のカルロス・レイガダス(メキシコ)を除けば、総てヨーロッパ勢で、アメリカ勢が総て選外という流れであった。これは、ナンニ・モレッティ審査委員長の好みと、ヨーロッパ主体の審査員構成のためと推し量れる。
22本のコンペ作品のうち突出した作品は、ハネケ監督の「アムール」(愛の意)であり、他に競い合うべき作品との間に差があった。事前の予想でも、「アムール」のパルムドールはほぼ確実視されていた。しかし、ここまでヨーロッパ中心に徹底するとは驚きであった。
今年の出品作品の特徴の一端は、極限の人間関係の描き込みであろう。今までは、移民問題、格差問題、民族問題などの社会性のあるテーマと家族の2系統が主流であった。今年は、親、兄弟、家族、そして友人関係など、一点に絞り込んだ人間関係を描く作品が目立った。勿論、社会性を排除せず、背景として、現代社会が避けて通れない問題を裏面から滲ませる展開となっている。アメリカ作品は5本と、2作品のフランス作品を上まわり、決して悪くなかった。特に、ジェフ・ニコルズ監督の「マッド」はシナリオ構成が良く、キレがあり、無冠は惜しかった。
映画祭では、評価の流れが一方へ傾くことはままあり、必ず、忘れられた作品が出る。今回は、ルノアールとブレッソンの信奉者であるモレッティ審査委員長の色が強く出たと思われる。全体的に地味目で、選考は今を反映した作品が多く、その代表が、パルムドールの「アムール」である。


最高賞は「アムール」が受賞 老いと愛

「アムール」

 ハネケ作品「アムール」の主人公は老夫婦で、社会的地位が高い教養人である。この2人を一度は引退したジャン=ルイ・トランティニアン(実年齢82歳)とエマニュエル・リバ(85歳)が扮し、老いの味をごく自然に出し、作品の成功を支えた。2003年にボーイフレンドのミュージシャンに撲殺された、愛娘で、美人女優ながら、それに甘えることなく、性格俳優でもあったマリを溺愛した父、ジャン=ルイは、この不幸な事件を機に引退し、今回、ハネケ監督の口説きで復帰した。エマニュエル・リバは、アラン・レネの名作「24時間の情事」(59)でスターとなったが、スターということに馴染めず、極端な寡作で知られている。ひっそりと生きてきた2人を起用したハネケ監督の狙いを上回る演技であった。
冒頭、野中の一軒家の老夫婦宅に、消防隊員が乗り込み、強引に家の中に入る。そして寝室のベッドには自死した妻だけ横たわる、衝撃的なシーンが写し出される。2人暮らしの老夫婦、ある時、妻が一瞬放心状態に陥ることに気づいた夫は、彼女に確かめるが、全く記憶にないと言う。ここからが物語の出発点となり、その後、妻の状態が徐々に常軌を逸し始める。
初期の認知症、そして最後はトイレでの粗相と、人間の尊厳が音を立てて崩れ落ちる。老いの進行をただ傍でおろおろと見守る術しかない夫と、壊れていく妻。しかし、その末期的状況下でも、夫の妻への愛は変わらず、多分、夫しか認知できない妻の無意識の夫への信頼が作品の芯となっている。「アムール」は仏教でいうところの人の一生を表わす、「生老病死」の老、そして、キリスト教の最大の拠りどころである愛という普遍的テーマを冷徹な視線で射抜いている。イングマール・ベルイマン監督などが描く、人間の内面の映像化をハネケ監督は実現しているが、これは中々できることではない。「アムール」は一言でいえば、深い思考に裏打ちされた哲学的映像作品である。
彼の作品、従来は観念性が強く、見る者を拒否するところがあり、難渋で見難かった。一例として、初期の例では、以前、カンヌ映画祭監督週間に出品された「ベニーズ・ビデオ」(92)、近年では「ピアニスト」(00)、「隠された記憶」(05)がある。初期の「ベニーズ・ビデオ」をカンヌ映画祭で筆者は見る機会を得ているが、見終わった後、チンプンカンプン状態で、内容的にも後味の悪さが残ったことを覚えている。彼が最初にカンヌ映画祭でパルムドールを得た「白いリボン」(09)辺りから難渋さが消え、作品的に見易くなり、今年の「アムール」も観念性が払拭され、こなれてきた。この作品製作手法が、パルムドール獲得の大きな要因であることは間違いない。




(文中敬称略)


《続く》


映像新聞2012年6月18日掲載号より

中川洋吉・映画評論家