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「フランス映画祭2012」

今秋日本公開の作品が主力

 今年で20回目を迎えた、毎年恒例の「フランス映画祭」が、6月21日〜24日までの4日間、有楽町朝日ホールで開催された。全体で長編は11本、その中にホラーとアニメがそれぞれ1本ずつ出品されている。同映画祭、「横浜フランス映画祭」として1993年に始まり、2006年に横浜を離れ、その後、六本木、有楽町と会場を変え、フランス映画を継続的に日本のフランス映画ファンに提供し続けている。

今年の作品選考 11年製作作品中心に長篇11本を上映

 上映作品11本中、10本までが既に配給が付き、そのほぼ全作品が今秋上映の予定。大半は2011年製作々品で、2012作品は今年のカンヌ映画祭監督週間に出品された、熊とねずみが主人公のアニメ「アーネストとセレスティーヌ」(配給未決定)と、「アーティスト」で一躍人気者になったジャン・デュダルジャンの原案による浮気男を面白おかしく描く「プレイヤー」の2本のみである。これから公開される作品の有料プレ試写会の側面が強い。
以前のように、フランス側が見せたい新作の上映とはポリシーが変化してきている。フランス人映画ジャーナリストによれば、日本側の応募により、作品決定が行われたとのこと。一連の変化から、フランス映画祭の様変わりが見え、日本よりも中国市場に軸足を移す前兆かも知れない。


大ヒット「最強のふたり」


「最強のふたり」
 (c) 2011 SPLENDIDO /GAUMONT / TF1 FILMS PRODUCTION / TEN FILMS / CHAOCORP
 今回、一番インパクトが強かった作品は、「最強のふたり」だ。興行的にも大成功で1910万人を動員し、フランス映画史上歴代2位の動員成績を誇っている。参考までに、フランス映画の1位は「シエテイシュにようこそ」(08)、そして、全映画での1位はアメリカの「タイタニック」(98)で、共に2000万人強の観客を動員している。
「最後のふたり」の大成功は、現在のフランス映画に見られる典型的な傾向を表わしている。その点が、同作が単なるお笑い作品の枠を飛び越える一因となっている。
物語の主人公は、事故により首から下の感覚を失った大富豪(フランソワ・クリュゼ)の身障者。彼を介護する黒人青年(オマール・シー)は貧乏移民家庭出身で、この出会う筈のない、階層の異なる2人の人間が巻き起こすチグハグさが何ともおかしい。フランス人が好む、コメディの王道を行く作品で、とにかく笑え、コメディとしても成功している。そのチグハグさの頂点は、富豪の誕生会のシーンだ。あらかじめ用意された室内楽オーケストラのクラシックに対し、青年は、突如、ディスコ音楽のファイア・ウィンド&アースのノリの良い曲に切り替える。そして、彼自身踊り出し、あまりの調子の良さに回りも、ディスコ音楽に合わせ踊りの輪に加わる。それを面白がる富豪。気取りのない本音の付き合い、2人は終生の友情を結ぶ。これは実話の映画化であるが、嘘のような本当の話の胡散臭さと、とぼけた味があり、全体が面(おも)白(しろ)、おかしく仕上がっている。
一方、青年の家庭環境に同情した富豪は彼の再出発の後押しをする。ここに人の情(なさけ)が見受けられる。昨年来、カンヌ映画祭で「アーティスト」、「ル・アーブルの靴みがき」などに見られる浪花節の世界が見る者を感動させる風潮が出て来ている。これは、浪花節的な侠気、思いやりの世界であり、経済発展に乗った強者の論理が後退し、普通の人や弱者、負け組への眼差しが作品から感じられる。この傾向、世の移り変りに従い、映画もこの感情、人と人との絆に無縁でないことを、「最強のふたり」は証明している。


フランス社会の底辺


 「愛について、ある土曜日の面会室」は、3つのストーリーが並行的に進行。ラストは刑務所の面会室で終わる。フランス社会の底辺で生きる人々の人生が浮かび上がる作りに、骨っぽさが感じられる。第1話は、偶然知り合った男から、大金と引き換えにそっくりさんの容貌を利用し、他の受刑者の代りに刑務所入りを引き受ける青年が主人公。第2話は、息子が殺害され、アルジェの母が真相を知るためにフランスに渡り、そこで加害者の姉と懇意になり、姉に代り面会室へ行き、殺人の真相を聞き出そうとする物語。第3話は、ボーイフレンドが刑務所入りした少女の物語。ここに描かれる人生は、面会する人々の自立への志向である。自らの境遇を何とか変えようとする必死な人々の生き方が、苦(にが)さをもって伝わる。監督は今年32歳のレア・フェネール、注目すべき新人女性監督だ。



異能作家の大長篇


「ミステリーズ・オヴ・リスボン」
 (c) CLAP FILMES (PT) 2010

 チリからフランスへ政治亡命し、昨年、70歳で逝去した、ラウル・ルイス監督の遺作「ミステリーズ・オヴ・リスボン」は、表現主義を思わす美術、説明を省く物語進行、或いは、説明の拒否を特徴とする異能の作家の大長篇作品(267分)。原作は、19世紀のポルトガルの人気小説、主人公は孤児で、彼が自分の母親を求めフランス、ポルトガル、イタリア、ブラジルを彷徨する。登場人物が多く、頭の中で整理しながら見ねばならず、ここが難解さとなっている。一つの明確なスタイルを持った作風は、難解さを通り越す魅力があるが、ただ安らかなまどろみに誘(いざな)われる恐れあり。


現実に立ち向う勇気

「私たちの宣戦布告」
 (c) WILD BUNCH

 「わたしたちの宣戦布告」とは、物々しいタイトルである。このタイトルの真意は、人生の困難に立ち向かう際は、戦わねばならぬことを指している。監督は女性であり、女優としても活躍するヴァレリー・ドンゼッリの自身の体験の映画化。互いに一目ぼれの若いカップルに男の子が生まれる。今までは流れのままに、安易に生きてきた2人は息子に生まれながらの病気が発見され、人生の困難に立ち向かわざるを得なくなる。この状況への宣戦布告であり、悲しんだり、逃げずに、2人は大人へと脱皮し始める。若い人が自身の生き方を問い詰める真摯な一作。

子供を作るということ

 フランスの最大手、有料ケーブルテレビ「カナル プリュス」のお天気姉さんから、「アデル/ファラオと復活の秘薬」(10)で女優に転身したルイーズ・ブルゴワン主演の新作。テレビでセーヌ川に怪獣が現れたと、物騒な冗談で物議をかもした彼女、今回は妊婦役。妊娠と出産について、女性自身の本音にアプローチ。今までは、真面目に語られなかったテーマだけに、妊婦の生理、不安定な精神状態、そして悩みが率直に語られる。男性には知ることが出来ない世界や心情に、関心が惹かれる。このような切り口で妊娠、出産に触れること自体驚きがあり、多くの女性が抱えた悩みの一端が作品から伝わる。


古典的なポリシエの良さ

「そして友よ、静かに死ね」
 (c)2010 LGM FILMS GAUMONT FRANCE 2 CINEMA HATALOM RHONE-ALPES CINEMA

 フランス人には根強い人気がある、いわゆるギャングもの(ポリシエ)として「そして友よ、静かに死ね」が面白い。監督は「あるいは裏切りという名の犬」(04)のオリヴィエ・マルシャル、彼の作品はキレがあり、B級娯楽作として動員力もある。物語は70年に跋扈(ばっこ)したロマ人からなる、リヨンを根城とした銀行ギャング団が主人公。
話は、70年代、そして現代と2つに分かれ、ギャング団のその後に触れている。元々は2人のロマ人少年の友情から始まり、1人はジェルール・ランヴァン、もう1人がチェッキー・カリョと渋い男性路線で極めている。今は引退した元首領のランヴァンは、親友のカリョが警察に捕らわれ、友情から、今は引退した身でありながら、もう一度、友の脱獄に手を貸す。脱獄後、ランヴァンは組織の何者かの密告に気づくが、それが親友の関与とは気付かない。典型的なフィルムノワールで、70年代、アラン・ドロンが演じた一連の犯罪ものを彷彿させる。例えB級でも、この種の作品の人気は衰えを知らず、人を惹きつける。


あの足立正生が登場

「足立正生」
 (c) 2011 EPILEPTIC FILM

 映画監督で革命家である足立正生へのインタヴュー作品が「美が私たちの決断をいっそう強めたのだろう/足立正生」(以下「足立正生」)である。パレスチナで日本赤軍活動に加わり、国際指名手配された彼は「赤軍−PFLP・世界戦争布告」(71)を発表、1974年以降パレスチナに留まり日本赤軍として行動し、2003年に日本へ強制送還され、逮捕されるが、彼の罪状は旅券法違反の微罪。彼は、日本政府より、危険なテロリストとされ30年近くを海外で過ごした。この彼、自らの活動について、独白に近い語りで、パレスチナ闘争の意味を、苦(にが)さを交えつつ振り返る姿が印象的。特に「革命はやりたいが、わからない、だけどやってみたい。」の一言が現在の彼の真情であろう。今、彼は映画製作、著作、そして日本映画大学講師として活躍中。





(文中敬称略)


《了》


映像新聞2012年7月9日号掲載

中川洋吉・映画評論家