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「カンヌ映画祭2012」(2)
最高賞以外の見るべき傑作
興味深い「お国柄」の反映

 パルムドール(最高賞)受賞のミヒャエル・ハネケ監督作品「アムール」は、今65回カンヌ映画祭では突出した存在であった。しかし、他の受賞作、選外作品でも見るべき佳作は揃っていた。その作品群の中から幾つかを取り上げる。それらは、それぞれのお国柄が反映され、大変興味深い。

審査委員賞受賞 好調ケン・ローチ監督

「天使の取り分」

 「天使の取り分」で審査員賞を受賞した、カンヌ常連で英国のケン・ローチ監督は、既に「麦の穂をゆらす風」(06)でパルムドールを獲得し、大物で、一丁上がりの感がある。しかし、彼はまだまだ意欲的で、力の衰えを微塵も感じさせない。前作「エリックを探して」(09)に続く笑い溢れるコメディで、社会派の大看板をかなぐり捨てての変身ではなく、従来の路線の上にきっちり乗っている。
物語は、英国、グラスゴー、主人公一家はつつましやかなワーキング・クラス、主人は仕事に就いているが、成人した子供たちは失業中。ここに、若年層を襲う深刻な雇用問題が重要な背景として塗り込まれている。これは、現在のヨーロッパで一番深刻な社会問題の一つである。
一日中、所在なげにぶらぶらしている若者たちは、ウィスキー銘醸蔵が集まる土地柄に目を付け、一計を案じる。彼らは最高級のウィスキー蔵に忍び込み、ホースで3本ばかりを失敬。しかし、はしゃぎ過ぎて大切な2本を割ってしまう。このドジぶりのギャグには笑いが止まらない。残りの1本、オークションで予想外の高値を付け、若者たちは人生再出発の資金を得る。貧乏人がいかに這い上がろうかのネタであり、奇想天外な手口が笑いを誘う。

反社会的な弱者の復讐が痛快


 ここで垣間見えるのは、「窮鼠(きゅうそ)猫を食(は)む」の諺を地で行く、時に、多少の反社会的行為もやむを得ないとするローチ監督の、弱者の生き方を肯定する思いが滲み出ている。これは「エリックを探して」の郵便局員がバット片手に、マフィアの家を滅多滅多に荒らし、復讐を遂げることと同様である。いささか、反社会的であるが、弱者の復讐の痛快さが見もの。


映画作りの発想の違い

「ビヨンド・ザ・ヒル」

 ルーマニアのクリスティアン・ムンジウ監督の「ビヨンド・ザ・ヒル」は、一言で言えば、映画作りの基本的発想が異なっているとしか思えない作品だ。リズムの緩さ、展開されるテーマの平坦さは特に耐えられぬ程の退屈さを感じさせるが、独自のスタイルとして認めざるを得ない。
ムンジウ監督は、今作では主演の2人が主演女優賞を獲得し、2007年には「4ヶ月、3週と2日」でパルムドールを得ており、フランスで映画を学んだ、れっきとしたカンヌ銘柄なのだ。
物語は、若い女性2人が主人公。1人がドイツに住む親友を、故国へ連れ戻し、同じ修道院に入る。しかし、友人の方は、段々と神が乗り移った狂信状態に陥る。人間の個人的弱さに加え、宗教が個人を追い詰める不条理さがメインテーマである。
テーマの採り上げ方、宗教の描き方、そして、独特の緩いテンポと、作り手、ムンジウ監督の持ち味は充分出ている。今後、彼はヨーロッパ映画界で重要な一員となる予感がし、作品にはルーマニアの色も出ている。


人間の社会的抹殺

「ザ・ハント」

 デンマークから出品、主演男優賞獲得のトマス・ヴィンターベア監督の「狩り」は、人が人を簡単に抹殺できる恐ろしさを訴えている。監督のヴィンターベアは同国の指導的立場にある、ラース・フォン・トリア監督の提唱したドクトリン95のグループに属した新進気鋭の監督であった。98年には、「セレブレーション」でカンヌ映画祭審査委員賞を受賞し、今回は、久しぶりのカンヌ登場だ。
物語は、デンマークの一寒村で、主人公は主演男優賞を得た、マッツ・ミケルソン扮する学校教師。彼の隣りに住む親友の幼い娘が彼に好意を持ち、主人公の教師も彼女を可愛がる。しかし、その幼い娘が、彼にいたずらされたと口にしてから事態が、思わぬ方向へ進展する。幼児性愛者としての風評が広まり、教員は村八分となり、社会的に抹殺されかかるが、後に、幼い娘の他愛ない嘘と判明する。一度まかれた風評の種は根強く残り、主人公を苦しめるが、彼は闘うことを決意し実行する。これは、一寒村だけの話ではなく、大都会でも起きる問題なのだ。その背景には、宗教性が加わっている。規律が自由なプロテスタントであるが、幼児性愛に関しては非常に厳しい面があることを物語っている。作り手が訴えたいことは、単なる一言で人を葬り去る恐ろしさと、それを安易に受け入れる大衆の存在である。


負け組と現実

「錆と骨」

 フランスの鬼才、ジャック・オディアール監督の「錆と骨」は、オディアールらしく、人間の本性が硬質なタッチで描かれている。彼の作品はいつでも期待して見れ、今回も裏切られなかった。
食い詰め、女房に逃げられた北に住む男が、幼い息子を連れ、姉を頼り南仏アンチーヴ(ニースの隣の市)へやって来る。空手の心得のある彼は、現地のディスコの用心棒として雇われ、何とか息をつく。そこで、喧嘩に巻き込まれた水族館の飼育員(エディット・ピアフ役で一躍スターになったマリオン・コティアール)を助けたことから親しくなる。しかし、彼女はショーのイルカに両足を食べられ半身不随の身となる。この2人の男女の交流、人生負け組の悲哀が出ている。この悲劇を強いタッチで描くのがオディアール流である。前作、「預言者」(09)と比べシナリオ構成が若干弱く、作品自体に今一つ強さが欠ける。賞を逃したのはこの辺りか。


玉手箱

「ホーリー・モーターズ」

 13年振りのレオス・カラックス監督は「ホーリー・モーターズ」でコンペに登場。ある豪邸にキャデラックのリムジンが社長然とした人物を迎えに来る。パパを見送る子供たち。裕福な一家の朝が始まる。やがて、キャデラックは会社へ行くことなく、意外な方向へと進む。行く先々姿を変えた彼が車から降り立つ。殺し屋、乞食、企業家など、10役に変身。リムジンの中は丸で楽屋のようだ。このリムジンの中から次々と色々な人物が出現する様は、玉手箱と同じ趣向で、カラックスの異才振りが十分楽しめる。なお、13年間も映画を撮らない彼は、生活に困らない、フランスの大財閥デュポン家の一員とのこと。さすが持てる人間は違うと、妙な感心しきりであった。


極限の人間関係

 ウクライナからのコンペ出品作品「霧の中」は重いテーマを扱っている。第二次大戦中のナチス占領下白ロシア(ウクライナ北方地域)での、ソ連の2人のレジスタンスが主人公。味方でありながら敵対せねばならなかった状況が描かれる。著名な原作の映画化であり、レジスタンスであれ、敵と止むを得ず協力(コラボ)する事実を暴き、糾弾する内容であり、戦争で手を汚していない人間はいないとする、重い事実を突きつけている。
作中、友人同士のレジスタンスは、片方がナチスに協力したことを責め処分を下そうとし苦悩する、極限の人間関係、止むを得ない人生の選択と受け入れざるを得ない状況が描かれ、力作である。


その他の作品

 「戦いの後で」は、『アラブの春』を扱い、エジプトのムバラク追放と大衆の怒りを映像化したタイムリーな企画で、時代性がきちんと浮かび上がる。しかし、事実の羅列に終り、素材が良いだけに惜しい。
今年は選外となったアメリカ作品、明らかに若い世代の台頭を思わせ、今後に期待が持てる。レッドカーペットを賑わすハリウッドスター、ニコール・キッドマン、ブラッド・ピットを投入したが、今年は運がなかったようだ。




(文中敬称略)


《続く》


映像新聞2012年6月25日掲載号より

中川洋吉・映画評論家