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「第25回東京国際映画祭」(その3)
国々の顔が見えるアジア作品
今年も期待通りの作品群
等身大の人物の生きざま描く

 「アジアの風」部門は、東京国際映画祭ではエース格で、根強い固定ファンの支持がある。毎年述べるが、等身大のアジア人像とその生き様に惹かれる。今年は16本のアジア作品、インドネシア特集、ファンタ王国カンボジアが催され、多様なプログラムが楽しめた。

娯楽の王道

「火の道」

 インドのマサラムービー「火の道」(カラン・マルホートラ監督)は、正にインドの娯楽映画の王道を行く作品だ。歌って、踊って、恋あり、アクションありの娯楽てんこ盛り、167分、全く飽きさせない。1990年のアミターブ・バッチャン主演の同名作品のリメイク版。今年のインド映画界の興収ナンバーワン作品。
ストーリーは、単純、且つ、通俗的であり、それが、作品の強さとなっている。
ムンバイ沖の小島に、主人公一家が暮らす。少年の父は、人望の厚い教師だが、村の長老の息子(悪党)にとり目障りとばかりに殺される。一家は周囲の目を避けムンバイへ引越し、舞台は大都市へと移る。成人となった息子は、黒社会に入り、父の復讐の機会をうかがう。ところが、小島の悪党は、彼の存在に気づき、ラストは壮絶な一騎打ちの肉弾戦となる。その間に、イケメンの青年、恋人の美女との恋と歌と踊りが繰り広げられる。マサラムービー独特のド派手なノリで押しまくる。体が浮き立つ歌舞と勧善懲悪の世界、偉大なるマンネリといわれようが、庶民の心をわしづかみにするパワー。主演男女の美男美女ぶりと圧倒的な群舞、これも映画の楽しみ。正に娯楽の王道を行っている。



愉快な子供の世界


「ホメられないかも」

 中国からの「ホメられないかも」(ヤン・ジン監督)は心が解き放たれる、楽しく愉快な作品だ。
ヤン・ジンは、山西省出身の今年30歳のインディーズ監督で、既に2作を手懸けた注目の若手。舞台は山西省の片田舎、主人公は、小学校卒業間近のノッポとチビの2人。才気煥発なチビは、ナゾ掛けが得意で、同級生を悩ますが、彼は一向に気にしない。
この少年の存在が作品自体を生き生きさせている。ノッポは、勉強が一番、いつもチビの面倒を見ている。この凸凹コンビ2人で帰省するが、その折々の小さなエピソードが紡がれる構成。チビの実家に寄った時、彼はノッポをクラス1番と得意げに紹介するが、自分が56番でビリであることがわかり、父親から大目玉。ラストで、アイスクリームを買う一元の出所を巡り、2人はむくれ合うが、チビが得意のナゾ掛けでその場をしのぐギャグは最高に笑える。
全体がゆっくりしたテンポで流れ、肩に力の入らない脱力感から生まれる巧まざるユーモアが弾き出される。中国映画界の人材の厚さを見せつけた一作。


手に汗握る野球もの


「パーフェクト・ゲーム」

 韓国からの「パーフェクト・ゲーム」(パク・ヒゴン監督)は手に汗握る、見せる作品である。実話の映画化だけに、野球を知らない人でも面白い。物語の舞台は87年のヘテ対ロッテ戦であり、両エースの投げ合いで延長15回、引分けの死闘を描いている。野球を通し人生、映画を通し韓国自身や文化が語られる、熱き良質な娯楽作品だ。80年代のヒーロー、天才投手チェ・ドンウォンと、ソン・ドンヨルはライヴァル同士、肩を壊したチェは、それを隠しての15回延長の熱投。正に、男の勝負の世界。
ソン・ドンヨルは後に、韓国球界史上最高の投手と謳(うた)われ、1996年から99年まで中日ドラゴンスに入団、彼は2種類の高速スライダーを駆使し、ストッパーとして大活躍。


アジア的アイデンティティ


「帰り道」

 タイからの「帰り道」(トンポーン・ジャンタラーンクーン監督)は、アジアの国としてのアイデンティティを感じさせる。物語は、互いに疎遠な姉妹が主人公、2人にはショッピングセンターの催事などに出演する歌手の母がいる。子供たちは家庭の束縛を嫌い、母との接触を避けている。
この状況の中で、母親は事故死、慌てた妹は、シンガポール在の姉をすぐ呼び寄せる。葬式は伝統により母の故郷の南タイで執り行われ、姉妹は遺体と共に、車で南下する。2日がかりの旅、車中の姉妹は話すこともなく、気まずい思いの連続。緑濃いタイの風景、都市とは違う地方のゆったりした生活のリズムと、タイという国の独特の姿が浮び上がる。至極単純なロードムービーだが、そこには確固たるアイデンティティが見られる。この辺りが「アジアの風」部門の面白さなのだ。


戦争の傷跡


「兵士、その後」

 スリランカからの「兵士、その後」(アソカ・ハンダガマ監督)は、戦争と帰還兵について語るシリアスなドラマだ。背景には人口の4分の3を擁するシンハラ人(仏教)、ほぼ5分の1のタミル人(ヒンドゥー教)との民族抗争があり、スリランカ政府はシンハラ人中心の政治を推し進め、差別されたタミル人は、武装組織「タミル・イーラム解放の虎」(LTTE)を立ち上げ、政府と武力で渡り合った。最終的には、2009年にLTTEが敗北宣言をし、終戦を迎えた。本作の主人公はLTTEの元兵士である。彼は内戦が終わり郷里に戻るが、敗軍の彼に周囲は冷たい。銃の扱い以外何の特技のない彼、職を求め、町中を歩き廻る。やっと見つけたのが老宝石商のガードマン。以前からのガードマンはクビとなる。このクビとなった貧しい一家が毎日、家族で彼につきまとう。しばらくして、この一家の妻だけが彼の行く先々までついて歩く。元兵士は、宝石商から運転手を命じられ、つきまとった女性も、彼に同行させられる。何やら闇物資の運搬で、カップルであれば、怪しまれずに済むという老獪な宝石商の発案であった。ラストは、邪魔となった元兵士は、宝石商の手下に襲われ、つきまとった女性は拉致の上、暴行される。しかし、この女性は「命があれば何とかなる」と笑い飛ばす。貧困の修羅場を幾度となく潜り抜けた庶民の開き直りの凄さが印象的だ。
戦争が起れば、」多くの死傷者を生み、帰還した兵士も苦しみが、普遍的問題として鋭利な刃物のように見る者に突き刺さる。スリランカ内戦を身近かで体験した作り手の深い悲しみと怒りが伝わる。戦争とは常に貧しい者の上に覆い被さる現実に対する告発だ。


危険と隣り合わせの男の世界


 アジアにおいて、中韓と並ぶ映画国のイランから「ライフ・ライン」(モハマド・エブラヒム・モアイェリ監督)は力のある作品だ。山間部の鉄塔建設現場が舞台。そこは、灼熱のアラブの国のイメージを全く感じさせない、緑豊かな地方。山間部を送電用の鉄塔を立てる専門職人の集団が主人公。危険な高所作業、イスラム教での酒のない野営生活。職人を仕切る老リーダーの采配振り、そして、先輩に恋人を横恋慕される男2人の確執と、見処(どころ)をきちんと押えている。地味な素材ながら、飽きさせずに見る者を引張る強さがある。見るべき1本だ。


インドネシア特集


 「アジアの風」部門でミニ特集が組まれた。近年、消息をあまり聞かなかったインドネシア映画が息を吹き返している様子がわかる。3人の有力監督作品が採り上げられ、その中の1人、リリ・リザ監督はコンペ部門に「ティモール島アタンブア39℃」を出品している。全体的に、インドネシア映画の勢いを感じさせ、今後、同国作品が国際的舞台へ進出する予感がある。


総評


 コンペ部門に関しては、マルガレーテ・フォン・トロッタ監督の「ハンナ・アーレント」が群を抜く出来栄えであった。既に世界的に名を成した大監督作品が、日本に来たこと自体、驚きであり、格の違いを感じさせた。「アジアの風」部門は、伝統的にアジアの様々な顔が見られる楽しみがあり、今年も期待通りだった。
今年は学生料金を500円に設定したが、観客の裾野を拡げる意味で英断と言える。
来年、2013年から、TIFFのチェアマンは、5年間勤めた依田巽氏(ギャガ社長兼会長)が退き、新たに椎名保氏(角川書店取締役相談役)の就任が発表された。




(文中敬称略)


《了》


映像新聞2012年11月19日掲載号より

中川洋吉・映画評論家