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骨太な仏映画「君と歩く世界」 
特異な状況下で生きる男女の愛
人物造型が深く堅固な脚本

 フランスから骨太な作品、「君と歩く世界」が登場した。監督は「預言者」(09)で知られるジャック・オディアールで、彼はこの作品でカンヌ映画祭グランプリ(第2席)を獲得した、大物監督の1人である。この彼の前作「預言者」の暗と正反対の明の世界をバックとしたのが今作「君と歩く世界」である。
「君と歩く世界」は2012年のカンヌ映画祭で、もし、審査員構成が変わればパルムドール(最高賞)をとってもおかしくなかった。この年のパルムドールは、ミヒャエル・ハネケ監督の「愛、アムール」(本紙3月14日号掲載)であった。


原作

「君と歩く世界」
(C) Why Not Productions- Page 114 - France 2 Cinema -Les Films du Fleuve - Lunanime

 原作はカナダ人作家クレイグ・ディヴィットソンの短篇集に依り、映画作品はこの原作を自由に翻案している。英語名タイトルは「ラスト アンド ボーン(錆と骨)」であり、仏語オリジナルタイトルも同様である。日本公開タイトルは「君と歩く世界」と甘く味付けされた。








主人公の父子


「君と歩く世界」
(C) Why Not Productions- Page 114 - France 2 Cinema -Les Films du Fleuve - Lunanime

 今作は究極のメロドラマであり、愛の成就への過程に工夫がこらされている。
冒頭シーン、中年に近い男アリ(マティアス・スーナーツ)と、幼い少年が北フランスでヒッチハイク、次いで、列車内の2人が写し出される。2人は父子で、北フランスから南仏へ移動中である。2人は、車内で他の乗客の食べ残しをがつがつ食べる。異常な光景だ。彼らの殆ど金のない様子が見て取れる。2人の行き先はニースとカンヌの中間点にあり、ピカソ美術館で有名なアンティーブで、そこに暮らす姉を訪ねての旅である。女房に逃げられ、職のない男は、陽光燦々たる姉の家に息子連れで転がり込む。スーパーのレジ係の姉は、決して裕福ではないが、仕方なく2人を受け入れる。舞台設定の狙いが、前作「預言者」では薄暗い刑務所、今作では太陽がまぶしい南仏と対照的に描き分けられる。この明暗の強調は作り手の狙いだが、明るい南仏だからとは言え内容は明るい訳ではなく、主人公たちの屈折した心情が太陽とない交ぜされ、乾いたトーンを醸し出す。



コティアール



 愛の成就には異性の存在が不可欠であり、今作の主人公の相方は「エディット・ピアフ〜愛の讃歌〜」(07)で、フランス映画史上2人目のアカデミー主演女優賞で国際的知名度を獲得したマリオン・コティアールである。彼女はアンティーブの名所であるマリンランドのスター(ステファニー)、シャチ調教師に扮している。
アリとステファニーの出会いはディスコで、スター然と振舞う彼女が男性客と喧嘩騒ぎを起こすことがきっかけだ。それを仲裁したのが、他に仕事がなく腕っ節を見込まれ、ディスコのガードマンになったアリであった。酔った彼女を送る彼との出会いは互いに好意を持ち合う、麗しき恋愛の第一歩ではなかった。



事故の後遺症


 華やかなシャチ ショウを演じる彼女に、突然の大事故が見舞う。ステージが崩壊し、それが因で、彼女は両足の膝から下を失う。栄光から転落の彼女は、否応なしの車椅子生活で、昼間から病室のカーテンを閉め切り、心を閉ざしたままである。
明るいアンティーブに居ながら、闇の世界に1人閉じこもるステファニー。その傷心の彼女が思い出したのが、以前出会ったディスコのガードマンのアリであった。これは、彼女が暗から明の生活へ戻る決心の証しである。彼女に呼び出されて、見舞いに訪れたアリは、いつもの無骨な調子で、慰めの優しい言葉の一つもない。彼は一言、「一緒に泳がないか」と発する。海に入ることすら考えられなかった彼女は唖然とするが、気を取り直し、彼に抱えられ、久し振りの海の感触を確かめるのであった。ここで2人の間の壁は取り除かれ、気持ちが少しずつほぐれ始める。
次いで、寡黙な男は、また一言、「寝るか」と口にし、両足のない女と男は結ばれる。2人にとり、性は必要なものとする作り手の意志が感じられる。


闇格闘技


 2人が心を通わせる時と同じく、彼の腕っ節を見抜いた初老の男がアリに闇格闘技を持ちかける。この荒々しいファイトが作中のハイライトシーンの一つである。空地で、上半身裸で素手の男2人が相まみえ、彼ら2人を取り巻く男たちは金を賭ける。このファイト、口数が少なく、世知にも疎い、プリミティブな男の性格付として、大変興味深い。ここで、アリと行動を共にするステファニーは、今まで以上に生きる勇気を与えられる。
両足を失い、車椅子の彼女は、肢足を手に入れ、再び調教師へのカムバックの夢を抱き始める。この肢足を付ける前の彼女の両足のない姿、不自然さを感じさせないが、これはCGによるもので、上手く使われている。

愛の成就


 アリの不器用さが原因で、幼い息子に暴力を振い、愛するステファニーの心を傷つける。しかし、一時的行き違いで、最終的には、異なる世界を生きてきた2人をより一層強く結びつける結果となる。
「君と歩く世界」は、特異な状況下で生きる男と女のメロドラマであり、その愛を成就させるために、様々なハードルが設定されている。甘味な愛でなく、手触りがゴツゴツした歯応え充分な愛である。タイトルの原題、「錆と骨」は男のボロボロの手と、失われた女の両足の意味がラストに来て初めて理解できる。主演のアリに扮するマティアス・スーナーツの男振りが見ものだ。
 作りものとしての、フィクションの世界が実に上手く書けている。オディアール監督の父、ミッシェル・オディアールは、フランス映画界では名の知れた大脚本家である。息子のジャックは、確実にこの父のDNAを引継いでいる。人物造型の深さ、堅固な脚本構成、そして、何よりも、繰り広げられるストーリーの面白さで目を見張らせる。オディアール作品は、未だ6作目であるが、どの作品も見ていて面白い。
世界の映画界には、この監督作品なら必ず面白いと思わす才人がいる。例えば、英国のケン・ローチ監督の反権力意識、香港のジョニー・トー監督のアクション・ポリシエ、同じく香港の女流監督アン・ホイの心のひだに迫る情感、我が国ならば、故若松孝二監督のアナーキーな発想や、娯楽性あふれる劇映画など、見て面白い作品の作り手がいる。その中に、ジャック・オディアール監督の名も入る。彼の作品、見て損はしない。

一筋縄でいかぬ人物像


 目を見張る物語の面白さ
 オディアール作品は、登場人物たちの設定に一ひねり凝らされ、そこが劇構成の巧みさとなっている。「君と歩く世界」では、人間の二面性、力強い荒々しさと弱さを鏡の裏表の様に扱い、人物造型を深めている。
「預言者」同様、パワーのある、アブナイ=社会の枠外の人間を描く狙いが極まっている。このようなパワフルなメロドラマがあるかと思わす、一見に値する作品。

 



(文中敬称略)


《了》


映像新聞2013年4月1日掲載号より

4月6日(土)から新宿ピカデリー他全国ロードショー




中川洋吉・映画評論家