このサイトからダウンロードできる
PDFデータの閲覧のために必用なAcrobatReaderは以下のリンクより
無償でダウンロードできます。



このサイトからダウンロードできる
PDFデータの閲覧のために必用なAcrobatReaderは以下のリンクより
無償でダウンロードできます。



「第66回カンヌ映画祭」報告(2)
注目すべき仏の中堅監督
「アデルの人生」がパルムドール
若い女性の自立を力強く描く

 本年、第66回カンヌ映画祭では、日本勢の露出が目立った。コンペ部門に、是枝裕和監督の「そして父になる」と三池崇史監督の「藁(わら)の楯(たて)」の2作が選ばれた。審査員には河瀬直美監督が9人の1人に入った。日本勢の2作品参加のせいもあり、日本からは例年は姿を見せないスポーツ紙までも記者を派遣した。


審査員

 前回に一覧表で審査員を紹介したが、今年は日本から河瀬直美監督が名を連ねた。日本人審査員は、第49回(96)の石岡瑛子(美術家)以来のことである。最近の審査員構成はスター性を狙い、大物監督、ハリウッドスターが9人の中に入ることが多い。今年の大物監督はスティーブン・スピルバーグであり、ハリウッドスターはニコル・キッドマンであった。男女比は委員長を除き4人ずつで、その中の1人が河瀬監督である。審査員選考基準は公式に発表されていないが、9人のうち1人はアジア、過去に受賞歴があること、そして、女性に関しては明らかに、見栄えが重視されている。河瀬監督の場合、これらの基準を見事に充たしている。アジア人、女性、そして2007年の「殯(もがり)の森」でのグランプリ受賞歴と、当然、予想されたコースであった。今年は、毎晩、審査員全員が揃ってレッドカーペットを踏みしめることはなく、各人がばらばらに行動した。これは、スピルバーグ委員長の考えによるものと思われる。河瀬監督のレッドカーペットはエスコートなしの単独登場で、何か淋しいものがあった。是枝監督も、今年の審査員賞受賞で、数年後には、審査員就任もあり得る。
賞に関しては、スピルバーグ委員長は「そして父になる」を押したが、他の審査員が乗らなかったといわれる。河瀬審査員は「ア・タッチ・オヴ・シン」(ジャ・ジャンクー監督、中国)を押したそうだ。彼女が是枝作品に一票投じていればパルムドールの結果は変わったかもしれない。



米仏を軸としたコンペ


 作品選考基準は、はっきりと米仏中心路線と見てとれる。コンペ20作品中、米仏作品は5本ずつ(合作を除く)、ヨーロッパからはイタリア、ドイツ、オランダ、アジア勢は日本、中国、イラン、アフリカからはチャド、南米からはメキシコで構成されている。米仏以外は各大陸から万遍なく選んでいる。
米仏を中心に、ヨーロッパ諸国、そして、数本のアジア勢の組み合わせであり、地域的バランスが良く取られている。ここ数年の傾向として、過去に受賞歴のある大物監督作品、今年の例ではロマン・ポランスキー監督の「毛皮のヴィーナス」、スティーブン・ソダバーグ監督の「燭台の陰」、コーエン兄弟の「インサイド・ルウィン・デービス」が挙げられる。そこに、三池崇史監督のジャンルものと言われる「藁(わら)の楯(たて)」を始めとするアジア作品、その他の若干の実験性のある作品で構成する選考の方程式が見えてくる。しかし、大物監督作品の中には既に峠を越し、内容的に今一つの作品も交り、この方程式が何時まで持つかは不明だ。




「アデルの人生」



「アデルの人生」
 最高賞、パルムドールには「アデルの人生」が選ばれた。上映前は、同じ、思春期の少女を扱った、フランソワ・オゾン監督の「ヤング&ビューティフル」がメディアに再三登場したが、本作「アデルの人生」(アブデラティフ・ケシシュ監督、仏)の話題は少なかった。
両作品とも、17歳の少女が主人公で、オゾン作品では、性に強い関心を抱く主人公が売春に走る筋である。一方、ケシシュ作品では主人公が年上の女性に惹かれ、レズビアンとなる設定で、両作とも、少女たちの性が作品の底流となっている。
「アデルの人生」の舞台は北フランスの地方都市、主人公のアデルはどこにでもいそうな、男の子に興味津々の、健康美溢れる女子高生。普通の少女とレズビアンとの落差が面白い。アデルは、街ですれ違った、髪がブルーの年上のエマと知り合い、2人は燃え上がる。
パルムドール受賞のケシシュ監督
この最初の出会い、双方ともボーイフレンドと一緒であり、エマが、すれ違いざまに、身体を反転するほど、振り返り、アデルを見詰める。女が同性に秋波を使う、このシーンの凄さは見ものだ。
エマのブルーの髪はジュリ・マロ原作の漫画、「ブルーは熱い色」から来ている。若いレズビアンの2人は激しく愛し合い、仲を深める。彼女たちのラブシーン、息を呑むほど美しく、若さが躍動している。しかし、年上のエマの関心は徐々に美術へと向かい、2人の間は疎遠になる。アデルは取り残された思いで悶々とするが、苦い恋の終わりを受け止め、自身の道を歩む決心をする。愛、そして、破綻を通し、若い女性の自立が描かれ、作品全体に力が宿る。この力強さに押され、是枝作品「そして父になる」は、賞レースから一歩後退したのであろう。
甘美だが、ほろ苦い恋の顛末、そして、自己の確立を目指す若い魂の彷徨は見応えがある。ケシシュ監督は、ニース育ちのチュニジア移民2世で、今年53歳と、監督としては決して若くない。その彼、現在フランス映画で一番勢いのあるアラブ移民世代に属する、注目すべき中堅監督だ。日本では殆ど無名であるが、過去に「クスクス粒の秘密」(07)が東京国際映画祭で上映されている。本作はヴェネチア映画祭銀獅子賞(監督賞)(審査員特別賞の説あり)を始め、多くの国際映画祭での受賞歴がある。
本作について、ル・モンド紙は、「フランスの若者とチュニジアの革命『アラブの春』へのオマージュ」としているが、上手い着眼点である。
昨今のフランスでは同性結婚が法令化されたが、その後も激しい議論を呼んでいる。そして、濃厚なレズビアンのラヴシーンについて、同紙はスピルバーグの言葉を語り「ラヴシーン云々は取るに足らぬことであり、要は、『アデルの人生』が華麗な愛の物語であることが重要」としている。この発言、作品の本質を言い当てている。




コーエン兄弟の冴え


「インサイド・ルフィン・デイビス」

 「バートン・フィンク」(91)でパルムドールを得たコーエン兄弟は、その後、カンヌ映画祭で3度の受賞歴を誇る大物である。昨年、今年とコンペ選考では、受賞歴のある監督作品がズラリと並べられたが、いささか、ブランド先行気味で、衰えが目立ち、内容が伴わなかった。今回も、ブランド志向があり、昨年と同じ結果が心配されたが、グランプリ受賞のコーエン兄弟作品、「インサイド・ルフィン・デイビス」での冴えは健在であった。
60年代の売れないフォークシンガーが主人公で、人生の悲哀が、巧まざるユーモアで描かれている。コーエン兄弟の作品は、アメリカの土地そのものがきちん取り込まれ、そこが強みとなっている。いつも、特定の風景を描くのではなく、本作では都市の特性が浮び上がり、ここが、彼らの作品を見る上で楽しみである。また、ひねりの効いたユーモアにもみがきがかかっている。ニューヨーク、シカゴと歌う場を求めての旅、友人から預かった猫を仕方なくいつも連れ歩くアイデアは、如何にも彼ららしいひねりが抜群だ。とにかく、知的な趣きが何とも楽しい。



淡々たるロードムービー


「ネブラスカ」

 今年の授賞では、スピルバーグ審査委員長の意向か、地域的バランスに配慮したフシがあった。米仏が2作品ずつ賞を得、米国はコーエン兄弟作品以外にアレキサンダー・ペイン監督作品「ネブラスカ」でブルース・ダーン(ヒッチコックの最後の作品『ファミリー・プロット』出演で知られる)が主演男優賞を獲得した。
物語は、1人の老人が宝くじを当て、その賞金を受取る旅に出るロードムービーである。モノクロで写し取られる西部の農村地帯を背景に、賞金にたかろうとする町の人々の欲の深さ、その彼らに乗せられる老人の愚かさ、仕方なく老人に随行する中年の息子とたそがれた人生が淡々と描き出される。モノクロでの世界は、カラーより新鮮な印象を与える。本作、やはり老人が死ぬ前に数百キロ先の兄にトラクターで会いに行く、デヴィッド・リンチ監督の「ストレート・ストーリー」(99)を彷彿させる味わいがある。地味な素材で、事前に期待されなかった作品だが、佳作である。







(文中敬称略)



《続く》


映像新聞2013年6月17日掲載号より



中川洋吉・映画評論家