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「第66回カンヌ映画祭」報告(3)
アジア作品は持ち味を生かす
ノンコンペ、監督週間に佳作
ナチス問題に迫る記録映画も

 今回の授賞作品は審査委員会の各国への目配りが効き、これはと思う作品の殆どが網羅された。アジアからは、日本が2作品、中国、イランがそれぞれ1作品ずつ選らばれた。中堅監督の手になるアジア作品はそれぞれの持ち味が生かされ、満足のいくものであった。その他にも、受賞に至らなかった佳作や、記憶に留めるべき作品が監督週間やノンコンペ部門でも見られた。


レベルの高いイラン作品

「過去」

 イランからは、既に、ベルリン国際映画祭金熊賞受賞の「別離」(11)でその名を知らしめた、アスガール・ファルハディ監督の「過去」が出品され、主演のベレニス・ベジョが主演女優賞を獲得した。本作、ル・モンド紙の予想ではパルムドール候補であり、是枝監督の「そして父になる」と並び、前評判が非常に高かった。前作「別離」同様、本作でも、現代の問題である離婚を扱っている。作品はフランスとの共同製作、ストーリーは、ベレニス・ベショの妻とイラン人の夫との離婚が骨子となっている。冒頭は、空港で妻が夫を出迎えるシーンから始まり、既に離婚を決意した2人だが、残務整理のため、夫はパリに一時的に戻る設定とし、物語は、パリ郊外の妻の自宅が舞台となっている。
戻ったパリで、妻には別の男性がいることが明らかになり、3角関係を軸に三者三様の心のさざ波が描かれる。シリアスな話を軽くせず、重さを感じさせながら物語は進む。重い話を敢えて軽く見せないところに昨品の真摯さがある。そして、現代の男女関係、愛の在り方を写し出すことに成功している。



中国の現実


 今やカンヌの常連の1人となった中国のジャ・ジャンクー監督作品「ア・タッチ・オヴ・シン」は、中国の今を語っている。作品は4つの犯罪が描かれ、一話ずつがかすかに繋がっている。
全部、地方で起きた犯罪の実話だ。地元の有力者の不正に怒り、彼らを殺す男、オートバイにまたがり、各地で殺人を行う殺し屋、風俗で働く女性が、新興成金の横暴に耐えかねての殺人、そして、金持ち相手の大型キャバレーの若い従業員同士の恋とその悲しい結末と、一話、一話に切実感がある。それらすべてに、ジャ・ジャンクーの変わらぬテーマである、時代の閉塞感とそこに生きる人間の営みが語られ、時代と対峙する作り手の視点が定まっている。彼の昨品、従来は、テンポが緩く、見辛いところがあったが、本作はテンポが良く、格段と見易くなった。脚本賞を得たこの作品、日本のオフィス北野が共同製作者として名を連ねている。




「藁の楯」の低評価



「藁の楯」
 カンヌ映画祭の常連に近づきつつある、三池崇史監督の「藁の楯」の低評価は気の毒であった。作品自体ポリスSPのアクション劇である。ヴィジュアルな展開、スピード感溢れるヴァイオレンスと、観客を飽きさせない。しかし、「今回、選ばれてびっくり、カンヌ向きの作品ではないのに」と彼は語っており、ある程度予測できた展開であった。確かに、本作は、原作に引きずられ、説明的な部分があった。この点が、今一つ、買われなかった理由であろう。
だが、本作、映画祭会期中に、世界20か国に売れたとのこと。三池作品の面白さに買いが入った形だ。





ユダヤ人大量虐殺の証言


「不正の最後」

 数は少ないが、ドキュメンタリーが選ばれるケースが増えている。本選のノンコンペ枠で、「ショアー」(ユダヤ人大量虐殺を証言により描く、4部10時間に及ぶドキュメンタリー巨篇、1985年、仏)で知られるクロード・ランズマン監督の「不正の最後」が上映された。本作は、ナチス強制収容所に集められたユダヤ人たちの委員会のリーダーへのインタヴューで構成されている。当時、収容所には、ユダヤ人委員会が設けられ、その唯一の生き残りがランズマン監督の質問に答える形で進行。ナチスと組み、ユダヤ人の大量虐殺と、多くのユダヤ人のガス室送りの阻止と、評価が相半ばし毀誉褒貶(きよほうへん)の激しいリーダーへの質問の矛先は鋭い。既に1975年に撮影され、それを再構成した本作は、今年87歳の彼の遺言ともいえる。このように、政治問題を正面から受け止める姿勢がカンヌ映画祭にはある。



一作家によるフランス映画史


 もう1本、大変優れたドキュメンタリー「旅行者」が監督週間で上映された。監督は、戦前からフランス映画界で活躍するマックス・オフェルスの息子であるマルセル・オフェルスである。父と違い、息子はナチスもののドキュメンタリーに才を見せた。戦前のマックスの映画歴、そして、ユダヤ人故のアメリカへの逃避行と帰国、戦後の息子マルセルの活躍、親子2代にわたる私的フランス映画史である。マルセル・オフェルスは、「痛みと憐れみ」(71)で、フランスのナチス占領下に協力した村の戦後を追うドキュメンタリーで、一躍、その存在を知らしめ、「ホテル・テルミニュス クラウス・バルビーの生涯」(88)(「ある視点」部門上映、アメリカより出品)で声名を確立した(2作とも本邦未公開)。「ホテル・テルミニュス…」は戦時中、リヨン市の治安責任者として、対独抵抗組織を鎮圧したナチ、クラウス・バルビーの戦後の足跡を追い、彼の犯罪行為を明らかにしたもの。バルビーは83年に捕えられ、フランスの裁判にかけられ91年に獄死した。本作を筆者はカンヌ映画祭で見たが、4時間が全く長く感じないほど、密度が高かったことを記憶している。


普通の人間の優しさ


「アンリ」

 監督週間で興味ある1作品が上映された。「セラフィーヌの庭」(08)でフランス映画の賞を総ナメにした女優、ヨランド・モロの監督作品。モロは、でっぷりし、その分人柄の優しさが滲み出るタイプで、美人女優とは対極に位置する異色の存在だ。その彼女が描く「アンリ」は、彼女の持ち味が良く出ている。舞台はフランスの田舎。村で一軒のカフェのオヤジがアンリ。彼は、しっかり者の妻を事故で亡くす寡夫。その彼の手伝いに軽度の知的障害をもつ若い娘がやってくる。風采の上がらない中年男と若い娘のちぐはぐな交流。善意溢れる2人、人間的な暖かい関係を育む。何気ない、普通の人間のもつ優しさと、モロ監督の感性が素直に現われ、心地良い。終映後の鳴り止まぬ拍手、これほど、人気のある女優であることを初めて知った。


楽しい珍品


「燭台の陰で」

 コンペ部門で賞は逃したが、アメリカから出品されたスティーヴン・ソダバーグ監督の「燭台の影で」は、プレスリー登場以前、ラスベガスで絶大な人気を誇ったポップピアニスト、リベラーチェ(1919−1987)の半生を描いている。ド派手なパーフォマンス、そして、ゲイの彼、次々と相手を変え、最後はエイズで死去。この破天荒なゲイ役を、マイケル・ダグラスが扮するが、そのオーバーな芸人振りがサマになり、とにかく楽しい。ダグラスはお面をかぶったような信じられない若作りで、これがまた、可笑しい。珍品だ。




おわりに


 本年のカンヌ映画祭には突出した作品はなかったが、全体に粒揃いであった。最高賞、パルムドール受賞の「アデルの人生」は文句なしであった。愛の物語で、女性の自立の意志がまばゆい。
一時、低迷していた監督週間、往年の輝きを取り戻しつつあり、来年も期待できそうだ。
ナチスのユダヤ人大量虐殺を描く「不公正さの最後」、そして、マルセル・オフェルス監督の自伝ともいえる「旅行者」は貴重なフランス映画史であり、両作品とも作り手の反ナチスの強い意志が感じられ、フランス人のナチス問題を風化させまいとする執念の強さを思い知らされた。
日本からは、短篇1本を含め、2本がコンペに進出し、是枝作品「そして父になる」の審査員賞受賞、悪くない結果であった。







(文中敬称略)



《了》


映像新聞2013年6月24日掲載号より



中川洋吉・映画評論家