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「パリで見る注目の新作映画」
ドキュメンタリー上映が定着

 フランス映画の新作をまとめてみる機会をパリで得た。冬の同地は、朝は8時半頃までは暗く、太陽も時折顔を出す程度で、日本から訪れる者にとり、その暗さが悩みである。しかし、寒波の到来がなければ、温度的には東京と変わらない。ベルリン映画祭直前の同地は、5月のカンヌ映画祭もあり、興行的には待ちの時期である。いわゆる日本で言うところの二八(にっぱち)である。しかし、今春は、フランス作品を中心にヨーロッパ作品のレベルが高く、その中の見応えのある作品を紹介する。

パリスコープ

 パリで映画を見るためには、毎週水曜日発行の小冊子「パリスコープ」が必須である。フランスでは、水曜日が封切りであり、これは、小学校の休校日に合わせたものと言われている。
一冊50サンチーム(邦貨70円)のこの小冊子には、その週の上映作品が地域毎に掲載され、それを頼りに映画館へ足を運ぶ。
上映案内以外に週毎の興行成績と、作品のベスト・テンも付記され、上映の手引きとなる。2月5日現在のベストは、「この世の果て」(ドキュメンタリー)、「イヴ・サンローラン」「フィロミナ」(英)などが挙げられている。興行成績は、「それでも夜は明けない」、前述の「イヴ・サンローラン」、「風立ちぬ」(宮崎アニメ)が上位を占めている。


数多いドキュメンタリー上映

 毎回パリに来るたびに「パリスコープ」のページをめくるが、その中で目を引くのが、ドキュメンタリーの上映の多さである。東京では、ドキュメンタリーの上映館として「ポレポレ東中野」があるが、一般館のドキュメンタリー上映は非常に少ない。一方、現在のパリでは、新作ドキュメンタリーが22本ある。これらは、大手配給会社MK2とカルチエ・ラタン周辺のアート系館で上映されている。フランスでは、ドキュメンタリーを一般作品と同様に扱っており、このことは、小さい映画館に固定客が付いることを示している。同国は、ヨーロッパにおいて、ドキュメンタリー大国であり、これに力を入れる公共放送アルテ(仏独教養番組専門局)の存在は大きい。さらに、ヨーロッパ随一のテレビ映像祭「フィパ」もドキュメンタリーの普及に貢献している。

 

パリの光と影


「この世の果て」 (c) Aramis Films

 現在、パリで上映中のドキュメンタリー「この世の果て」(クラウス・ドレッセル監督)は、パリの光と影を写す作品である。
冒頭は、エッフェル塔やシャンゼリゼのイルミネーション輝く夜景、セーヌ河にかかる橋が写し出される。カメラは一転し、その橋のたもとの路上生活者へと向かう。また、建物の影の一角に住みつく初老の女性と影の部分も写し出し、この対比が作品のメーントーンとなっている。主人公たちは路上生活者で、彼らのインタヴューで作品は構成され、厳しい冬のパリ、雪がチラつく中の段ボール暮しと、見ている方が寒くなりそうな光景が目の前に展開される。唯一、建物の中で暮らす元路上生活者が登場。屋根はあるが、暖房はない環境。彼らはピエール神父の起した「エマイス」に救済され、路上ではなく、辛うじて屋根の下に住む。パリの影の部分、その陰からの脱出を手助けする慈善団体の活動と、都市や社会の現在の問題を見せている。
路上生活者の過去、そして、生きる手段(仕事)には全く質問をせず、彼らの現在を淡々と語らせている。社会の片隅に追い込まれ、苦しむ人々の辛く、厳しい現状が痛いほど伝わる。


移民問題に迫る新人女性監督



「星の群れ」 (c) Haut et Court
 注目すべき、今年39歳のアフリカ系黒人、新人監督ディアナ・ゲの「星の群れ」は、アフリカ人の移民問題を採り上げている。現在、ヨーロッパで一番の社会問題である移民についての考察であり、そのリアルな描き方は問題の深さを衝いている。物語は、3つの都市で生きる3人の移民に焦点を当てた、ドキュメンタリータッチの作品だ。ニューヨーク、トリノ(イタリア)、ダカール(セネガル)の3都市で生きる彼らの1人はニューヨーク在で、父親の埋葬のため故郷セネガルに里帰りし、そこで自身のルーツを発見するエピソードが印象的だ。「星の群れ」とは、移民を指し、希望とも受けとれる。移民の生活の実体を冷静に描き、長篇第1作のゲ監督の優れた洞察力に作品としての力を感じさせる。このような地味で社会的作品がパリの7館で上映されることは、日本では考えられず、驚きである。

フランス映画独特の味わい



「ルル」 (c) Isabelle RazavetArturo Mio
 人生の機微を描く良質な娯楽作
「ルル」は軽やかに人生の機微を描く作品だ。主人公、ルルには美人女優カリン・ヴィアールが扮するが、これが絶品。彼女は美人だが、お高い感じがなく、物事をズケズケいうようなコミックな役柄だと実によい味を出す。主人公のルルは、海岸に近い町に住む、一主婦であり、何か、少しズッコケている。その彼女、近隣の町へ就職の面接を受けに行くが、不採用となり、いざ、帰途につこうと駅へ行けば、最終電車は既に出た後と、仕方なく夜更けの寒い町で一晩過すはめになるが、運よくキャラバン暮しの中年男に声を掛けられ、難をしのぐ。その彼は「俺は去年以来女気なし」とそれとなく誘うと、彼女は「私だって、ここ数年ゴブサタ」と応ずるあたり、この可笑しさ、女優ヴィアールの真骨頂だ。翌朝、男と別れたが金もなく、老婆のバッグをひったくるが、その彼女に逆に見込まれ、居候となる。何の特徴もない1人の主婦の行き当たりばったり人生が、ヴィアールの名調子で描かれ、フランス映画独特の味わいが醸し出され、良質な娯楽作に仕上がっている。監督は、アイスランド生まれでフランスの国立映画学校「フェミス」出身のソルベーグ・アンスパッシュで、ヴィアールとは初期の作品、乳ガンの女性を扱った「勇気を出して」(99)以来のコンビだ。アンスパッシュは、女性の生き難さ、連帯感を描く、目の離せない女性監督だ。


幸福とは



「シュザンヌ」 (c) Mars Distribution
 「シュザンヌ」(カテル・キエベレ監督)も女性を主人公とする、幸福について考えさせる作品だ。妻を亡くした、長距離トラック運転手には、幼い娘2人がいる。成長するに及び、次女シュザンヌが反抗的になり、父と対立し、家を飛び出し、音信不通となる。その次女がサラ・フォレスティエ、彼女の演じる女性の10代から成人へ向かう過程が良く描かれている。
音信普通の彼女からの連絡は刑務所からであり、窃盗罪で服役した彼女を、姉が献身的に世話をし、父は何をしていいのか分からず、嘆くだけであった。このシュザンヌ、昔の男に誘われ、薬物密売に手を染め、また、服役。刑務所内で男の子を生むところで終わる。この刑務所という場での出産、彼女には喜びが溢れている。人の幸福とは、心の持ちようだとする視点が心地良い。


フランスの今を見せる



 この項で紹介するドキュメンタリーや劇映画は、今の状況の理解を助けるものであり、劇映画は、フランス人の日常が見られ、興味深い。この種の作品が日本へは中々輸入されず、いつも惜しい気持ちにさせられる。映画配給とは、一般公開があって初めて成立するものである。スター女優を押し出す女性路線と、大学の仏文科教員がかつぐ観念的で難解な作品を選ぶ、今までの意識を変え、配給する側からの提案として意欲作が観客に届けられないかと、常々考える。

 



(文中敬称略)

《了》

映像新聞2014年3月3日掲載号より転載



中川洋吉・映画評論家