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「セッションズ−障害者と性」
障害者と性がテーマの意欲作
アート系で女性層に支持
 

 障害者と性をテーマとする意欲作「セッションズ」が昨年12月から公開されたが、反響が大きく、年明けの1月もロングラン上映中である。本作、女性層への浸透が顕著で、レディスデーは満席状態の日もあり、予想以上の好評で、アート系作品が不振の中、嬉しいニュースだ。

実在の主人公

「セッションズ」
(c)2012 TWENTIETH CENTURY FOX

 作品は、主人公の詩人、ジャーナリストでもあったマーク・オブライエン(1950−1999)の、1990年のレポート"On Seeing a Sex Surrogate"の映画化である。彼は6歳の時にかかったポリオが原因で首から下は全く動かず、日常的に、鉄の肺と呼ばれるカプセル型の呼吸器の中で人生の大半を過ごした。その彼の最大の楽しみは、ヘルパーに付き添われ、ベッドのままでの1日3,4時間の散歩である。最小限の手段で書くことを続け、カリフォルニア大学を卒業、プロの書き手として自立している。その彼、障害者のセックスについての原稿依頼を受け、それがきっかけとなり、性に対する興味が高まった。以前に、若く美しいヘルパーを雇い、彼女のまぶしいほどの若さに魅せられたこともあり、女性に触れたい欲望が募るが、彼女は彼を受け入れず去った。
  苦い体験の後に、首をもたげた性への関心が、セックス・サロゲート(代理人)へと向かう。



美しいサロゲート

セックス・サロゲートを演じたヘレン・ハント
(c)2012 TWENTIETH CENTURY FOX

 登場するサロゲートに、この世の中にこんな職業があるかと先ず驚かされる。
  サロゲートとは、女性との営みを指導し、男性機能をもたらすことを目的とし、それにより報酬を受取る。セッションの回数は6回と決められ、仕事以外のコンタクトはしない原則がある。その施療は心理学の知識が取り入れられている。サロゲートに扮するは、「恋愛小説家」(97)で毎日食事に来るレストランの客である小説家、ジャック・ニコルソンと丁々発止と渡り合う、頭の回転が素晴らしく良いウェイトレスに扮したヘレン・ハントである。今年50歳の分別のある女性が、全裸で、施療のため患者と性交するシーンが作品のハイライトと言える。


性の捉え方


 難病ものと一線を画す演出
  38歳の童貞男に性の喜びをもたらす、ヘレン・ハント演じるサロゲート役は、仕事に対する熱意を前面に押し出しながら、人間性に溢れ、それ故、猥雑な印象を与えない。その熱意は、人を救おうとする使命感である。そして、サロゲートに扮する女性の、人生経験を積んだ人間としての味わいが、作品に深みを与えている。
  本作が、公開以来多くの女性層の支持を受けている背景には、日本と西欧との性意識の違いがある。我が国の場合、性は表に出すものでなく、むしろ隠す傾向がある。特に、年配になればなるほど、この傾向は強い。
  西欧社会では、女性が性について大胆に口にすることがある。例えば、生理、避妊、性体験などで、文化の違いを感じることがある。
  この作品が興味深いのは、性が人間をより豊かにする考え方である。性はエロティズムと結びつき、猥雑に考えることは多いが、「セッションズ」では、人間の日々の重要な営みの一つとして肯定する姿勢である。この点こそ、作品が見る者の内部へ自然と浸透する力となっている。特に、死期を迎えた主人公が、病院のボランティアで最後の恋人となったスーザンに「僕はもう童貞ではない」と誇らしげに、そして、ユーモアたっぷりに告げるシーンに性の重要さが込められている。

人間と性



 性の重要さについて、日本映画界で、極めて真摯にこの問題に取組んだのが故新藤兼人監督である。男女間の性と人間について考える上で、彼は興味深い指摘をしている。
  同監督は、不倫関係で女優の乙羽信子と結ばれ(後に離婚問題が片付き、正式に結婚)、2人の結婚生活は、彼女の病死まで続く。この男女の性についての発言は自らの体験に基づいている。
「夫婦の離婚は性格の不一致とすることが多いが、実は性の不一致である。性が上手くいけば離婚は避けられる」としている。この発言は「セッションズ」のテーマと一致し、更に言うなら、性は人間がより良く生きるための重要な要素であるとする考え方である。

魅力的な配役



 「セッションズ」の面白さは、ジョン・ホークスが演じる主人公の障害者マークと、彼を取り巻く女性たちとの人間関係にある。マークは49歳のほぼ全生涯を寝たままで過ごす重度の障害者である。その彼の明るさ、ユーモアあふれる描き方に作品としての救いがあり、そこが本作を単なる難病ものと一線を画している。したがって、作品として、軽ろやかさや爽やかさがトーンとして全体に流れている。主人公の役作りは、生前の彼を再現したものといえ、明るく、ポジティヴな役柄の設定が良く効いている。
  彼を取り巻く女性陣も魅力的である。サロゲートに扮するヘレン・ハントは、年齢相応の分別のある女性像を作り上げている。そして、直接、性に触れる役柄、女優としては当然躊躇するであろうサロゲートを演じるあたり、若い女優では出せない味を滲ませている。本作の成功の一端は彼女の起用にある。
  マークの散歩を担当する、アジア的容貌を持つヘルパーのムーン・ブラッドグッドの落ち着いた態度は、主人公を盛り立てている。彼女はアディダスやナイキのモデルであったことは、本作で初めて知った。ラストに登場する、ロビン・ウェイガート扮するスーザンは、文学上の協力者でもあり、マークとの対等な関係も納得いくものだ。彼は、既に性を知り、童貞男と別れを告げ、態度に自信が溢れているが、ここに演出の冴えがみられる。
「セッションズ」は、下手をすると、障害者の童貞脱出奮闘記に陥りかねない素材であるが、キャスティングのアンサンブルで、肩肘を張らず、深刻ぶらない、軽妙だが人生の真理に触れる作品に仕上がっている。


オーストラリア組



 本作の監督ベン・リューインはオーストラリア人で、彼の妻で製作のジュディ・レヴィンも同国人、さらに、撮影のジェフリー・シンプソンはオーストラリアを代表する撮影監督である。このオーストラリア組がアメリカでFOX・サーチライト・ピクチャーズの創立20周年プロジェクト第一弾として「セッションズ」を手掛けた。FOX・サーチライトは、メジャーのFOXがアート作品支援のために20年前に立ち上げられ、意欲的な作品を送り出している。この記念プロジェクトに「セッションズ」が選ばれた。


R18指定


 我が国の文化行政はお上(かみ)の管理体質が濃厚で、特に性表現のチェックは厳しい。日本では、直接、文部科学省は前面に出ず、映画界が自主規制団体として設立した映倫(映画倫理委員会)がお上の意向を忖度(そんたく)しながら、表現の自由と、青少年の健全な育成のため、映画作品をチェックし、性表現や差別語に目を光らせている。
  この映倫が一番厳しいR18+クラス(18歳未満観覧禁止)に「セッションズ」を指定した。劇中、施療のヘレン・ハントの全裸シーンが見られるが、とりたてて劣情を煽るものではないにもかかわらず、映倫は本作をエロ映画の枠に押し込めた。このレイティングは過剰反応だ。外国では性表現に対し、穏健であり、むしろ、過度の暴力シーンに目を向けているのが一般的傾向である。



 



(文中敬称略)

《了》



2013年12月6日より新宿・シネマカリテで公開、現在も上映中。他に全国拡大上映中。

映像新聞2014年1月13日掲載号より


中川洋吉・映画評論家