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「あなたを抱きしめる日まで」
実話の孤児売買事件を映画化

 英国から、骨太な作品が登場する。スティーヴン・フリアーズ監督の「あなたを抱きしめる日まで」(以下『あなたを…』)である。半世紀以上前にアイルランドの修道院での、孤児売買事件の映画化である。実話のインパクトの強さもさることながら、脚本構成とキャスティングの良さに、思わず唸る。

4本の糸

ジュディ・デンチ
(c)2012 PHILOMENA LIMED, PATHE PRODUTIONS, BRITISH FILM INSTITUTE AND BRITISH BROADCASTING CORPORATION. ALL RESERVED

  練り上げられた脚本構成
脚本構成が極まり、良く練り上げられている。多岐に亘る素材を手懸けたフリアーズ監、督(代表作「クィーン」〈06〉)、他に、ユーモア溢れる快作「スティーヴン・フリアーズのザ・ヴァン」(96)では、サッカーファンに移動販売のヴァンでサンドイッチを売る主人公の物語で、大いに笑わせる。その彼、シリアスな「あなたを…」にもユーモアを取り入れている。彼いわく、自作を、「悲しみと同時に楽しさがある」ものと語っている。
物語の主人公はアイルランド生れ、育ちのフィロミナ(ジュディ・デンチ、代表作「恋におちたシェイクスピア」(98)、007シリーズの恐い上司Mでお馴染み)であり、10代の時、お祭りで若い男と知り合い、「空に舞い上がるほど」の愛を交し、子供を身籠る。カトリック色の強い50年代のアイルランドでは、家族の恥とばかり、少女は家から追い出される。行くところは修道院しかなく、出産の面倒を見てもらう代償として、数年間、辛い洗濯ばかりをやらされる。修道院による体の良い搾取だ。同じ境遇の娘たちから生まれた子供たちは院内の一か所で育てられ、一日一時間だけ母子の面会が許される。洗濯場から走って赤児たちに会いに行く若い母親たちの姿は、見ていて心痛い。
3歳になった主人公の赤児が1000ポンドで売られ、アメリカに渡るが、その後の消息は全く知らされないことが物語の最初の糸となる。この事実、当事者たちが世間体をはばかり口外しなかったためもあり、殆ど知られていなかった。
物語の発端は、消息がつかめない息子の50回目の誕生日に、娘に幼児の写真を見せたことから始まる。


第2の糸

スティーヴ・クーガン
(c)2012 PHILOMENA LIMED, PATHE PRODUTIONS, BRITISH FILM INSTITUTE AND BRITISH BROADCASTING CORPORATION. ALL RESERVED

 女主人公とコンビを組む男(スティーヴ・クーガン、「メイジ―の瞳」(12)など、今作では脚本も担当)は、元BBCの記者マーチンで、普通の老婆と失業エリート・ジャーナリストのコンビは絶妙である。看護師として質素な生活を送ったフィロミナは善良で信仰心が篤い田舎の主婦である。一方、マーチンはオックスフォード大卒で、エリート臭を匂わせ、人と距離を置くタイプ、花形政治記者であったが、不本意な事件のためにクビになり、現在は失業中。劇中、初対面の2人、フィロミナはマーチンに「オックスブリッジ」出身かと問いただす。階級社会の英国を如実に現わす台詞であり、ひねりが効いている。
失職当時、自身を硬派と任じていた彼は、初めは乗り気ではなかったが、フェロミナの実話に興味を覚え、息子探しの記事執筆を引き受けるが、ここには再起をかける魂胆もあった。

 

第3の糸


 まず2人は、子供の足跡を辿るためにアイルランドの修道院に乗り込み、過去の記録の提出を求める。修道院側は火事で焼失と提出に応じない。修道院の一室には麗々しく、元祖セックスシンボルであるアメリカ女優、ジェーン・ラッセル(「紳士は金髪がお好き」〈1953、ハワード・ホークス監督〉)の謝辞入りの大きな写真が掲げられている。大枚をはたき孤児(本当はフィロミナのように親は存在)を買い取ったアメリカ人の1人である。この訪問でマーチンは修道院側の説明を怪しみ、徹底的な調査の必要性を強く感じる。



第4の糸



 早速、行動に取り掛かる彼は、BBCの協力を取り付け、2人でアメリカに渡り、息子の消息を何とか見つけようと移民局のファイルを調べ、息子の足跡は掴んだが、ラストにドンデン返しが用意されている。



珍道中の名コンビ キャスティングも巧妙



 フリアーズ監督のユーモアの才が発揮されるのは、2人のアメリカ行きである。
生まれて初めての空の旅と豪華ホテルに、彼女は舞い上がる。特に、機内シーンは秀逸。客室乗務員がアルコール類を勧めるが断る。数秒後、無料と知り注文する庶民体質丸出しの様は、実におかしい。また、彼女は大のロマンス小説好きで、ストーリーを微に入り細をうが穿ち、長々と説明すると止まらず、インテリのマーチンを辟易させる。フリアーズ監督は「直観vs知性」を本作のテーマにしたいと語っているが、その狙いははまっている。人間の生まれ育った環境の落差を描くギャグのレベルは高い。




隠されたテーマ



 「あなたを…」には隠されたテーマがある。それは宗教だ。宗教の2面性である「寛容さ」と「偏狭さ」の問題を提起している。
生爪を引き剥がすような、カトリック教義として離婚、避妊、中絶を認めない修道院の行為は非人道的であり、明らかに現代潮流とは相反しているが、現在までカトリック教会はこれらの教義を黙認、容認を続け、「偏狭」な姿勢を崩していない。このアイルランドの孤児売買事件に関しては、圧倒的な勢力を誇るカトリックを政治が利用し続け、見て見ぬ振りを押し通したフシがある。
一方、フィロミナは、辛酸を舐めた修道院生活に対し、終始、許しの態度で臨み、誰も恨まない。しかも、その態度が上辺だけではなく、心からの望みであることが描かれている。ここまで人間が寛容になれるのは、もはや、凝縮された個人の自覚的生き方であろう。勿論、宗教が本来持つ寛容さも否定するものではないが。
この宗教の持つ2面性にも気づかねばならない。


映画に見る問題提起



 同様のテーマを扱った秀作に「マグダレンの祈り」(02)がある。最近では、英国のケン・ローチ監督の息子ジム・ローチが監督した「オレンジと太陽」(10)があり、これは非常に良くできた作品だ。「オレンジと太陽」の舞台はオーストラリアであるが、原作者の女性はイギリス・ノッティンガム在のソーシャル・ワーカー。この作品では、アイルランド教会の児童売買のスケールを越す大掛かりな児童移民を扱っている。1970年まで、本国、英国の施設に預けられた児童13万人は、オーストラリアは天国で「オレンジと太陽」の国であるとの甘言に乗せられ、海を渡った。そして、子供たちは、幼児時代から安価な肉体労働力として扱われた。この移民、1970年代まで続いた。斡旋団体として、アイルランド同様に教会が関与していたことが明らかにされた。非人道的行為に対し、半世紀後の2009年にオーストラリア、2010年に英国が正式謝罪をしている。アイルランドの場合、遅れて2013年であった。この2つの事件、殆ど国内では知られていなかった共通の特徴がある。


安直なタイトル



 「あなたを…」はBBCによる製作である。英国作品で上質なものを見たければ、BBCとフィルム・4製作作品を見ればまず間違いない。
  最後にタイトルであるが、非常に安直さを感じる。「あなたを…」のように、作品内容が押し測れないタイトルは観客にとり不親切である。もっと簡潔なタイトルを考えねばならない。本作の原題は「フィロミナ」である。「あなたを…」はメインと副題とが逆との印象を受ける。横文字をカナ書きにする方法も安易であり、副題扱いのタイトルをメインにするのも曲がない。配給会社はもっと知恵を絞った方が良い。



 



(文中敬称略)

《了》


3月15日より新宿ピカデリー、シネスイッチ銀座、渋谷BUNKAMURA・シネマで公開。

映像新聞2014年3月10日掲載号より転載







中川洋吉・映画評論家