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「ぼくたちの家族」
若手世代監督が描く普遍的テーマ
強弱のつけ方が巧みな脚本

 若手世代監督の手になる「家族」を描く、優れた作品が公開される。「ぼくたちの家族」(石井裕也監督)である。現在、文学や映画の世界で一番人を引きつけるテーマは「家族」である。この普遍的テーマをいかにサバクかが脚本であり、演出力であり、これはかなりの難問だ。

家族を描くこと

「ぼくたちの家族」
(c)2013「ぼくたちの家族」製作委員会

  家族を扱うには、多くの視点、アプローチがあり、物語の核心に迫るには、新旧、硬軟を駆使する様々な手法がある。見る側にとり、作り手がどのような手を繰り出すか、そこが目のつけどころとなる。
血のつながりが家族を結ぶ太い糸であり、これからいかに逃れるか、或いは、同化するかが一つの見方となる。例えば、家族がテーマのアメリカ映画「8月の家族たち」(4月18日、既公開)は、家族間の凄まじいぶつかり合いを芯とし、特に、万事仕切りたがる母のメリル・ストリープと、その母の專横振りに反抗する長女ジュリア・ロバーツの取っ組合いを交えて盛り上がる憎しみ、しかし、最終的に血のつながりを拠り所とし、和解するドラマであり、非常にクラシックな家族の描き方をしている。
「ぼくたちの家族」では、「8月の家族たち」が母娘の確執を中心に置くのに対し、母親(原田美枝子)の突然のガン宣告を軸に揺れる家族の物語が展開される。本作は最終的には血を優先させる諦念が見られ、これは、日本文化に深く根差した概念と似ている。血のつながりは恐らく世界共通の意識と考えられる。


突然のガン宣告

「ぼくたちの家族」
(c)2013「ぼくたちの家族」製作委員会

 本作の冒頭シーン、1人の中年女性の顔のアップが延々と続く。最初は、なんて下手な監督だろうと思わずにはいられなかった。しかし、直ぐに筆者の間違いに気づいた。
彼女は、喫茶店の一隅でお仲間の中年女性のおしゃべりの輪の中に居り、女性たちの会話がまるで耳に入らず、放心状態に陥っている。
ここがはなしの発端となる。家族は彼女の状態に気づき、早速病院へ連れて行けば、脳腫瘍で余命1週間と厳しい診断結果が突きつけられ、即刻入院。
当然、家族たちに動揺が走る。東京郊外の小高い丘の上の大きな家に、夫と息子2人が集まり、オロオロする。個人会社を経営する父親(長塚京三)は、まじめなサラリーマンタイプの人物。妻の病にすっかり動転し、何も手につかぬ有様。結婚し、親元を離れた長男(妻夫木聡)はサラリーマンで、妻は妊娠中。2男(池松壮亮)は都内で1人暮しの大学生。兄に対する対抗心からか、何やら覚めた立居振舞いで、母の急な入院に対しても少しばかり距離を保つ。
男3人に対し、妻はマダラボケ然とし、時に正常に戻り、家族のコミュニケーションが一時的に復活する。彼女は何の心配もなく、まるで少女に戻った様に明るく振舞う。次いで、この一家に厄介な問題が持ち上がる。快復の見込みのない母親は、もう万策尽きたと、病院から実質的な退院を求められる。ここに、我が国が抱える医療制度の脆弱さが、ちらりと挟み込まれる。

 

家族のまとまり


 この退院騒ぎと、新しい病院探しで、何となくバラケた家族が次第にまとまり始める。このあたり、シナリオの強弱のつけ方が巧みである。
どの病院も母親の受け入れを渋り、父子3人は手を尽し、やっと1人の医師と巡り会う。



崩壊の始まり



 一見、幸せに見える一家だが、内情は複雑だ。郊外の個建住宅、子育てが終わり、一家の主婦は、自分の人生を取り戻すべき時にガンを宣告される。その彼女、1人暮しの次男には甘く、時々、求めに応じて気前良く小遣いを渡し、ルンルン状態で母親気分に浸る。しかし、この金は、彼女がサラ金から借りたものだ。父親は、一応会社の経営者であるが、業績が上がらず、数千万円の借金を抱え込む。幸せで、普通に見える一家は借金まみれであり、両親は最後の最後まで、内情を明かさない。むしろ、予想される深刻な事態を見て、見ぬ振りをする。そのような訳ありな状況に火をつけたのが、母親のガン宣告である。




普通の偽善性



 特段、高望みもせず、普通に毎日を過ごせることが幸福であるとする一般的概念がある。
この概念は決して間違っていない。しかし、普通ずら面した幸福のもろさ、いかがわしさが裏面にあることを「ぼくたちの家族」は喝破している。鋭い視点だ。たとえとして挙げた「8月の家族」では、血のつながりという視点から家族問題を収斂させた。しかし、本作では、状況を一度覆し、次なる展開へと話を進めた。ここが、両作品の決定的違いだ。そこには、修羅場における個の在り方が問われている。一筋縄でいかぬ家族のつながりをくく括ることをせず、再構築を目論む作り手の意図がはっきりと感じられる。




演技のアンサンブル



 本作は、ガチガチにテーマを定め、到達点を求める手法は取らず、もっとゆるい人間関係から新たな家族像を描き上げる狙いを持っている。
そのために使われる手法が、役者たちの演技のアンサンブルである。このアンサンブルにより、物語は確実に活性化されている。



原田美枝子の役作り



原田美枝子
(c)2013「ぼくたちの家族」製作委員会
 母親役の原田美枝子、故増村保造監督の「大地の子守唄」(76)の時は18歳であったが、少女の成長する過程を逞しく演じ、大物女優の出現を思わせ、期待通り、日本映画には無くてはならぬ存在となった。若い時は、かなり生意気な感じが強かった彼女は、今や母親役を演じる年齢となり、年相応の良い味を出している。石井監督は、彼女の少女のようなキャラクターを買っての起用だが、これが実に良く役柄にはまっている。


それぞれの個性の絡み合い



妻夫木聡
(c)2013「ぼくたちの家族」製作委員会
 主人公は、兄に扮する妻夫木聡である。彼は、軽い、調子の良い青年のキャラクターを演じることに非常にたけている。しかし、本作では、先頭に立って一家をまとめ上げるシリアスな長男役を振られ、監督の起用の意図に応えている。若い世代の俳優だが、芸域はかなり広い。
父親に扮する長塚京三、オタオタする様が極まっている。元来、不器用なタイプの俳優だが、その不器用さが、本作では効いている。
次男の池松壮亮は、今風の若者像を買われての登場だが、兄中心の一家の中では、一寸醒めた役を振られ、そこそこにこなしている。
4人の役者の違う個性のぶつかりあいから生まれるアンサンブルが、作品を魅力的にしている。


大阪芸大組の活躍



 「舟を編む」(13)で数々の賞に輝いた石井裕也監督(83年生)は大阪芸大出身で、同窓に「海炭市叙景」(10)の熊切和嘉監督(74年生)、「そこのみにて光輝く」(14)の呉美保監督(77年生)、「もらとりあむタマ子」(13)の山下敦弘監督(76年生)等がいる。彼らは最近めきめき腕をあげ、作風はヤワな観念の披瀝ではなく、パワーフルな肉体感、人間観に優れ、このグループは若手世代監督の中での注目株だ。


 



(文中敬称略)

《了》


5月24日(土)より、新宿ピカデリー他全国ロードショー公開
配給 ファントム・フィルム

映像新聞2014年5月19日掲載号より転載

 




中川洋吉・映画評論家