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「第67回カンヌ映画祭」A
映画本来の作品の復活に重点
目立ったクラシックな作風
骨格がしっかりし分かりやすく

 前回(6月9日号)では「カンヌ映画祭」の全体の様子、印象について触れた。今回は、コンペ受賞作品について述べる。今年の選考については、明らかに、今までとは違う方向性が打ち出されている。いわゆる、映画祭の趣旨である新しい才能の発掘よりも、映画本来のクラシックな作りの作品の復活に重点が置かれた。この選考から、現在の世界映画の流れのいったんは見えてくる。

 

パルムドール候補

 プレスにとり、毎朝刊行される映画業界誌の星取表を見るのが朝の日課である。仏語なら「フィルム・フランセ」、英語なら「スクリーン」で、無料配布される。両誌は、欧米とフランス映画ジャーナリズムの違いを見る上で興味深い。感性の違いがはっきり見てとれる。
「フィルム・フランセ」を例に取るならば、前半はモーリタニア作品「トンブクトゥ」と「ウィンター・スリープ」(パルムドール受賞)の評価が高く、後半は、地元フランス作品「2日と1夜」の評価が抜き出ていた。次いで、カナダのグザビエ・ドラン監督の「マミー」が後を追った。この星取表によりジャーナリストたちは、自己の評価が突飛なものでないものと胸をなで下ろすのである。




選考の特徴


 チェリー・フレモ総代表(選考担当)のめがね目矩にかなった作品を眺めれば、今年の傾向が読める。それは、クラシックな作りの作品の多さである。骨格がしっかりし、分かり易く、結論を見る人に預けるさくほう作法と正反対に位置する作品群である。これらの、作り手の意図が明確に見る側に伝わり、映画本来の持つ楽しさを味わわせてくれる作品だ。いわゆる、芸術性が高く、難解な手法を駆使する作品に肩入れする映画ジャーナリストとの折り合いは悪く、今年ははずれ年とする見方が新聞では一般的であったことは事実であり、分かり易さを過小評価するフランスの映画ジャーナリズムの指向を現すものと考えられる。しかし、フランス流の高踏的評価も悪くはないが、クラシックな作りの作品群に作品としての質の高さを見、粒揃いの印象を受けた。


 労働者の連帯感



「2日と1夜」(C)Christine PLENUS
 筆者が一番評価した作品「2日と1夜」(ダルデンヌ兄弟監督)は無冠に終わった。
産休の後、解雇されそうな工場労働者の女性(マリオン・コティアール)が、会社側の案を、労組の代表者たちが拒否するよう、週末に仲間たちを訪ね説得する物語である。組合の力が強い、いかにもフランス的な物語で、強い社会性が感じられる。フランスでは、現実に失業率が高く、また、工場閉鎖が相次ぎ、働く者にとり、雇用問題は非常に身近である。会社側は、彼女を解雇する代りに、1人、1000ユーロ(邦貨14万円)の支給を提案。この一時金に組合の代表者たちは受諾に傾くが、果して、彼女の説得は功を奏するのか、ここが見ドコロとなっている。人間、1人1人の弱さと、仲間の連帯感とのせめぎ合いという普遍的問題が提起されている。恐らく、実話に発想を得たダルデンヌ兄弟監督のオリジナルシナリオであり、奇をてらわず、物語の1つ1つを詰めるあたり、演出の冴えが見られる。なぜ、カンピオン審査委員会は本作を授賞させなかった不思議だ。



シンプルな良さ


「トンブクトゥ」

 同じく無冠に終わった、モーリタニア作品「トンブクトゥ」(アブデラマン・シサコ監督、タイトルはマリの一都市名)は、驚きであった。砂漠に住む一家、両親と聡明な1人娘、そして、家族の一員となった羊追いの少年の4人は、テント暮らし。彼らは、都市から離れた砂漠で、ゆったりとした生活のリズムの中に身を浸し、日々を平和に送る。そこには、本当の平凡な生活の良さが満ち溢れる。その平和をイスラム過激派が、突然、武力侵入し、住民の生活をイスラム教の教えで縛り付ける。音楽は駄目、サッカーの話は駄目と、息苦しい生活が住民に強いられる。イスラム原理主義による規制と、平凡な生活が対比的に描かれる。人間にとり、真の幸福とは何かを問うている。イスラム過激集団「ボコ・ハラム」の女子中学生集団拉致が映画祭期間中に起きたばかりで、政治的話題から距離を置くために、授賞を避けたとの説がある。本作、何らかの賞に絡む作品と考えられていただけに残念だ。



ゴダールの存在


「言語よさらば」

 クラシックな作りの作品群の中で、対極として、一際異彩を放つのがジャン=リュック・ゴダール監督の「言語よさらば」だ。上映会場の8割の観客は終映後、陳分漢粉な気分に陥る作品といえる、ゴダールワールドなのだ。文学的引用を多く用いた饒舌な台詞の洪水と、まばゆい光の交錯、視聴覚への刺激は多大である。
実験精神旺盛なゴダールは、今回、視覚的試みとして3Dを採用した。加齢につれ、どんどん前衛的思考を目指す芸術家が時折見られ、ゴダールも例外ではない。彼の世界は、理解するよりは、感じる世界で、既に宗教の域に達している。
ゴダール監督は記者会見にも、公式上映とそれに伴うレッドカーペットにも姿を現さず、益々、カリスマ性を増した。



若い才能の台頭


「マミー」(C)Shayne Laverdire

 ゴダール監督と審査員賞を同時受賞したのが、今年25歳のカナダの若手監督グザビエ・ドランの「マミー」である。既に、5本の長篇を撮っている、この若き天才は、「マミー」でも持てる才能を充分発揮し、自らの存在を誇示した。物語は、行動力があるシングル・マザーの、母とADHD(注意欠陥・多動性障害)を持つ息子との葛藤を描くものである。息子を演じる若い俳優の、時に饒舌、時に暴力的な演技は、狂気が乗り移っているようだ。更に、彼を愛情を持って包みつつ、激しく対立する母親役のアン・ドルヴァルの強固な存在感は他を圧倒し、主演女優賞ものであった。



パルムドール受賞作の現代性


受賞会見のジェイラン監督
(C)八玉企画

 最高賞パルムドールは、トルコのヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督作品「ウィンター・スリープ」が受賞した。クラシックな作りの作品の多い今映画祭では、現代的な仕様が施されている。舞台はアナトリア高原の人里離れた一軒のホテル、主人公は引退した役者で、ホテルの経営者。彼は若い妻との2人暮しだが、最近の離婚の痛手から立ち直れない姉が同居、そして、雪深い冬の高原の宿に集う人々の出入り、話の展開はグランドホテル様式。年の違う夫婦、心の通わぬ姉との同居などの物語が、大きな会話の塊となり、はなしを展開させる。その長く大きな会話群を中和させるのが、アナトリア高原の風景描写であり、息を呑むほど美しい。話の展開、人間心理の深層の捉え方は現代的な映画話法であり、彼の作品的魅力となっている。
「ウィンター・スリープ」のパルムドールは至極真っ当な授賞である。既に1度の監督賞、2度の審査員賞受賞のジェイラン監督の最高賞は、カンヌで世界に認められた彼にとり、当然の成り行きであろう。また、トルコの授賞はユルマズ・ギュネイ監督の「路」(82)以来である。




(文中敬称略)


《続く》

映像新聞2014年6月16日掲載号より転載




中川洋吉・映画評論家