このサイトからダウンロードできる
PDFデータの閲覧のために必用なAcrobatReaderは以下のリンクより
無償でダウンロードできます。



このサイトからダウンロードできる
PDFデータの閲覧のために必用なAcrobatReaderは以下のリンクより
無償でダウンロードできます。



「暮れ逢い」
20世紀初頭の時代相を丁寧に描く
男女の別離と永遠の愛
劇的構成に第一次世界大戦

 パトリス・ルコント監督の新作「く暮れあ逢い」が公開中である。愛を描かせたら当代随一と謳われる彼だが、本作は、自身のフィルモグラフィの中でも重要な一作である。第一次世界大戦前のドイツを舞台とし、その時代設定が良く効き、彼の映画的センスが光る。

戦前のドイツ

レベッカ・ホール
(c)2014 FIDELITE FILMS-WILD BUNCH-SCOPE PICTURES

 第一次世界大戦(1914−1918)前のドイツ、20世紀初頭が物語の時代であり、当時の人々の感性、時代相が丁寧に写し出されている。舞台はドイツの工業都市、登場人物は同都市で鉄鋼業を営む実業家一家と、彼の会社に新卒として青年が入社する。
当時、存在したブルジョア階級とワーキングクラスの対比は時代そのものと言えよう。そして、青年フレドリックが入社する時期が1912年で、劇的構成として、1914年の第一次世界大戦が大きな役割を果たしている。


ドイツ語の原作

リチャード・マッデン
(c)2014 FIDELITE FILMS-WILD BUNCH-SCOPE PICTURES

 原作は「Journey into the Past (過去への旅)」で、「マリー・アントワネット」などの歴史小説で知られる、オーストリアの作家シュテファン・ツヴァイクの短篇で、1920年代半ば頃に執筆されたとされる。勿論ドイツ語で書かれた一篇だが、ルコント監督は原作を尊重しドイツ語での映画化を当初考えたが、彼自身、ドイツ語が全く分からず、思い切って英語版にし、英語圏俳優を起用した。しかし、物語全体はドイツ語の原作を忠実に再現し、美術や衣装は当時の時代色が色濃い。


登場人物

アラン・リックマン
(c)2014 FIDELITE FILMS-WILD BUNCH-SCOPE PICTURES

 愛し合う主演の男女は、英語圏俳優で、男はフライブルグ大学を首席で卒業した冶金技師のフリドリック(リチャード・マッデン)で、彼は地元の大手企業、鉄鋼会社に雇用される。彼の仕事ぶりに注目した社長のホフマイスター(アラン・リックマン)は、新企画を彼に任せる。その社長が持病の心臓病で自宅静養を余儀なくされ、若いフリドリックは社長の右腕として、彼の指示を会社に伝える役割を与えられる。偶然転がり込んだ仕事だが、歩いて出社する労働者群をかき分け社長の車で出社する彼は、エリートそのものであった。



若い2人の出会い

主演の2人
(c)2014 FIDELITE FILMS-WILD BUNCH-SCOPE PICTURES

 初老の社長の妻ロット(レベッカ・ホール、「それでも恋するバルセロナ」ウッディ・アレン監督〈08〉)は夫とは年齢差があり、フリドリックとそれほど齢は離れていない。社長のフリドリックの大抜擢は、若い妻の話し相手の意味も含まれていた。
フリドリックは毎日、郊外の社長の豪邸に日参するが、ある時、ロットからお茶に誘われる。この時、彼は生まれて初めてお茶の味を知る。勉強一筋の若き苦学生の彼の今までの人生の来し方が、ずばりかわるシーンである。固い表情で真面目一点張りの彼は、度々、彼女からのお茶の誘いを、仕事を口実に断り続ける。ロットは何とか、彼の気を引くために幼い息子の家庭教師役を頼み、子供の成績は今までの低空飛行から上昇し始める。この件や、3人での遊園地への外出で、2人の距離は格段に縮まる。2人の親密ぶりに初老の夫は、心穏やかではない。社長にとりロットは親友夫妻の娘で、夫妻の急逝後結婚したため、年齢差のある夫婦が誕生したのであった。

青年の新規事業提案

主演の2人
(c)2014 FIDELITE FILMS-WILD BUNCH-SCOPE PICTURES

 研究心に燃える彼は、鉄鋼製造に欠かせない原料マンガンが高騰していることを心配し、早い段階でメキシコでの採掘権を抑えることを社長に提案する。この彼の提案に社長は興味を示すが、直ぐには動かなかった。ここが、作劇上前半と後半の物語展開の伏線となる。


突然の異動

 今は、社長一家の家庭教師役を務めるフリドリックは、屋敷内に一室を与えられ、そこから毎日、出勤するようになった。勿論、これは社長のはからいであり、ロットへのサーヴィスでもあった。教養人の彼は、湧き上がる嫉妬心を抑え、平静に振舞うが、2人の仲の進行は彼を大いに悩ませる。ある時、出勤前のフリドリックにメキシコへの異動を突然申し渡す。
彼のマンガン採掘権の提案は逆に採られた形である。
若い2人にとり、別離は衝撃で、初めて2人は互いの思いを伝え合うが、指1本触れることなく別れる。

第一次世界大戦勃発

 フリドリックのメキシコ赴任で、愛し合う2人は、夫である社長から切り離される。しかし、2人の思いは募る一方であった。ロットは愛するフリドリックからの手紙を待ちわび、自分でもせっせと思いを書き綴る。彼の出発後の1914年に第一次世界大戦が勃発し、ある時からメキシコ発の手紙はロットの手許に届かなくなった。それは圧倒的な海軍力を誇る連合軍側のイギリスによる海上封鎖で、互いの消息を掴むことが不可能となり、2人の仲は決定的に引き裂かれた。そして、1918年にドイツの敗北により戦争は終結を迎えた。


2人の再会

 社長の夫が病気で亡くなり、彼女は独身を守り、彼との再会をひたすら待つのであった。
終戦から6年後に、突然、フリドリックが彼女の許に現れる。以前と変わらず、礼儀正しく、生真面目な彼であったが、彼はメキシコで自らが起した事業で成功し、結婚もしている身であった。彼にとり、ロットとの再会は、仕事上の一時帰国のついでであった。今でも、愛する2人だが、欲望を告白することなく、他人同士として決定的な別れを迎える。

格調の高い愛の世界

 互いの愛を充分知りながらの別れ、ルコント監督は、彼自身、「愛は時間の流れに勝てるだろうか」という主題に多大の興味を覚え、現代とは異なる20世紀初頭の道徳観を否定している。恐らく、別れても、終生2人の愛は心に留まることであろう。非常に純化した最終的な愛の形である。
ルコント監督は、多才な素材を扱える作家で、デビューは、70年代に一世を風靡したカフェ・テアトルの座付作者からキャリアを始めた。初期の最大のヒットは、劇団「ル・スプランディッド」総出演の「レ・ブロンゼ〜日焼けした連中」(78)である。本作は秀逸なコメディで、笑いに捻りが効き、その上、人生の哀歓、機微も感じさせた。デビュー当時は、商業監督と見なされたが、徐々に作風はアート色が強まり、作品の格調の高さでも評価されるようになった。
特に、トップクラスの女優を起用しての「仕立屋の恋」(89)(サンドリーヌ・ボネール)、「髪結いの亭主」(90)(アンナ・ガリエナ)、「橋の上の娘」(99)(ヴァネッサ・パラディ)、「サン・ピエールの生命」(93)(ジュリエット・ビノッシュ)などの女性ものの成功で愛の名匠と謳われた。しかし、本質的にルコント監督は多才な作家で、アクション、名優を使ってのドラマでも冴えを見せ、新作は見落とせない重要な作家の1人であることは間違いない。




(文中敬称略)

《了》


2014年12月20日よりシネスイッチ銀座ほかロードショー中

映像新聞2015年1月12日号より転載


中川洋吉・映画評論家