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「さよなら 歌舞伎町」
廣木隆一監督が描く濃度の高い人間像
ラブホテルを舞台に展開

 「さよなら 歌舞伎町」(以下「さよなら」)の廣木隆一監督は多作な作家で、描く人間像の濃度の高さで、多くの人々を引き付けている。現在は、彼の新作「さよなら」が公開中で、脚本の荒井晴彦の筆も冴え、滅法面白い。今村昌平流に言うならば、重喜劇・青春篇といったところか。

歌舞伎町の設定

イ・ウンウ(左)
(C)2014『さよなら歌舞伎町』製作委員会 R15+

  舞台は新宿の歌舞伎町、風俗店がひしめく一帯である。女性には敬遠されがちな盛り場だが、人間の欲望がぶつかり合い、ひしめき、活気さは並ではない。町の一角にあるラブ・ホテルが、「さよなら」の舞台である。けばけばしい外観だが、一歩中へ足を踏み入れれば、光の射さない豪華仕様の室内、異次元である。この舞台を見ただけで面白いと思わす、道徳の教科書とは程遠いあやしげな魅力がある。
異様な活気と人の欲望がストレートに現われる場として、選ばれたのが歌舞伎町で、人は、何かあるに違いないと思うゾクゾク感がある。


異次元で生きる人々が登場

前田敦子と染谷将太
(C)2014『さよなら歌舞伎町』製作委員会 R15+

 脚本の作りは「グランド・ホテル」様式である。この名称の由来は、1932年、エドムンド・グールディング監督の「グランド・ホテル」(米、グレタ・ガルボ主演)から来ており、限られた時間と場所に様々な人間を登場させる作劇法で、脚本の一様式となっている。
物語は歌舞伎町のラブ・ホテルの24時間を映し出し、メインの登場人物は、ミュージシャン志望の沙耶(前田敦子)とラブ・ホテル店長の徹(染谷将太)の若いカップル、韓国人カップル、女性のヘナ(イ・ウンウ)はデリヘル嬢、男性はチョンス(ロイ)で、ヘナは充分に貯金し、数日後に韓国へ戻り、育ててくれた母親とブティックを開くと、浮き浮き気分。チョンスは大久保の韓国レストラン勤務だが、薄給で、ヘナの貯金振りに疑問を抱くが、彼女がデリヘル嬢であることは知らない。
マンションのカーテンを昼間でも閉め切って暮すカップル、里美(南果歩)と康夫(松重豊)は、一匹の鰺を分け合う食事振り、貧しく、満足に食事ができない2人と思わすが、実は訳ありで、その秘密は、ラブ・ホテルで明かされる。上手い話の引っ張り方だ。里美はラブ・ホテルの清掃婦の設定。


ホテルの内側

南果歩と松重豊
(C)2014『さよなら歌舞伎町』製作委員会 R15+

 彼らの日常の場はホテルのフロント奥の事務室で、店長の徹とバイトの2名、そして、清掃婦の里美であり、全員、常に何かの不満やわだかまりを内側に抱えたまま、好きでもない仕事を、半分熱意を失ったまま続ける。いわゆる「生活のため」である。主人公の徹はホテル専門学校を卒業し、お台場のパシフィック・ホテル(実名で登場)のフロント係を受けるが不採用となり、今は歌舞伎町に身を置いている。彼の常套句は「俺はこんな処で働く人間ではない」だが、誰も「それがどうした」と言わんばかりに、相手にしない。
客室の清掃も面白、可笑しい。一組去れば、次の客のために大急ぎでシーツを取り換える様は、性産業そのものの、いかがわしさがあり、笑いのネタになりそうだ。



魅力的な役柄設定

 徹は不平タラタラのコンプレックス男、デリヘル嬢のヘナは気が良く、客に同情するタイプとして描かれる。ヘナがホテルの一室に入るなり、中年男が待ち受け、乱暴に彼女を扱う。難を逃れるために、用心棒兼運転手に電話をすると、彼が飛んで来て、中年男を完膚なきまで打ちのめす。すっかり怖気づいた男は、ブラック企業でノルマ達成を迫られ、困っている実情を涙ながらに告白する。彼の乱暴な態度は、弱い男の虚勢であった。彼の話を聞き、すっかり同情したヘナは彼を許す。このエピソード、身につまされる。
このように、世相を取り込む、脚本の目配りが良く効いている。他に、大久保近辺の極右によるヘイトスピーチも、画面に取り込まれている。このシーンの出演者はスタッフ総動員とのこと。

終わらぬ3・11

 世相を取り組む発想から、もう一つ、秀れたシーンが挟まれる。ラブ・ホテルではAV撮影が行われることが多く、本作も同様だ。AVチームの中の女優が徹の妹であり、兄妹の思わぬ出会いとなる。彼らは福島出身で、両親は震災の影響で細々の生活を強いられている。この両親に頼れない妹はAV女優で専門学校の学費を稼がざるを得ない。未だ復興とは程遠い震災を盛り込むこと自体、廣木監督の希望であり、監督個人としての心意気が感じられる。


面(めん)が割れた逃亡犯

 このホテルに、ある時、明らかに、不倫とわかる2人の中年の男女が入ってくる。2人のイチャイチャ振りは、部屋に入るのももどかしい様子だ。男は警察のキャリア組、女は刑事。彼女は、廊下ですれ違った里美を見て、何かピーンと来るものがあった。里美は、康夫と共に、強盗致傷事件の逃亡犯であり、15年の時効が後数時間に迫っていた。女刑事は事件を思い出し、逮捕しようとするが、キャリア組の男は、2人の関係がばれることを恐れ、不問に付すよう求めるが、女刑事は頑として聞き入れない。男は、後難を恐れ、そそくさ逃げ出す。いわゆる、男性の特技である豚面(とんずら)だ。逮捕も、里美が2人の隙を衝き、逃走し、不首尾。
このエピソードで、里美のカップルと警官カップルの正体が割れる。この話が本作で一番面白い。そして、それらには実感が伴っている。他に、家出娘を風俗に売り飛ばす目的で、ヤクザがホテルに連れ込むシーンがある。家出娘は久し振りに部屋で寝れることを喜び、洗濯物を部屋一杯に干す。その彼女の天真爛漫振りに惚れたヤクザ男は、純愛の主となる。良い話である。


気まずい出会い

 徹のホテルに、同棲相手の沙耶が、音楽プロの男に連れられ、客としてやってくる。そこで2人は鉢合わせ。彼の一流ホテルマンの嘘がばれ、女性は浮気の現場を押えられ、壮絶な言い合いとなる。何もかも嫌になった徹は、ホテルを立ち去る。その彼に、彼女は「いつまでも待ってる」と声を掛ける。ここは、いささか嘘っぽい。今の若い女性なら「次はもっと良い男を見つけてやる」ではなかろうか。


それぞれの別れ

 ラスト部分の別れのシーンが良く出来ている。沙耶と別れた徹は、出身地の東北へ帰る。原点復帰である。家出娘は母親からの虐待を受け、チキンナゲットを食べさせて貰えなかった記憶があり、彼氏と皿一杯のナゲットをかぶりつくあたりは純愛成就。デリヘル嬢の帰国で、男性は韓国で彼女とのブティック経営を決意する。徹に振られた沙耶は、マンションの一室でギターを爪弾き歌う。
時効完成後の里美と康夫は、歌舞伎町で日の出を迎える。



普通の人々の生き方

 歌舞伎町を舞台とする「さよなら」は、異次元で生きる人々を描いている。彼らは、意外と真っ当であり、普通の人間の生き方を模索している。
廣木監督は、人間の生(なま)の姿、欲望、行動を濃く描くことを得意としているが、本作は、正に、「廣木ワールド」全開である。彼の描く人間は、希望へ向い、ジグザグと不器用に歩むのだ。勿論、面白い話を綴り合わせた荒井晴彦の脚本なしでは、これだけの濃厚な作品は不可能であることは確かだ。




(文中敬称略)

《了》


2015年1月24日、テアトル新宿他全国ロードショー

映像新聞2015年1月26日号より転載

 


中川洋吉・映画評論家