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「MOMMY/マミー」
14年カンヌ映画祭で審査委員賞を受賞
母と子の葛藤と愛憎を描く

 グザヴィエ・ドラン監督の最新作「MOMMY/マミー」が4月25日より公開される。昨年のカンヌ映画祭で審査委員賞を受賞した話題の作品である。ドラン監督のオリジナル脚本は、逃げがなく物事の本質を衝いている。この点が、トップランクの映画祭で評価される由縁であろう。
青年監督の目から見た、人間関係の葛藤と洞察力の深さがある。そして、彼の視点は、成熟の域に達している。本作では、ドラン監督自身の今までの人生の一面が投影され、そこに母と子の葛藤と愛憎がインパクトのある語り口で刻まれている。


成熟の域に達している青年監督

グザヴィエ・ドラン監督
(C)2014 une filiale de Metafilms inc

  カナダのグザヴィエ・ドラン監督は現在25歳、既に、2009年、19歳の時「マイ・マザー」でカンヌ映画祭監督週間に選ばれ、監督として第一歩を踏み出した。その後、「胸騒ぎの恋人」(10)、「わたしのロランス」(12)、「トム・アット・ザ・ファーム」(13)、そして、本作「MOMMY/マミー」(14)と本数を重ねたが、評判は高まるばかりである。総ての作品がカンヌ映画祭やヴェネチア映画祭に選考されている。この若さで、これだけの実績を積むとは、並の才能ではない。
早くに世に出た新人は、時として一発屋であり、その後はパッとせず、忘れられるケースが少なくないが、ドラン監督は、着実に進化している。フランスでは、デヴュー当時のフランソワ・オゾン監督(「海を見る」〈94〉)が当時、大いに騒がれたが、ドラン監督のデヴューは彼をほうふつさせるものがある。


壮絶なやり合い

スティーヴ
(C)2014 une filiale de Metafilms inc

 「MOMMY/マミー」は、母ダイアン(アン・ドルヴァル)は、1人息子のスティーヴ(アントワン=オリヴィエ・ピロン)との生活が物語の骨子となる。
15歳のスティーヴはADHD(多動性障害)で、性格は攻撃的で情緒不安定、わめき散らし、喧嘩っ早く、女性に対しても興味津々の手に負えない悪ガキである。平常は大人しいが、一度、気に入らぬことがあると手が付けられず、母をキリキリ舞いさせる。
母のダイアンはかなりの美人で、言いたいことははっきり言う行動的タイプの女性である。夫と死別し、1人暮らしの彼女は、掃除婦として働き、ギリギリの生活。その彼女の家に矯正施設から戻された息子が帰り、物語は核心へと迫る。性格的に決して大人しくない2人の生活、時には声を荒げ、激しい会話の応酬となる。また、寝坊の息子を起しにきた母が、彼の自慰行為の跡を見つけ、ズケズケと文句を言う下りは、我が国ではまず見られない光景であり、日本とカナダの文化の違いを感じさせる。スティーヴの突発的な変化、他人への悪態、見る側が見たくないと思わすほどの醜さがあり、よくも若くて、このような狂いの芝居の出来る役者を選んだものと感心しきりである。この2人のやり合う激しさは見ものだ。そこには、強い自己主張と表現手段としての壮絶な会話が、2人の人物のコミュニケーション手段となっている。


母の子への接し方

母ダイアン
(C)2014 une filiale de Metafilms inc

 ドラン監督は、普遍的な母親像の創造を強く欲し「僕は母が戦いに勝つところを見たい。僕が与える問題を乗り越えるところを見たい」と語る。「それは、自分が最も愛するテーマの一つが母について述べることだから」としている。
母のダイアンは、遅れて来たヒッピーのような突飛な服装をし、煙草は片時も離さないヘビースモーカー、施設で持て余され、自宅へ送り返される息子と、正面から向き合うことを決心する。人生と闘うタイプの彼女は、闘いを忘れずに、スティーヴを受け入れる努力をする、悪夢の生活を送ることを、自身の努めと考えるようになるが、2人の関係は緊張状態である。



2人の女性

カイラ
(C)2014 une filiale de Metafilms inc

 本作には、重要な2人の女性が登場する。1人目はもちろん、母のダイアン、そして、もう1人は向かいの家に住むカイラ(スザンヌ・クレマン)である。彼女の役の設定が興味深い。
ドラン監督は、スティーヴと対峙するためにもう1人の女性を配置した。向かいに住む主婦のカイラは引きこもり気味、神経衰弱の気(け)がある高校教師で、ストレスから吃音に陥り、現在は休職中。夫と子供たちは、遠巻きで彼女を見守る感じで、家庭内では孤立した存在。動のダイアンに対し、カイラは静の役割を、ドラン監督は与えた。2人の女優は彼の作品の常連である。
カイラの登場により、スティーヴの攻撃的性格は治まり、3人は家族のような毎日を送るようになる。このスティーヴを挟んでの3人の生活の描き方が上手い。ここにドラン監督の脚本の才能が発揮されている。カイラはスティーヴの勉強の面倒を見て、かつ心を開かせ、自身の吃音症も治る。

鮮やかな映像

母と子
(C)2014 une filiale de Metafilms inc

 「MOMMY/マミー」は、本質的に暗い話である。しかし、ドラン監督は、その暗さの払拭を試みている。舞台のカナダ自体、夏の一時期を除けば、高緯度のため、暗くて陰鬱な気候である。この暗さを明るさへと変える工夫が、映像的になされている。
そして、「不幸の暗喩」を避け、溢れんばかりの強い日差しや、意図的に美しい夕暮時や逢魔が時(おおまがとき)を狙い、景色を赤や黄色に染め上げる。これでは暗くなるはずがない。実際、写し出される映像は実に鮮やかなのだ。撮影技術として、作中、数多くの正方形の画面が現れ、クローズアップ効果をあげ、大変印象深い。ここに、映像にも知恵が絞られている。
この明るさを押し出す狙いだが、「自分は失敗を通じて人間を描き出そうとする、あらゆる敗者の芸術に嫌悪感を覚える。人間を形作るのは感情や夢であり、それは勝者の映画の実現だ」と話す。


ラストの仕掛け

 スティーヴの情緒は、2人の女性の支えで安定する。安定期の彼は、善良な少年であり、3人とも毎日を楽しみ、今までにない心地良さが彼らを包み込む。
ある時、ダイアンはカイラの突然の訪問を受ける。彼女はエンジニアの夫の転勤による引越しを伝えた。言い難そうなカイラ、ここでは、以前のようにどもってしまう。
ダイアンは「ご栄転おめでとう」とばかり、故意に陽気に振舞う。落胆でくじけそうな内心を隠して―。
このカイラとの別れの前に、女性2人はある決心をする。そして、3人は車で出かけるが、行先をスティーヴには告げない。
着いた先は、矯正施設で、再び少年は、母の元から離れる。怒り狂うスティーヴであるが、カイラとの離別で、スティーヴのADHDの再発を恐れた2人の考えによるものであった。
そして、ラストに、もう一度ドンデン返しがあり、アッと言わされる。


作品の深さ

 ドラン監督の描く母のイメージの映像化には説得力がある。そして、彼自身のシナリオの持つ洞察力の深さが冴え、この辺りが天才と呼ばれる理由であろう。
2人の女性と少年のトリオ、役柄がこなれ、中和剤の役割を果たすカイラの存在が印象深い。
映像的には、狙いがはっきりしており、色の使い方には目を見張るものがある。
少年のマザー・コンプレックスに嫌悪感を覚える向きもあろうが、一見の価値は充分ある。




(文中敬称略)

《了》


4月25日(土)より新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMA (NEW OPEN)、109シネマズ二子多摩川(NEW OPEN)他にて全国順次公開!

映像新聞2015年4月20日掲載号より転載

 


中川洋吉・映画評論家