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「第68回カンヌ国際映画祭」報告(1)
見せつけたフランスの勢い
名誉パルムドール含め4冠獲得

 第68回を数えるカンヌ国際映画祭(以下、カンヌ映画祭)は、5月13日から24日までの12日間、開催された。
今年の天候は例年よりは良く、晴天続きであったが、夜は少し肌寒い日が多かった。これは、フランスの気候がかなり変わってきたことに起因しているようだ。
今年の映画祭の人出は、昨年と比べ増えている感じで、例年、最初の週末後は人の波が引くが、今年は違う印象を受けた。このことは、今映画祭の隆盛振りが全く衰えていないことの証明であろう。


フランスの勢い

 今年はフランス勢の大躍進の年であった。コンペ部門選考19本中5本がフランス映画で、3本のアメリカ映画を凌いだ。例年、米・仏は同数でバランスを取ってきたフシがあり、今年は例外である。
受賞結果は本選及び、名誉パルムドールのアニエス・ヴァルダ監督の受賞を含め4冠に輝いた。更に、オープニング作品に「頭を上げて」(ノンコンペ)、クロージング作品に「アイス・アンド・ザ・スカイ」(ドキュメンタリー、ノンコンペ)を加えると、6冠とフランスの独壇場であった。


難民問題

パルムドールに輝くオディアール監督
(C)八玉企画

 パルムドールは、フランスのジャック・オディアール監督、「ディーパン」が受賞した。「預言者」(09)でグランプリを獲得した彼の実績からして、順当な結果といえる。物語は、スリランカ内戦における反政府武装集団「タムール−解放の虎」の敗軍の戦士、ディーパンとその偽家族のフランスへの政治亡命を描いている。主人公ディーパンは、国を離れる際、身寄りのない女性と子供を家族と偽り、やっとの思いでパスポートを取得し、フランスに亡命する。しかし、そことて安住の地ではなく、彼の住むパリ郊外の低家賃団地では不法薬物の取引が横行し、彼は新たな戦いと立ち向かうことになる。劣悪な移民状況と、他人同士から成る家族の絆の、2本の糸が軸となり、話は進行する。
現在、欧州を揺るがす最大の問題は、各国から流入する移民であり、その大きな枠の中で、翻弄される弱者たる彼らの窮状を衝いている。
オディアール監督は、企画の趣旨として「4,5年前から移民をテーマに作品を撮ることを考え、たまたまスリランカ移民と巡り会った」と政治性を否定しているが、いくら監督が否定しても、この発言を真に受けることは出来ない。出演のスリランカ人は素人で、作品に迫真性を与えている。会期の初めからパルムドールの受賞候補であり、納得の結果である。


ナチスと対峙

「サウルの息子」(グランプリ)

 第2席の「サウルの息子」は、ハンガリーの若手監督、ラズロ・ネメシュの第一作である。彼は今年38歳で、ハンガリーの巨匠ベラ・タールのチーフ助監督を務めた。作品の持つ圧倒的な力感に驚かされる。舞台は1944年、ナチスのアウシュヴィッツ、ユダヤ人強制収容所である。ここには、欧州各地から送られたユダヤ人を虐殺するガス焼却室があり、そこで清掃、管理するのが、ユダヤ系ハンガリー人の一団である。その中に主人公サウルがおり、群衆の中の1人としてカメラは彼を追う。狭い空間で多勢の人間が動き回り、その喧騒振りは正に地獄図である。サウルはその中で息子の遺体を見つけ、何とか人並みの埋葬をと奔走する。また、同時進行的にハンガリー人たちの反乱が起き、全員が死を覚悟でナチスと対峙するが、圧倒的な武力の前に粉砕される。この非人道的な環境の中で何とか人間性を確保しようと、決死の行動がドキュメンタリータッチで再現される。記録映画を思わせる映像である。
映像技術が素晴らしく、特に、手持ちカメラ多用の流動感と、フィルム撮影の質感が状況を的確に写し出している。コンペ中唯一の新人監督作品で、パルムドールを取ってもおかしくない出来だ。



失業と個人の良心

ヴァンサン・ランドン「マーケットの法則」
(C)八玉企画

 主演男優賞のヴァンサン・ランドンが主人公の「マーケットの法則」も、フランスの深刻な社会問題である失業について触れ、多くの人々の共感を得た。ランドン演じる中年の失業男性は、長い失業で、家を売り、何とか食いつなごうと必死の職探しを続ける。ようやく見つけたのが、大手スーパーの万引監視員の職である。そこで事件が発生する。店員の女性がレジの不正を行い、それを摘発するが、永年勤務のこの女性が職場で自殺を図る。この事件を契機に、人を死に追いやる、管理システムに疑問を持ち、やっと得た仕事を捨てる決意をする。他人を裁く側に立たされた人間の良心の痛みが良く描かれている。
フランスの俳優の中でトップクラスのランドンは55歳になり、初の賞を得、涙目で受賞の喜びを語った姿が強く印象に残る。

大器、ベルコ

 マイウェン監督「私の王様」で主演女優賞を得たエマニュエル・ベルコは、オープニング作品「頭を上げて」の監督である。国立映画学校「フェミス」出身の彼女は、既に監督としてのキャリアも積み、カンヌ映画祭でも、短編映画部門、シネフォンダシオン(学生映画部門)で受賞歴もあり、女性監督のトップに立つ人材である。その彼女、女優出身のマイウェン監督の「ポリス」(11)(近日中に日本公開)で共同脚本家として参加し、その縁で、今作「私の王様」の主演を務めた。愛し合い、別れる中年カップルの物語であり、話としては珍しくなく、一寸、甘い審査結果ではあるが、成熟した女性の生き方が示されている。


俳優陣の充実が目立った年に

ケイト・ブランシェット
(C)八玉企画

 今年は俳優が充実した年であった。男優では、フランスのヴァンサン・ランドン(「マーケットの法則」、ヴァンサン・カッセル(「私の王様」)、ティム・ロス(「クロニック」)、ジョン・タートゥロ(「私の母」)、マイケル・ケイン(「若さ」)、女優では、ケイト・ブランシェット(「キャロル」)、マルゲリータ・ブイ(「私の母」)、スー・チー(「黒衣の刺客」)である。特に、主演女優賞は「キャロル」のブランシェットか「私の母」のマルグリータ・ブイのどちらかと予想していただけに「キャロル」のブランシェットの相手役で、主演女優賞をベルコと同時授賞したルーニー・マラ(授賞式は欠席)の授賞は意外であった。

中国人ジャーナリストの増加

 今年は若い中国人ジャーナリストが例年以上に増え、アジア勢では一番の大世帯であった。記者会見における彼らの質問は非常に長く、中国語の表現はかくも長いものかと、我々日本人を驚かせた。とにかく、長いのだ。言葉の構造の問題であろうか。

受賞作品一覧


パルムドール
「ディーパン」(ジャック・オディアール監督、仏)
グランプリ 「サウルの息子」(ラズロ・ネメシュ監督、ハンガリー)
主演男優賞 ヴァンサン・ランドン(「マーケットの法則」、仏)
主演女優賞 ルーニー・マラ(「キャロル」、米)
エマニュエル・ベルコ(私の王様)、仏)
審査員賞 「ロブスター」(ヨルゴス・ランティモス監督、ギリシャ)
脚本賞 ミッシェル・フランコ(「クロニック」、米)




審査員一覧


審査委員長 ジョエル&イーサン・コーエン(監督、米)
審査員 ソフィ・マルソー(女優、仏)
シエナ・ミラー(女優、米)
ロッシィ・デ・パルマ (女優、スペイン)
ロキア・トラオレ(歌手・ミュージシャン、マリ)
グザビエ・ドラン(監督、カナダ)
ジェイク・ギレンホール(俳優、米)
ギレルモ・デル・トロ(監督・プロデューサー、メキシコ)







(文中敬称略)

《つづく》


映像新聞2015年6月8日号より転載

 


中川洋吉・映画評論家