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「ベル&セバスチャン」
原作は世界的ベストセラー児童文学
少年と犬との友情を軸に展開

 映画『ベル&セバスチャン』の原作は、有名な児童文学小説で、発表50年後に映画化された。日本語の原作のタイトルは「アルプスの村の犬と少年」と、文字通りアルプスを舞台とする少年と犬の物語だ。監督のニコラ・ヴァニエは53歳のフランス人で、『狩人と犬、最後の旅』(04)で知られ、彼自身著名な冒険家であり、多くの著作を刊行している。

  原作は、女優から児童文学者へ転じたセシル・オーブリーによるもの。女優としての彼女の代表作は、アンリ=ジョルジュ・クルーゾ監督『情婦マノン』(49)である。終戦直後にユダヤ人の一団が約束の地、イスラエルを目指すが、その1人の少女マノンが敵国ドイツ兵相手の売春のかどでリンチに遭う物語。そのマノンを原作者のセシル・オーブリ−が演じる。
荒廃の時代を奔放に生きた一女性の姿が印象的で、古いフランス映画愛好家の間で当時持てはやされた話題作であった。そのマノンを演じた彼女の、児童文学作家への転身は驚きであった。



映画化のいきさつ

少年と犬
(C)2013 RADAR FILMS EPITHETE FILMS GAUMONT M6 FILMS ROHNE-ALPES CINEMA

 セシル・オーブリ−の手になる原作は1965年に刊行された。この小説を有名にしたのは1965年から70年にかけてのテレビドラマ化で、一躍、国民的人気を博した。このフランスでの評判は我が国へも影響を及ぼし、「名犬ジョリィ」としてアニメ化され、1981年から1982年に、NHK総合テレビで放映され、アニメ通の間ではかなり知られた存在である。
その後、実写映画として2013年にフランスで映画化され、300万人以上の観客を動員する大ヒットとなり、2015年末には続篇の上映が決定している。


舞台はアルプス

親代わりのセザール
(C)2013 RADAR FILMS EPITHETE FILMS GAUMONT M6 FILMS ROHNE-ALPES CINEMA

 フランス、イタリアと国境を接するサヴォワ地方は、アルプスの山麓にあたり、フランスでも有数の冬のリゾート地であり、多くの高級ホテル群が建ち並ぶ。また、戦時中、多くのユダヤ人がナチスの迫害を逃れ、困難な山越えをした。
ロケ地として、戦時中のアルプス山麓の村の平たい石瓦の山小屋と村々の山岳風景を探す苦心があったそうだ。いわば、現代風ではなく、昔ながらの山間の村が作品の舞台の基本となった。


アルプスの魅力

セバスチャン少年
(C)2013 RADAR FILMS EPITHETE FILMS GAUMONT M6 FILMS ROHNE-ALPES CINEMA

 主人公は、幼い少年のセバスチャンと犬のベル、そして村の人々が、昔ながらの山の人々の生きる姿が作品の大きな魅力である。サヴォワ地方は現代でも、冬はスキー、夏は避暑地としてフランス人の憧れの観光地だ。戦前・戦後と、時代が異なるとはいえ、物語の舞台としてのアルプスの山々、村々が、原作「アルプスの村の犬と少年」を世界的ベストセラーとして多くの人々を魅了している。



主人公一家

セザール、ベル そして セバスチャン
(C)2013 RADAR FILMS EPITHETE FILMS GAUMONT M6 FILMS ROHNE-ALPES CINEMA

 時代は第2次世界大戦中1943年、舞台はサヴォワ地方のオート=モーリエンヌ・ヴァノワーズで、ナチスの支配下に置かれている。同地は山麓の一寒村のようで、戦前の面影を留め、ロケ地に選定された。この寒村の人々の暮らしは羊の放牧である。
幼いセバスチャンの一家は、血のつながらない父親代わりのセザール(チェッキー・カリョ、『ドーベルマン』(97)や『そして友よ、静かに死ね』(11)の出演の個性派)と、セザールの亡くなった妹の娘アンジェリーナ(マルコ・シャトリエ)で、配役としては地味目である。主人公は、幼い利発なセバスチャン(公募)と白く大きなピレネー犬、ベルである。

厳しい日々の生活

アンジェリーナ(右)
(C)2013 RADAR FILMS EPITHETE FILMS GAUMONT M6 FILMS ROHNE-ALPES CINEMA
 羊を飼う山間の人々の暮らしは厳しい。冬は豪雪、酷寒の中を、唯一、美しい季節は夏だけと、彼らは互いに助け合いながら生きねばならない。
彼らの重要な生活の糧は羊である。その羊が、ある時、野獣に噛み殺される事件が起こり、村人たちは銃を片手に犯人探しを始める。しかし、山野を駆け巡るセバスチャンは、野獣にたまたま出会い、これが野獣ではなく、大型の野犬であることに気付く。男たちは、ワナを仕掛け、真実を知る少年は気が気ではなく、野犬をかばう。
この野犬が何時ワナに掛るかがスリルであり、ハラハラさせられる(結局、野獣は狼で、ベルの濡れ衣は晴れる)。人間に虐待され、飼い犬から野犬となった、警戒心の強い犬は、少年が危害を加えなことを知り、少しずつなつき、いつも行動を一緒にする。
川で水遊びをすると、灰色の薄汚れた犬は、元のピレネー犬の白い姿となり、ここで美しい意の「ベル」と名付けられる。この大きく白いピレネー犬の姿が実に美しく、ほれぼれさせられる。





ドイツ兵の来村と戦争の影

ドイツ軍
(C)2013 RADAR FILMS EPITHETE FILMS GAUMONT M6 FILMS ROHNE-ALPES CINEMA

 戦争中であり、山麓一帯にドイツ兵が駐留し始める。彼らの目的は、アルプスを越えてフランス領に逃げ込むユダヤ人の逃亡阻止である。
駐留したドイツ人の将校は、セザール家のアンジェリーナのパン屋に姿を現わし、毎週パンを30キロ注文するのであった。一応、注文を受ける彼女だが、客に対し、無愛想で冷たい態度をあらわにする。
ここで思い起こすのが、ジャン=ピエール・メルヴィル監督のレジスタンスの傑作『海の沈黙』(47)である。ヴェルコール原作のすぐれたレジスタンス小説の映画化である。時代は1941年、ナチの将校が、宿舎代わりに、ある家に同居することとなる。家人たる老人とその姪は、彼との会話を拒み、ただただ沈黙するだけであった。
ドイツ人将校は、礼儀正しい教養人で、何度かフランス人の家族に話しかけるが、返ってくるのは海のような沈黙であった。この将校が粗野な野蛮人であれば、このような沈黙はあり得ないはずだが、教養を積んだ彼には甘受するより仕方がない。ここまで相手を拒否しなくても、という気持ちにさせられ、沈黙される側の痛みが伝わる。
この冷酷とも思える沈黙は、レジスタンスの一つの形であり、それを、容赦なく描き切るところはレジスタンス側の止むに止まれぬ心情の反映である。


村人のレジスタンス

 くりすマスの夜、ユダヤ人のアルプス越えを察知したドイツ軍の監視をかいくぐり、負傷したレジスタンスの闘士である青年医師に代わり、パン屋の若い女性アンジェリーナが道案内を務める。さらに彼女は、それ以降、レジスタンスに加わるために村を去る。
この女性の行動は、単なる個人の義きょう心や英雄的行動ではなく、ユダヤ人のアルプス越えを知りながら黙ってレジスタンスの後押しをする村人たちの協力があっての結果である。
同大戦中、日本ではレジスタンスは存在せず、戦争を否定する僅かな人たちすら沈黙を守り、表立って戦争に異を唱えず、雪崩を打って戦争協力に走った現実がある。この日仏の国民性の在り方の心痛い違いは、記憶に留める必要がある。
『ベル&セバスチャン』は児童文学であり、少年と犬との友情を軸としている。しかし、美しいアルプスを背景とした彼らの物語にとどまらない。大詰めのレジスタンスのエピソードは、作品に強じんな骨格を与え、万人を感動させる児童文学の域を越え、抵抗という普遍的問題に踏み込んでいる。



 



(文中敬称略)

《了》


9月19日より新宿武蔵野館ほか順次ロードショー中

映像新聞2015年9月21日掲載号より転載

 

 

中川洋吉・映画評論家