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「第28回 東京国際映画祭」(2)
アジア映画の面白さを堪能

 第28回東京国際映画祭は多くの部門を擁し、メインはコンペ、ワールド・フォーカスである。それ以外ではアジア作品の比重が重く、部門としては「アジアの未来」と「アジア特集」があり、創設以来人気が高く、固定ファンをしっかり掴んでいる。今年も多くの作品が選考され、アジア映画の面白さを堪能させてくれた。

快作

「俺の心臓を撃て」

 強い意志で他を圧する韓国作品
「アジアの未来」の韓国作品『俺の心臓を撃て』(ムン・ジェヨン監督)は、そのさく裂するパワーが他を圧した。
物語は、精神病院に送られた2人の青年が主人公。2人は同じ日に病院に到着する。年長のスンピンは世界的なパラグライダーの選手で、遺産を巡る争いで兄弟たちから精神病院に送り込まれる。年下のソミョンは、母の自殺のショックで精神に異常をきたす。
兄貴分のスンミンは何事にも積極的でいつも脱走の機会をうかがい、スミョンはおとなしい性格から、スンミンの後を付いて廻る仲良し2人組である。強権的な病院内の雰囲気で患者たちはモノ扱いの日々。たまりかねたスンミンは、屋外研修の折、モーターボートを奪い若いスミョンと湖の対岸へ向けて脱走を試みる。成功を信じたが、携帯電話の位置探しであえなく失敗。この失敗にもめげず、2人は次の機会をうかがう。
劣悪で暴力の支配する精神病院の舞台は、コンペ部門のグランプリ作品『ニーゼ』と共通するものがある。最終的に、2人は脱走に成功し、精神病院の鼻を明かす痛快劇だが、本作で見逃せないのは、2人の青年の生きることへのあくなき執念である。この強い意志が作品の底流となり、さすが韓国パワーと思わせ、面目躍如たるものがある。
この生き抜こうとする意志の強さ、日本映画には欠けている。最近、国際舞台で話題になる韓国映画は少ないが、彼らのパワーは健在だ。ムン・ジェヨン監督の第1回作品。


家族の問題

「告別」

 人材の厚さを感じる中国映画界
国際交流基金アジアセンター特別賞には、『告別』(中国/テグナー監督)が選ばれた。中国映画らしく、普遍的なテーマである家族を扱っている。
内モンゴル出身、英国留学、そして北京電影学院監督学部出身の若い女性監督の3作目である。女性の視点から家族を見る肌目の細かさが感じられる。
冒頭の空港シーンが、母娘の関係をずばり指摘している。空港で独り待つ娘、やっと母親の車が迎えに来る。彼女は忙しそうに携帯で話し、娘のスーツケースをトランクに入れもしない。車中の会話も少なく弾まない。留学帰りの娘に対する懐かしさという感情がみじんもない。
家に戻り、父親の余命は僅かであることを知らされる。しかし、父親は全然病人らしくなく、友人を呼んでの自宅でのマージャン、酒、タバコと、肺ガンなど全く気にしない気楽な毎日。実業家である母親は、夫に金を掛け、治療させることが妻の勤めと心得ているフシがありあり。娘も、自身の妊娠を言い出しかねている。このバラバラな家庭、娘は何とか父親と残り少ない貴重な時間を共の過ごそうと試みるが、ギクシャクする。
父親の病状が最終段階に入り、子供の時のように、父親に添い寝をしたりし、父娘の絆を取り戻そうと努力する。金にしか関心のない母親、自由気ままに生きる父親、その間に挟まりキリモミ状態になる娘と、3者3様の生き方が興味深く、また、何かおかしみを感じさせる。家族像の描き方が上手い。中国映画界の人材の層の厚さが見られる。


心に染み入る悲しみ

「百日草」

 台湾からの『百日草』(ワン・リン監督、ワールド・フォーカス部門)は心に染み入る、情感あふれる作品だ。まず、感心させられるのが、脚本がとにかく良く出来ていることだ。
主人公の男女(ユーウェイとミン)は、同じ交通事故で愛するパートナーを失う。ミンは婚約者を、そしてユーウェイは妊娠中だったピアノ教師の妻を失い、2人とも深い喪失感を抱える。
ミンは、新婚旅行予定の沖縄への1人旅をし、2人の新婚旅程の道筋を辿る。ユーウェイは、妻が個人レッスンをした生徒たちへ、月謝の残りを返すのに1軒1軒訪ねる。そこで、かつての教え子の1人がユーウェイの妻に習ったショパンのエチュードを弾き、それを聴いた彼は泣き伏す。
ある時、ミンに亡き婚約者の中学時代の女性教師から連絡が入り、彼女は教師宅を訪ね、中学時代の彼の手紙を手渡される。女性教師は娘を失くしたばかりで、中学時代の同級生であった亡き婚約者が逃げるように置いて帰った見舞いの手紙であった。この時、亡き婚約者を思うミンは、彼の心根の優しさに改めて触れる。本作のハイライトシーンである。
故人を偲ぶ仏教の寺での読経が初7日から77日まで執り行われ、作品はその回忌に添い展開される。生存者の2人の男女は最後の77回忌で初めて登場する。うまい演出だ。淡々と物語は進行し、深い喪失感が支配するが、台湾映画独特の大らかさと、凛(りん)としたたたずまいがある。



青春映画

「少年バビロン」

 『少年バビロン』(中国)と『僕の桃色の夢』(中国、コンペ部門)は十代の少年少女の出会い、恋、別れのメロドラマパターンで、何よりも、誰もが経験する青春のにがさと痛みが伝わるところが魅力だ。この青春映画からは、人生の一部を切り取る普遍的テーマが多い中国映画の方向性の変化が感じられる。中国の現状や発展とそれに伴うひずみも織り込まれている。


アジア映画の目玉特集

「汝が子宮」
 アジア部門の楽しみは、特集上映である。今年はフィリピンの「ブリランテ・メンドーサの世界−熱風!フィリピン」である。メンドーサ監督は今や、カンヌ、べネチア、ベルリンの各映画祭での出品歴を誇る、アジアの重要監督の1人であり、時宣に叶った企画だ。『罠(わな)』(2015年)、『汝が子宮』(12年)、『グランドマザー』(09年)、『サービス』(08年)、『フォスター・チャイルド』(07年)の5本が特集上映された。
南国特有の汗のしたたるようなリアリズムと力感みなぎる躍動感は、フィリピンならではのアイデンティティがある。





日本映画

「FOUJITA」

 小栗康平監督の『FOUJITA』は、日本と西欧との近代性、そして戦前のパリと戦中の日本との時代性に重きを置いた作品である。カンヌ映画祭への出品を希望したが、選に漏れ、東京国際映画祭でも賞の獲得はならなかった。
日本人にとっての近代と戦争を境とした20世紀の時代相を映す、ハイレベルな作品であるが、西欧では個の確立を軸とした近代の概念は定着しており、その点が西欧人にとり物足りなかったのかもしれない。これだけの作品の逸賞は残念でならない。
最後に運営について一言。『カランダールの雪』の上映後のQ&Aでのことだが、どこかの結婚式場に紛れ込んだ錯覚を覚えた。司会・進行を務めたフジテレビの現役男性アナウンサーは映画好きと見え、自ら多くの質問をして時間を費やした。そのため本来の会場からの質問は2人のみに削られた。これはまずい。
また、公式プログラムの表紙だが、昨年、今年とデザインは、かのパクリ騒動の佐野研二郎である。映画祭がこの事件に巻き込まれず本当に良かった。





(文中敬称略)

《了》


映像新聞2015年11月30日掲載号より転載

 

中川洋吉・映画評論家