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『アイヒマン・ショー 歴史を映した男たち』
プロデューサー/ローレンス・ボウェン氏に聞く

 4月23日から映画『アイヒマン・ショー 歴史を映した男たち』(ポール・アンドリュー・ウィリアムズ監督/2015年、英国)が劇場公開中だ。来日したプロデューサー、ローレンス・ボウェン氏から、アイヒマンの人間性、そして自作などについて話を聞く機会を得た。

作品の狙いは

ポスターを前にするボウエン、プロデューサー

  「世紀の裁判」放映の実話
「2人の主人公たちの1人であるディレクターはアイヒマン自身に、もう1人のプロデューサーは裁判の放映に強い関心を持った。2人は時に意見を戦わせたが、一方はアイヒマン自身、他方は世界37ヵ国への4カ月間にわたるテレビ中継の成功という大きな目標を持ち、互いの主張を表明しながらも、同じ到達点へと着地ができた。考えてみれば当然のことだが、一方はアイヒマンの非人間性の奥にあるものをつかもうとするディレクターと、他方は世界中に世紀のナチス裁判の様子を刻一刻と届けようと苦心するプロデューサーのジャーナリストとしての使命感。この2人の思惑の違いは最初から考えられた。」


表現方法について

 「基本的には、編年体の順撮りで押した。ただし、アイヒマンの罪状を明らかにする試みで、冒頭に実写フィルムを使い、事件について良く知らない人々の一助となるように工夫もした。
「私自身、アイヒマンの人間性については、今もってはっきりしない点がある。哲学者のハンナ・アーレントは、裁判傍聴記で、アイヒマンを"凡庸な悪"と定義している。しかし、それだけではなく、彼はもっと複雑な内面性を持つ人間であり、それは永遠に分からないとの印象を受けた」
「彼は1960年5月31日に潜伏先のアルゼンチンで、イスラエルの特務機関の手で逮捕され、裁判のためイスラエルのエルサレムに連行。そして4カ月の裁判を受けたことが本作『アイヒマン・ショー 歴史を映した男たち』が描くところだ。秘密裡にアルゼンチンに潜伏していた彼は、その間、秘かにネオナチの伝記作家のインタビューを受けている。このことは、これまで全く知られていないことである。そのインタビューで、彼は驚くべきことを口にした。ナチスの犠牲となった600万人の墓の上で、自分は嬉しくて踊るであろうとし、さらに欧州のユダヤ人絶滅を期待すると公言しているのだ」
「常軌を逸した発言だが、これは事実である。彼は命令に従っただけの人間ではなく、ナチスという宗教の信者だと私には思える。彼の人間性について述べるなら、これは重要な点だが、自らを狂信者に仕立て上げていることである。別の言い方をすれば、アイヒマンは法廷ではほとんど黙秘権を行使し、肝心なことは述べていない。彼こそ、単なるモンスターではなく、理性を喪失した人間なのだ」



ドイツ国民の加害者責任について

 「本作は戦後70年を経て製作された。それに対し、ドイツ人が自らの加害者責任に触れることを嫌がり、できれば触れたくない思いから、現在に至るとする意見があることは承知している。しかし、私はこの件について異論がありる。ドイツ国家として、学校教育で、ナチスの犯罪性について学ばせ、過去を決して無視しないようにしている。昨年のベルリンでの完成試写では、外務大臣も列席した。そして観客の反応はポジティブなものだった」
作品の中で、アイヒマンの人間性について、いかに内面に入り込むかが、見る側にとり大きな関心ごとだ。しかし残念ながら、彼の人間性の裏面は墓場まで持って行かれ、莫大な資料調査と精緻(せいち)な分析、4カ月間の法廷シーンでも、彼の人間性の裏面は見えず仕舞いである。製作者はもとより、見る側にとって、大変口惜しい思いは禁じ得ない。



ストーリー

 世界が震えたナチスの戦犯、アイヒマンを裁く"世紀の裁判"の制作・放映の裏側を描いたヒューマンドラマ。世界がホロコースト(ナチスによるユダヤ人絶滅計画)を理解するための出発点となった、世界初となる貴重なテレビイベントの実現のために、奔走した制作チームの情熱と葛藤、信念の物語。これまで一度も語られることのなかった衝撃の実話が実現される―。


 



(文中敬称略)

《了》

4月23日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMA
などで上映中

映像新聞2016年5月2日掲載号より転載

 

 

中川洋吉・映画評論家