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『最愛の子』 
 3部構成で描く「誘拐事件」
1人っ子政策の矛盾など告発
中国の社会的問題に迫る家族ドラマ

 中国で社会的問題となっている「児童誘拐事件」の実話に想を得た『最愛の子』(ピーター・チャン監督)は、良くまとめられた社会性を背景とした家族ドラマである。社会性だけではなく、強い親子愛、中国の1人っ子政策の矛盾などを告発するスケールの大きさが持味だ。

序章

育ての親・ホンチン
(C)2014 We Pictures Ltd.

 物語は、3部構成である。第1章は2009年7月の事件当日で、ここから物語は始まる。
舞台は深セン、ごたごたした商店街の一隅で、主人公たる誘拐された3歳の息子ポンポンの父親ティエンは寂れた下町でネットカフェを営んでいる。
ティエンはクモの巣のように張り巡らされた電灯線のあちこちを探り、停電の因である切れた電線を何とか見つけようと苦心している。そこへ、隣りの商店主から「家の電気は切るな」と言われるあたり、庶民の生活が垣間見え、下町独特の猥雑さが心地よい。
ひと仕事終えたところに、息子のポンポンが戻り、また、すぐに友達と遊びに行くと家を飛び出す。これが悲劇の始まり。いつまで経っても帰らぬ息子のことが心配となり、今は離婚し、裕福な男性と再婚し、自身も実業家となった元妻ジュアンに連絡を取り大騒ぎとなる。警察へ届け出るが、24時間経たねば動けぬと、官僚臭むき出しの警官にあしらわれる。現代中国の官僚制度が露わになる一幕だ。
翌日から、2人は情報提供をネットで呼びかける。「息子は桃のアレルギー」があるとわざわざ一語を付け加える。これが後の伏線となる。しかし、確かな情報はなく、父親のティエンは仕事を辞め、息子探しに専念する。
元夫婦は、拉致された子供の親の会に入り、情報を出し合い、互いの悲しみを慰め合う。そして彼らは手拍子で、「コーレ、コーレ」と声を掛け合う。筆者は初めて目にする中国式激励の習慣であり、被害者の親たちの何とかせねばとの思いの強さがにじむ。
事件から一気呵成(かせい)に詰める導入部の話の運びの手際が滑らかであり、チャン監督のセンスの良さが光る。

児童誘拐事件

育ての親・ホンチン
(C)2014 We Pictures Ltd.

 中国では児童誘拐が多発し、さして珍しい事件ではない。児童が、組織化された犯罪グループにより売られている。2013年の統計によれば毎年20万件の誘拐事件が起き、誘拐された児童が両親の許へ戻るのは5%位とのこと。厳しい数字である。
第1の理由は、人口問題を抱える中国の1人っ子政策によるものである。そして、農村の働き手の減少抑止対策の児童売買でもあるようだ。この1人っ子政策により、1979年から2009年までの間に、実に現在の中国人口のほぼ1/3強にあたる4億人を抑制したとされる。
しかし、この制度の弊害が問題となり、また非人道的であるため、政府は緩和策を打ち出し始めている。だが、闇の出産数は数千万から数億人と凄まじい数字に上る。生まれてきた子供たちは正規の国民として扱われず、教育や医療も受けられない悲劇が発生し、今日に至る。


第2章

父親・ティエン
(C)2014 We Pictures Ltd.

 物語は大きく展開し、新たな局面を迎える。この展開が物語に厚みと社会的視野をもたらす。3年後のある日、安徽省(あんきしょう、南京近く)に誘拐されたポンポンに似た男児の情報がもたらされる。ここで、両親、家族会、警察が農村へ乗り込む。
農家の庭先に遊ぶポンポンを、すったもんだの揚げ句奪還するが、男児の母ホンチン(ヴィッキー・チャオ)が懸命に後を追う。子供は、ホンチンの病死した夫が誘拐したことがわかり、無事に親許へ戻される。
誘拐された子供は、夫が深センの愛人に生ませたものと信じ育てたホンチンにとり青天の霹靂(へきれき)である。しかも、もう1人、妹ジーファンがおり、この彼女の出生も定かではない。一応、亡夫が拾った捨て子ということだが。ホンチン自身は不妊体質で、亡夫が連れてくる2児を実子のように愛情をもって育てる。
生みの親たる両親はポンポンが何も覚えていないことにショックを受ける。そして、妹は児童養護施設に送られ、育ての母のホンチンは警官への抵抗のカドで懲役6ヶ月の実刑判決を受ける。
ここで物語はメデタシ、メデタシになるところに、もうひと工夫がこらされ、それがもう1つの筋へと流れ込む。

ホンチン
(C)2014 We Pictures Ltd.

 刑期を終えたホンチンは、故郷の農家を捨て単身、都会の深センに乗り込む。ポンポンのことは諦めざるを得ないが、せめて娘のジーファンを取り戻そうと、彼女の必死の行動へと場面が転換する。
まず、ホンチンは娘の顔見たさに養護施設へ行き、所長に娘との面会を求めるが拒否され、やむなくパイプ管を上り、娘のいる2階の部屋のガラス窓越しに顔を会わす。落胆の彼女は、何としても娘を取り戻すために弁護士を雇う決心をする。地方の農婦からの依頼、まともに相手にされず、若い弁護士カオが上司の居留守を理由に追い返す。
しかし、あきらめない彼女は、郷里の名産であるナツメを差出し、高額な着手金の分割払いを懇願する。村の農婦が差し出す精一杯の手土産であるナツメを鼻でせせら笑う若い弁護士の様子は、貧富の差の激しい中国の都市と農村の経済格差を象徴し、少し胸が塞がれる。
彼女の熱意に負けた弁護士カウは、娘のジーファンを取り戻すために、彼女が捨て子だという証言が必要とアドヴァイスする。このことを手掛かりにホンチンは、以前、夫が出稼ぎで働いた工場現場へ行き、娘が捨て子であることを証言できる若い出稼ぎ労働者を探し出す。
しかし、面倒に巻き込まれることを恐れる若い彼は証言を断る。万事休すの彼女は夜もう一度、彼を安宿の一室に呼び証言を再依頼し、彼に翻意を促す。
思い余ったホンチンは、最後の一手である性交渉でやっと証言の約束を得る。そして、育ての親と生みの親が対決する調停の場に弁護士カウを伴い娘ジーファンの親権を巡り話し合いにこぎつける。

誘拐時家族会
(C)2014 We Pictures Ltd.

 最初はやる気のない弁護士カウも、彼女の熱意にほだされ、無償で弁護活動を引き受ける。深センに身寄りのない彼女、認知症の母の介護で弱り切る独身者の彼はヘルパーとして彼女を雇う。中国では雇用のために法的な健康診断書が義務付けられ、診断結果は思いもよらぬホンチンの妊娠であった。一夜の出来事がラストで大ドンデンを呼び込む鮮やかさ、抜群のアイディアだ。親権を巡る争いは、悩ましく、どちらかが譲歩せざるを得ない状況が必然的に起こり得る。それを新しい生の誕生で双方の立場が立つ解決策、見事である。



家族会のその後

幼い兄妹
(C)2014 We Pictures Ltd.

 家族会だが、リーダー格の男性は心労で身を引く。若い夫婦は新しい生を宿すが、出産許可を得るためには誘拐された児童の死亡証明書が必要となり、再び深い悩みを抱える。ポンポンは戻るが、幼児期の記憶が戻らないところを、桃アレルギーの一語のお蔭で、実子であることが確認される。しかし、家族会はバラバラとなる。
本作の主人公ホンチン役のヴィッキー・チャオ、(中国4大女優の1人)は脚本を読んだ段階で、作品には「社会的良心」があると語ったそうだが、言い得て妙だ。
母親が子供に抱く愛をメインとし、児童誘拐事件、都市と農村の経済的格差、本気度を強く感じさせるヴィッキー・チャオの入魂の演技、見ドコロの多い作品だ。又、実話から想を得た脚本の運びも良く出来、新春、随一のアジア映画だ。




(文中敬称略)

《了》

2016年1月16日(土)からシネスイッチ銀座ほか全国順次ロードショー

映像新聞2016年1月11日掲載号より転載

 

 

中川洋吉・映画評論家