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『サウルの息子』
カンヌ国際映画祭でグランプリ受賞
ナチスによる大量虐殺描く
特異な映像表現で強い衝撃

 ハンガリーの新人監督、ネメシュ・ラースローの手になる労作『サウルの息子』は、2015年の「第68回カンヌ国際映画祭」で第2席のグランプリを受賞している。いわゆるナチスによる大量虐殺を扱うアウシュビッツ=ビルケナウものであるが、主人公たちがユダヤ系ハンガリー人である点が珍しい。

絶滅収容所

粉塵の中で作業するサウル
(C)2015 Laokoon Filmgroup

 本作に登場する収容所は、2007年世界遺産登録に際し、近接するアウシュビッツ第2収容所であるビルケナウと合わせ、現在はアウシュビッツ=ビルケナウ(以下、アウシュビッツ)と呼ぶ。
時代は1944年10月で、ナチス降伏の数カ月前という終戦間際である。我が国では、アッツ島玉砕(44年)、サイパン島玉砕(44年)、硫黄島玉砕(45年)と、いずれも敗色濃厚な戦争末期に大量の犠牲者を出している。民族抹殺や為政者、軍人の誤った判断により数多くの犠牲者が出た点が、共通項である。
アウシュビッツでは、労働力とならないユダヤ人女性、子供、老人、病弱者が移送列車で運ばれ、ガス室に送られた。それを仕切ったのがSS(ナチス親衛隊)である。ユダヤ人以外にソ連、ポーランドの捕虜、ロマ人、身障者たちも犠牲となる。
本作に登場するのは、ユダヤ系ハンガリー人である。彼らはゾンダーコマンドに属し、否応なくナチスの虐殺に手を貸した。
ゾンダーコマンドとは、収容者たちの中から選抜された死体処理に従事する特殊部隊である。彼らは、運び込まれた収容者をシャワーと偽り衣服を脱がせ、ガス室に誘導する。そして残された衣服を処分し、金品を集める。虐殺後、彼らはガス室から遺体を運び出し、室内を清掃し、その後に遺体を焼却し、灰を近くの川へ捨てる。
SSは自らの手を汚さず、ゾンダーコマンドに汚い仕事をさせる。彼らは、収容所では同胞を命令する立場にあり、特別待遇が与えられ、他の収容者と識別するために、衣服の背中にバツ印を付けられる。
ナチスは巧妙で、一定期間後、犯罪を隠すためにこの特殊部隊全員を殺す。この部隊の1人が主人公のユダヤ系ハンガリー人、サウラ・アウスランダー(ルーリグ・ゲーザ)であり、彼を中心に物語がドキュメンタリータッチで展開される。


息子との出会い

SSに囲まれるサウル
(C)2015 Laokoon Filmgroup

 サウルは、ある日の作業時に、ガス室で死にきれなかった少年の姿を目にする。しかし、少年は無慈悲にもナチス軍医の手により殺される。ナチスのユダヤ人絶滅の一端である。サウルにとり、少年は彼の息子らしく思え、周囲のゾンダーコマンドの仲間たちは「お前に息子はいない筈」といぶかる。しかし、サウルにとり、少年は息子であらねばならず、少年こそサウルの生きる存在証明なのだ。
ユダヤ教の戒律により火葬は禁じられているため、サウルは何とか少年の土葬を試みる。そこで、まず解剖室から遺体を持ち出し、ユダヤ人聖職者ラヴィを探し回る。
同時進行的に、ゾンダーコマンドの武装蜂起の準備が着々と進む。強制収容所における反乱の例はなく、ハンガリー人たちの行動は異例である。彼らはSSを射殺し、死体焼却炉を火薬で爆破させる。そして、一団となり、収容所を脱走し、森へと向かう。
サウルは白布で包まれた少年の遺体を抱え逃げるが、川の中で遺体を流し、ぼうぜんと立ちすくむ。川を渡り森の小屋へたどり着くと、入口には1人の少年がサウルたちを見入る。その時に、今まで無表情の彼の顔からほほ笑みがこぼれる。まるで息子と再会したような、あるいは自分の仕事をやりとげた満足感に包まれて―。


不可思議な映像

SSとサウル
(C)2015 Laokoon Filmgroup

 この『サウルの息子』は、昨年のカンヌ国際映画祭で直接見る機会を得た。第一印象は、アップの連続で、ほこりっぽい、まるで粉じんの中を漂う人間、それもサウル中心の不可思議な映像の連続に、いささか頭を混乱させられた。
それまで見たことのない映像の連続で、非常に難解なのだ。背景の人物関係が頭の中で整理しきれない。やむなく、最終日の再上映時に今一度見直した。
暗いスペースの中での人間の出入りと、サウルを中心とする映像が中心で、周囲をはっきり写さない手法であることが理解出来た。しかも、手ブレ感の強い手持ちカメラの操作で、独特の画像が写し出される。
また、意図的な暗い照明の駆使による混濁感が特異な印象を与える一方、暗い光量での撮影技量にただ感心するばかりだ。



特異な映像構成

収容所内
(C)2015 Laokoon Filmgroup

 冒頭シーンが異様だ。緑濃い森の中、サウルの顔を延々ととらえている。遠景からボケた彼の顔が写し取られ、徐々にピントが合い始め、手前で像を結ぶ。このシーンをワンシーン=ワンカットでカメラはとらえる。
劇中、カメラは殆んど感情を表に出さない彼の顔に焦点を絞るか、または背後からの手持ちカメラで追う手法が徹底し、映像の特異性が際立つ。そのため視界が極端に狭まり、あたかもサウル1人しか存在しないような映像構成となる。
この辺りが映像の見難さにもつながっている。また、彼への寄りが徹底し、背後の輪郭がボケ、サウルを除き、収容所内のガス室を中心とする悲惨なスペースを見せない効果がある。メインスチールの猿ぐつわのように口を覆うサウルの姿は、この劣悪な粉塵と悪臭から身を守るためのものである。



古典的なストーリー展開

ゾンダーコマンド
(C)2015 Laokoon Filmgroup

 ガス室における狭い範囲での2日間の出来事が物語の中心となる。そして、冒頭とラストに目に鮮やかな緑の森が舞台としてしつらえられる。限られた場で、短い時間の経過の中での選択肢について、脚本や監督は、古典的なストーリー展開しかないと考えたのであろう。
到着するユダヤ人たち、裸にされガス室に送り込まれる一群、そして死体の焼却と灰の始末、ラストは反乱を起こし森へと逃げる。そこに少年の埋葬を絡め、起伏を持たせるつくりである。リアリズムで押す一本調子な展開であり、その単調さを補うために、映像の特異化により、インパクトをより強くしている。


監督について

サウル
(C)2015 Laokoon Filmgroup

 ネメッシュ・ラースロー監督は1977年、ハンガリー、ブタペスト生まれ。彼の両親は共産主義政権下の反体制派であったため、その後、故国を離れる。パリに在住、26歳までフランスで学業を続け、映画教育はパリ第3大学で受ける。帰国後は、ハンガリーの世界的監督であるタル・ベーラ(『ニーチェの馬』[11])の助監督を務め、3本の短編を製作後、ハンガリー映画独特のリアリズム手法と映像の実験性に富む『サウルの息子』を世に送り出す。



主演男優

 終始、無表情のサウルを演じるルーリグ・ゲーザはニューヨーク在住のハンガリー人詩人であり、職業俳優にない自然体の持味を見せる。
アウシュビッツの大量虐殺という、人類史上最悪の犯罪に対し、希望を閉ざされる生に向き合わざるを得ない人間への魂の救済を求める作品であり、自身の意志とかけ離れた生と死への重い問いかけが本作で成されている。

 



(文中敬称略)

《了》

1月23日(土)より新宿シネマカリテ、ヒューマントラスト有楽町ほか全国ロードショー

映像新聞2016年1月18日掲載号より転載

 

 

中川洋吉・映画評論家