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『キャロル』
年の離れた美女同士の愛
2人の美しさ、純粋さを描く

記者会見のケイト・ブランシェット
(C)八玉企画

 昨年のカンヌ国際映画祭で女優主演賞を獲得したルーニー・マーラ主演の『キャロル』(トッド・へインズ監督)は、女性の同性愛を描く作品だ。年の離れた2人の女性が恋に落ちる物語で、その2人の姿も、語り口も美しい。製作本体は、英国の教養番組中心の民間テレビ「FILM4」である。この局の手懸ける作品は、質が高く、見てまず間違いない。同性愛を描くにしても格調が高い。

時代背景

キャロルとテレーズ
(C)NUMBER 9 FILMS (CAROL) LIMITED / CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION 2014 ALL RIGHTS RESERVED

  1950年初頭のニューヨークが舞台
舞台はニューヨーク、時代は1952年から53年にかけてである。戦後直ぐのニューヨークは、現在と違い40年代的なすすけた街で、うっ屈したムード、東西冷戦下で、大統領はトルーマンである。光り輝く現在のニューヨークとはスケールや華やかさが全く違う。
時代設定は原作が書かれた52年に合わせている。映画は、50年代のニューヨークを彷彿させる建物やアパートが残るオハイオ州のシンシナティで撮影され、原作の時空を再現させた。
原作は、ヒッチコックにより映画化された『見知らぬ乗客』(50年)や、『太陽がいっぱい』(55年)で知られる米国の人気作家パトリシア・ハイスミスによる『The Price of Salt(よろこびの代償)』であり、『キャロル』のタイトルで邦訳されている。
この作品は、ハイスミスではなく別名儀クレア・モーガンで出版された。サスペンス作家として世に出た彼女は、当時、同性愛への反発の強い時代のため、あえて別名を名乗ったとされている。


2人の出会い

テレーズ
(C)NUMBER 9 FILMS (CAROL) LIMITED / CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION 2014 ALL RIGHTS RESERVED

 1952年、クリスマスセールでプレゼントを買う客でにぎわう、ニューヨーク・マンハッタンの高級百貨店フランケンバーグのおもちゃ売場が冒頭のシーン。
主人公のおもちゃ売場の販売員テレーズ(ルーニー・マーラ)は、買物客の中の1人の女性に目を奪われる。同性でも目を離せない中年の上品な美女は、当時流行の赤い口紅に毛皮のコートをまとう、一見して富裕階級に属していることがわかるほど、その存在は際立つ。彼女キャロル(ケイト・ブランシェット)は6歳の娘リンディのためにクリスマス・プレゼントを探している。若いテレーズの視線に気づくキャロルは彼女に近付き、プレゼントの品定めをする。ここが2人の最初の出会いとなる。
そこで話自体を発展させる小道具が、キャロルが置き忘れる手袋である。テレーズは気を利かせ、品物を自宅へ配送する。出会いから踏み込む最初の一歩である。この出会いの自然さ、原作者、女流作家ハイスミスの細かさであろう。多分、男性店員では「電話連絡」で終わってしまうだろう。

キャロル
(C)NUMBER 9 FILMS (CAROL) LIMITED / CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION 2014 ALL RIGHTS RESERVED

 若さあふれるテレーズ、相手を射抜くようなキャロルのまなざし。両方の美質が、相手が持たぬものを補い合っているようだ。一目ぼれというものが、これほど素敵なものかとつくづく思わせる導入部だ。年の離れた美女同士の同性愛、優美である。




2人の境遇

テレーズ
(C)NUMBER 9 FILMS (CAROL) LIMITED / CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION 2014 ALL RIGHTS RESERVED

 華やかな同性愛であれば、2人とも貧乏ではつや消しである。片方が裕福な令夫人である方が絵になる。キャロルは裕福な男性と結婚するが、男性の美しい飾り物としか扱われないことに自尊心を傷付けられ、離婚を決意する。富裕階級の器量好みの嫁取りにキャロルは打算も働き結婚するが、愛のない生活に耐えきれなくなっている。
一方、若いテレーズは、フォトグラファーに憧れ、いつもカメラを持ち歩き、恋人もいるが、充実感のない毎日を送る。互いの心の中の空洞部分を、2人の出会いが埋め合わせる構図が浮かび上がる。



ドラマの構成

キャロルと娘
(C)NUMBER 9 FILMS (CAROL) LIMITED / CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION 2014 ALL RIGHTS RESERVED

 監督は、女性2人の描き方として、登場人物が物語を語る手法である。最初はテレーズの、その後はキャロルの視点へと移る。
2人の格差は、キャロルが金持ちで、テレーズは普通の家の女の子と、育った環境の違いである。そして、初めはテレーズが弱い立場だが、後半で彼女は成長し、キャロルを弱い立場へと置き換える。このことはラストシーンで語られる。
一度は破綻しかけた2人の関係だが、今まで優位に立っていたキャロルが、テレーズに一緒に住んで欲しいと思うところから立場が逆転する。このシーンが、テレーズが2人の関係の復活を願い、高級レストランで昼食中のキャロルに会いに行くところだ。
知り合った当初、キャロルにランチをご馳走になるテレーズは、何かオドオドし場違いな印象を与えるが、ラストでの同じレストランのシーンでは自信にあふれ、2人の立場が対等となる。
そして、他の客の存在をものともせず、2人は見つめ合うが、そこには2人の愛の美しさがほと走る。ここが作品のハイライトシーンといえる。そして、2人の未来への確信がはっきりと読み取れる。



タブーへの挑戦

キャロル
(C)NUMBER 9 FILMS (CAROL) LIMITED / CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION 2014 ALL RIGHTS RESERVED

 2015年のカンヌ国際映画祭では、タブーへの挑戦を試みるもう1本の作品がコンペ部門に登場した。『マルグリットとジュリアン』(仏/ヴァレリー・ドンゼリ監督)であり、姉弟の近親相姦を扱っている。
時代背景は19世紀、近親相姦は死罪の時代である。このストーリーでフランソワ・トリュフォーが映画化を試みたが、テーマたる近親相姦は時期尚早と、断念した経緯がある。
幼いころから仲良しの姉弟は、成人後も離れ難く関係を結ぶが、この関係、『キャロル』の同性愛、『マルグリットとジュリアン』の近親相姦、ともに社会から認められないタブーである。
偶然、タブーに挑戦する作品がカンヌ国際映画祭で上映された。この2作品から見られるのは、たとえ社会から認められなくとも、愛し合う人たちの個としての愛は、否定するものとする既成概念に対する疑問の提示である。人が人を好きになる行為は誰も止められない。同性愛は、いまだ世界各国で受け入れられてはいないが、多くの国では、愛の別の形ということで受け入れられ始めた。
このタブーへの挑戦という点で、2作品は共通している。


トッド・へインズ監督

テレーズ(右)と彼
(C)NUMBER 9 FILMS (CAROL) LIMITED / CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION 2014 ALL RIGHTS RESERVED

 『キャロル』におけるへインズ監督の立場は、声高に同性愛を認めろとするものではない。彼は、人間の自然な行為として、その美しさ、純粋さを描いている。それ故に、キャロルの大人の女性の溢れんばかりの魅力、テレーズの一途さと若さを前面に押し出している。
お高いキャロルの美貌(記者会見におけるケイト・ブランシェットは、役柄と正反対の気さくさが印象的であった)は、さえ渡り、50年代初頭の同性愛は天下のご法度の時代のニューヨークで異彩を放った。
カンヌ国際映画祭では、主演女優賞の本命と目されたが、若いテレーズ役のルーニー・マーラ―へと栄冠は渡った。賞とは審査員の好みであり、致し方ない。

 



(文中敬称略)

《了》

2016年2月11日(木・祝)から、全国ロードショー

映像新聞2016年2月1日掲載号より転載

 

 

中川洋吉・映画評論家