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『世界一キライなあなたに』
見せる難病もののメロドラマ
シンプルな全体像に多様な人生の局面

 見終わってスッキリとさせられるメロドラマ『世界一キライなあなたに』(2016年/米国、シーア・シェアイック監督/原題「Me Before You」)が公開される。難病もののメロドラマであるが、これがなかなか見せる。

ウィルとルー
(C) 2016 Warner Bros.Entertainment Inc. and Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved

  メロドラマとは、男女の恋の成就やスレ違いで見せる、伝統的な作劇法である。乙女の紅涙(こうるい)をしぼれば大体合格である。そこには、興行サイドの恥ずかしげもない商魂が透けて見える。換言すれば、見る者に感情を移入し同情を引けば作り手の勝ちとなる。 メロドラマ路線は、戦前の日本映画の大きな流れであり、現代でそれを引き継ぐのが、青少年向けの恋愛映画と言えよう。メロドラマと聞けば馬鹿にする向きもあり、批評の世界でも同様である。しかし考えれば、メロドラマは人間の感性の本質を突く奥深さも併せ持っている。男女の切った張った感情にさまざまな要素を盛り込み、人間性を描ければ成功なのだ。フランス映画風に言うなら、良質な娯楽作品である。 いわゆる、シンプルな全体像にさまざまな人生の局面を盛り込ませたのが、この『世界一キライなあなたに』といえよう。原題からかけ離れた日本語タイトルが、いささか軽い


舞台背景

ルーの誕生会
(C) 2016 Warner Bros.Entertainment Inc. and Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved

 主人公の男性は、ロンドン中心部のモダンなアパートに住む美青年フィル(サム・クラフリン)であり、事業も成功し、順風満帆な毎日である。今日も恋人をベッドに残して出勤する。
この時、彼の人生を根底から変える事件が起る。雨の中、彼は車道に飛び出しタクシーを探すと、突然現れたオートバイにはねられる。この事故により脊髄(せきずい)を損傷、首から下はマヒし、車椅子生活となる。洋々たる人生の幕が一瞬にして閉じる。
独身の彼は、両親の元に引取られ療養生活に入る。郊外の彼の実家は、シャトーを構える何代も続く名家であり、両親は絵に描いたような富裕階級独特の上品な立居振舞いを見せる。内心の不安を隠し、息子の事故に冷静に対処するあたり、「クラスが違う」と思わす。
富裕階級の人々には独特な特性があり、礼儀正しく、ガッつかず、人当たりも良い美質を持っている。彼らの何代か前は、結構アコギな金稼ぎで財を成しても、その末裔(まつえい)たちの行儀は良い。主人公フィルの両親がその典型であろう。フィル自身も育ちの良い、周囲に気配りのできる金持ちの子弟である。


物語の索引役

車いすのウィルとルー
(C) 2016 Warner Bros.Entertainment Inc. and Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved

 本作をぐいぐい引っ張るのが、地元出身の小ぢんまりしたカフェのウェイトレスを勤める、通称ルーことルイーザ・クラーク(エミリア・クラーク)である。このルーの明るさとエネルギーで、『世界一キライなあなたに』の作品のトーンが決まると言っても過言ではない。
冒頭のシーンで、ルーの性格が一目で分かる仕掛けが施されている。場所は英国の一地方都市のカフェ。男性たちが出入りするような類のカフェではない。「ザ・バタード・パン・カフェ」と呼ばれるもので、お客にスコーンやお茶を供する。お客は老年のご婦人中心である。老婦人たちが外で手軽にお茶が飲める、庶民的な場である。
そこのウェイトレスが、愛嬌たっぷりのルーである。年老いても体重を気にするご婦人方に「何々カロリー、安心して食べてください」と、話したくてたまらない老人に優しく応える。また、「とても食べきれない」と嘆く女性に対しては、「では、すぐお包みしますから、お家で食べて」と声を掛ける。
素直で、何か人の役に立ちたいと願う若い女性がルーなのだ。ただ、彼女の服装がとても変わっている。派手な色柄とミニフレヤースカートという、時代を60年代、70年代に引き戻す、いわばサイケ調ともいえる成りである。愛嬌十分だが、いささか子供っぽく、ダサイのだ。



失業と再就職

バカンスの2人
(C) 2016 Warner Bros.Entertainment Inc. and Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved

 世界的な社会問題への提示も
彼女の店は閉店が決まり、店主は申し訳なさそうに1カ月の賞与を渡し解雇となる。失業はルー一家にとって致命傷である。小さな家の大家族で、父親は失業中、ほかの家族、祖父、母、妹と幼い息子は、皆ルーの稼ぎに依存している。
企業の移転閉鎖、企業の縮小とリストラ、時に軍事施設の移動、必然的に疲弊する町の経済力。これは絵に描いたような英国の地方経済の実情であるが、何も英国に限った社会問題ではない。まさに英国を労働者側からの視点で描くケン・ローチ作品の世界だ。



2人の出会い

世話をするルー
(C) 2016 Warner Bros.Entertainment Inc. and Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved

 失業中のルー一家、家族のため職探しを始めねばならぬが、これが至難の技。ウェイトレス経験だけで、学歴のない彼女には職安でも適当な仕事が見付からない。
最後に担当者が彼女に出してきたのが、誰もが尻込みする、首だけが動く、ほぼ全身障害者の介護だ。期間は6カ月間。もはや選択の余地がない彼女は、その話に飛びつき、指定された場所へ赴く。
着いた先はシャトー、病人はかつての少荘実業家フィル。介護役は、年配のいかにも育ちの良い両親と、介護士の若い男性で、彼が病人の持ち上げ、移動、排泄を担当する。

ルー
(C) 2016 Warner Bros.Entertainment Inc. and Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved

 あまりに違う世界に迷い込む若いルーにとり、驚きの連続だ。住む社会が違うのだ。最初、ウィルはルーに対しよそよそしい態度に終始する。心優しく、張り切って仕事に取り掛かろうとする彼女は出鼻をくじかれ、しょげ返る。その彼女を優しく見守るのがシャトーの主である両親と介護士の青年である。彼らは息子より先にルーの明るさに魅了される。
ウィルは生きる希望を失い、自分の閉ざされた世界にルーを巻き込みたくないために冷淡に彼女と接する。しかし、彼女と過ごすうちに、その天真爛漫な立ち居振る舞い、熱心さに心を開き始める。そのきっかけがウィルにとって場違いな環境だが、陽気な一家の温かさに包まれた、ルーの家での彼女の誕生会である。
誕生会でウィルは上座に迎えられ、今まで会ったことのない人との交友に戸惑い気味だ。そんな彼は彼女にプレゼントを用意。ウィルは、ルーが一度口走ったハチ柄のストッキングを覚えており、それを誕生日プレゼントする。
嬉しさを全身で表す彼女は早速、試着する。短めのフレヤースカートにハチ柄のストッキングと、珍妙な組み合わせだが、ルーは狂喜乱舞。愛嬌のある彼女は、オーバーに喜んでみせるのがうまい。これほど喜びを見せられればウィルとしても悪い気はしない。
これ以降、2人は親密になり、彼女は、彼にもっとアクティヴに生きることを勧める。上流階級の誕生祝パーティ、果ては南の島への豪華旅行と、2人は大いに満喫する。慎ましい田舎娘にとって目もくらむような体験、体いっぱいに生を享受する、ウィルにとっては、今まで出会ったことのないルーのような女性の存在。周囲は2人の愛の就授を期待する。

バカンスのルー
(C) 2016 Warner Bros.Entertainment Inc. and Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved

 そこで登場するのが、メロドラマらしい悲劇的幕切れである。生きる意味について、将来的に何ら希望を持てないウィルは、最終的に安楽死を選択する。どれほど、ルーの献身的な愛と介護に支えられても、これ以上、彼は彼女を拘束できぬという思いやりである。
ここがラストの愁嘆場で、(天へ)去りゆくウィル、必死に止めるルー、大芝居だ。
このように、物語はメロドラマの定石を踏み、観客にハンカチを用意させる仕掛けである。しかし、本作の凄さは、メロドラマという娯楽映画の本道を踏みつつ、社会との接点を提示しているところだ。貧富の格差問題、世界を覆う失業問題、そして安楽死と、英国のみならず世界的な社会問題への視点も忘れていない。
原作はジョジョ・モイーズの世界的なベストセラー「Me Before You 君と選んだ明日」(12年)で、集英社文庫から発刊されている。

 



(文中敬称略)

《了》

10月1日(土)より、新宿バルト9、梅田ブルク7他、全国ロードショー

映像新聞2016年9月26日掲載号より転載

 

 

 

中川洋吉・映画評論家