このサイトからダウンロードできる
PDFデータの閲覧のために必用なAcrobatReaderは以下のリンクより
無償でダウンロードできます。



このサイトからダウンロードできる
PDFデータの閲覧のために必用なAcrobatReaderは以下のリンクより
無償でダウンロードできます。



『人間の値打ち』
ミステリーを超える人間ドラマ展開
ひき逃げ事件を契機に急展開

 アクの強い人間の絡み合いが何とも面白いイタリア作品『人間の値打ち』(2013年/パオロ・ヴィルズィ監督)が公開される。人間像がむき出しとなり、ぶつかり合いがスパイスとなり、それぞれの人間の個性が前面へ押し出される展開は見ものだ。


人物設定

ディーノ夫妻
(C)2013 Indiana Production Company Srl / Manny Films

  交錯する2つの家族の思惑
脚本における人物設定がかなり複雑で、しかも出入りが激しく、混乱を避けるために、まず人間関係を整理しておく。
登場人物の中心は2家族である。一方は富裕な金融投資家の一家で、当主ジョヴァンニ(ファブリツィオ・ジフーニ)、彼の妻カルラ(ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ)、高校生の息子マッシの3人がベルナスキ家の面々だ。
もう一方の家族は、強欲な地方在住の不動産屋である当主ディーノ(ファブリツィオ・ベンティボリオ)、彼の後妻で心療内科医のロベルタ(ヴァレリア・ゴリノ)は青い目に引き込まれそうなイタリア美人、そして女子高生セレーナ(新人のマティルデ・ジョリ)の3人である。
社会的には投資家のジョヴァンニが、格が上で(人品骨柄ではなく)、ディーノは彼のお金の匂いに群がる田舎不動産屋である。両家の子供たち、マッシとセレーナは同じ地元の著名高校へ通う、両親公認の恋人同士だが、マッシは自動車、セレーナはバイクと乗り物にも違いがある。マッシの家に出入り自由なセレーナが、一番真っ当な人間として描かれている。
ジョヴァンニ邸はミラノ郊外のコモ湖をのぞむ高級住宅地で、いわばお大尽の典型だ。


2人の男の出会い

テデスキ
(C)2013 Indiana Production Company Srl / Manny Films

 ディーノは娘のセレーナをボーイフレンド、マッシの所へ車で送り届ける。ジョヴァンニの豪邸に肝を抜くディーノは、すぐに帰らず、邸内を見て回る。その時に、テニスに興じる当主のジョヴァンニと会い言葉を交わす。この出会いが両家を結びつける。
ダブルスの相手を探すジョヴァンニがディーノを誘うと、多少テニスの心得がある彼は、ダブルスに加わり、なかなかの腕前を見せる。そこからディーノはジョヴァンニと懇意になれたとばかり、振る舞い始める。ディーノを単なるテニスのパートナーとしか見ないジョヴァンニは、彼を地元の貧乏人扱いだが、態度には出さない。ブルジョア階級の常とう手段だ。
金持ち仲間の一員に加わったと勘違いするディーノは、すっかり友だち気分。金持ちの腹の内を見せない友好ぶりと、何かあれば一口乗りたくて仕方のない、さもしいディーノの貧乏人根性が歴然とし、王政がない現在でも、身分階級が厳然と存在することが作品から伝わる。
この田舎不動産屋、ディーノの上の者にこびる浅ましさを、ファブリツィオ・ベンティボリオが演じる。日本では、マルチェロ・マストロヤンニ没後、イタリアの俳優のなじみは薄く、中堅どころのうまい役者の知名度は皆無であることは何とも残念だ。



事件の発端

ジョヴァンニ(右)とディーノ(左)
(C)2013 Indiana Production Company Srl / Manny Films

 それぞれの息子、娘が通う高校のクリスマスイヴ・パーティ会場の大広間では、夜遅く跡片付けの最中である。そして、従業員の1人が先にバイクで帰宅する。しかし、ミラノ郊外の暗い夜道で自動車にひき逃げされる。この事件が物語の発端となる。
この事件を契機として、2家族を中心に当事者たちの間には、いつ誰と一緒にいたのか、真実を知るものは誰かといった疑問がわき、かかわる人間たちの階層、欲望が徐々に現われる。物語はミステリー的タッチで繰り広げられる。その追い込み方の迫力に、作り手の力が感じられ、ミステリーを超える人間ドラマが展開される。



投資話

セレーナ
(C)2013 Indiana Production Company Srl / Manny Films

 ジョヴァンニ邸で投資の話を耳にするディーノは、持前の欲深さで自分も参加したいと思い、自宅を担保に借金をし、その話に乗る。具体的には、利益率は40−50%と夢のような話で、普通なら怪しむが、欲に目がくらむディーノには通じない。中産階級の彼にとり一攫千金の機会なのだ。しかし、この投資話は貧乏人釣りのわなで、ディーノは大借金をする。この件でジョヴァンニを問い詰めるが、彼は投資額の大幅な目減りと、取り付くシマもない。



カルラと劇場投資

テデスキと芸術監督
(C)2013 Indiana Production Company Srl / Manny Films

 ジョヴァンニの妻カルラは贅沢な日々を送るが、自分の存在意義を見出せず、悶々とする。
半年前に、運転手付き車で町へ出た彼女は、買い物をするわけでも人と会うわけでもなく、ただ町中を走る。そのうち、再開発される古い劇場を目に止め、文化を保存せよとばかりに、劇場の購入を夫にねだり買い上げる。夫は、芸術など全く関心がなく、事業の資金繰りのために彼女に劇場を買い与える。そして、運営委員会が開かれ、辛口評論家や劇作家などポストを狙う芸術家たちが集められる。彼らは、芸術に群がる文化人でそれぞれが思惑を秘め発言し、会議は収拾せず、カルラは運営委員長として仕切り不能に陥る。
ここに、権力にすり寄る文化人の姿が揶揄(やゆ)される。わが国でいう第三者委員会や有識者の一団と考えてよいだろう。


ヤマ場

テデスキ
(C)2013 Indiana Production Company Srl / Manny Films

 脚本は、前段、後段とまとめられている。前段で人物造型を描き、後段は半年後、2家族の子弟が通う高校のクリスマスイヴ・パーティで事態は急変する。
地元の名門校の栄えあるパーティでは、その年を代表する優秀な生徒に賞が与えられる。ジョヴァンニは、息子マッシが受賞することを期待し出席する。メインテーブルにはジョヴァンニ夫妻、ディーノ夫妻、遅れてセレーナがやってくる。
しかし、自信満々のマッシは賞を逃し、仲間とどこかへ呑みに行き泥酔。父は息子が賞を逃したことに怒り退席。ディーノの妻ロベルタは妊娠中で気分が悪くなり病院へと急行する。
その翌朝のひき逃げ事件捜査で、ジョヴァンニの周辺は騒然とする。警察はマッシの酔っ払い運転とにらみ、同行したセレーナを疑う。
ひき逃げ事件を契機に若い2人に容疑をかけられるが、そこにはラストのドンデン返しが用意されている。巧妙な脚本構成だ。



イタリア社会への怒り

 強欲な拝金主義者と、ひき逃げ事件にオロオロする人間像が前面に押し出される作りで、わずかな希望と無償の善意(ひき逃げ事件に巻き込まれる純真な青年ルカ)が挟み込まれている。救いのない現実であるが、そこにはパオロ・ヴィルズィ監督の、人間の持つ二面性が強調される。
ただし、投資家ジョヴァンニを通し、富裕層へのストレートな嫌悪感が反映され、イタリア社会にまん延する汚職、わいろ、政財官のつるむ経済犯罪に対するヴィルズィ監督の強い怒りが感じられる。
原作は、米国の作家ステファン・アミドンの『Human Capital』で、イタリアを舞台に翻案化されているが、それが不自然でない。このことは、原作の世界がイタリア社会と酷似しているためである。
タイトルの『人間の値打ち』とは、ひき逃げされた人間に対する法的補償額を表し、人間の値打ちは金銭に換算すればこの程度との意味合いをもつ。

 



(文中敬称略)

《了》

10月8日(土)よりBunkamuraル・シネマほか全国順次ロードショー

映像新聞2016年10月3日掲載号より転載

 

 

 

 

中川洋吉・映画評論家