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『東京国際映画祭2016』(後)
今年も際立ったアジア作品の面白さ
各国の映画に根強いファン層

 「東京国際映画祭」(以下TIFF)で、設立以来根強い人気を誇るのが、コンペティション部門以外のアジア映画だ。この部門で驚かされるのは、各国の映画にそれぞれマニア的とも言えるファン層を抱えていることである。韓国映画、香港映画愛好家を先頭にアジアに注目するファンは増えている。TIFFでのアジア部門は新人中心の「アジアの未来」と「クロスカット アジア」がある。「クロスカット アジア」は毎年異なる国の作品を選出しており、今年はインドネシアであった。この部門は国際交流基金との共催により既に3回目を数えた。じっくりとその国を見せる内容で、特に今年のインドネシア編は興味深かった。


アジアの基地問題

「I America」


 米国は新大統領にトランプを選んだ。彼は安全保障政策の一環として、海外米軍基地の経費削減問題を選挙キャンペーンで大々的に取り上げた。「海外基地で米国は多大な費用負担をしており、守られる国々は応分の負担をすべき」と発言している。
しかし、他国の中に米軍基地を持てること自体、米国の力によるプレゼンスを誇示する絶好の機会であり、逆に土地使用料や環境汚染料を払ってもおかしくない。アジアには米国の軍事基地が幾つもあり、日本にも最大規模である沖縄を筆頭に日本全国に米軍施設が点在する。
基地のある所には、必ず米兵とアジア女性との間の子供の問題があり、これをアメラジアンと呼ぶ。沖縄も同様であるが、テレビ・ドキュメンタリーでは取り上げられず、タブー化の様相を呈している。
「アジアの未来」部門の『I America』(フィリピン)が、この問題に果敢に挑んだ。
物語の主人公、エリカは米軍関係者とフィリピン人女性との間に生まれたが、父親は米国へ去り、幼い娘を抱えた母親がエリカを育てる。これはよくある話で、基地の米国人との間に生まれた子供は、当然ながら父親を知らずに育つ。
父母は恋愛感情から子供を作り、女性はそこに愛を見つけようとする。だが実情は現地妻の関係で、男性は基地の任務が終わるや、さっさと単独で帰国するケースが多い。
主人公のエリカは美しく育ち、フィリピンで暮らす。しかし、自分の父親が誰かについて思い悩む。アメラジアンの孤児たちが一度はぶつかる壁である。
エリカは渡米のためのパスポートとビザを用意し、父親を探す準備を整える。ここで事態が一転し、1人の中年の米国人男性が目の前に現れる。そして彼は、彼女を米国へ連れて帰ることを提案する。2人の間の親子たる確たる証拠はない。ただ、そうあって欲しいとの願望だけだ。
置き去りにされた孤児たちの生き難さが、画面から伝わる。しかし作り手は、単なる可哀想イズムを乗り越え、若い娘が人生の困難に立ち向かう姿をとらえている。
米軍基地の産物であるこの問題は、政治および社会問題へと行き着き、取り上げ難いことは確かであるが、『I America』はその根元を考えさせる貴重な1作である。


「クロスカット アジア」の傑作群

 「クロスカット アジア」(以下ク・ア)部門は実に面白い。これまで、韓流あたりまで来ていたアジア映画ファンが、その面白さにしびれるくらいのパワーがある。
1970年代に香港の武侠(ぶきょう)映画やブルース・リーのアクション映画が日本にも進出し、それまでマイナーと思われたアジア映画が一般に広がり始めた。実際、フランスの映画雑誌「カイエ・デュ・シネマ」が香港映画を取り上げたのも70年代初頭である。
ところが、ブルース・リーを見るならば、オペラやシャンゼリゼの映画館ではなく、エロ、バイオレンスが売りの歓楽街ピガールまで行かねばならなかった。フランスでのアジア映画出発もこの程度であった。しかし、その後のアジア映画の認知度の広がり、現在のアジア映画の盛り上がりへとつながっている。



インドネシアの家庭生活

「Emma' マザー」
(C)Miles Films

 興味深いインドネシア特集
ク・ア部門の今年のオープニング作品『Emma' マザー』の舞台は、大きなKの形で知られるスラウェン島の港町マッカサルである。映画のタイプからいえば、シリアスな家庭劇であり、その内容は深い。ク・ア部門の期待の1作である。
登場人物は港町で貿易や運輸を手広くやる、ある信心深いイスラム一家。家長の父親は厳しく、しかも仕事第一人間。多くの子供を育てる母親は優しく子供に接する。
物語は、母と青春期に達する息子との交流である。原作は、現副大統領ユスフ・カッラの母親の自伝で、生活感の描写にインドネシナそのものを感じさせる。
子供たちは朝早く叩き起こされ、お祈りから1日が始まる。夜は、威厳のある父親を中心とし、家族全員が黙々と食事する。ここで見られる光景は、生活の中に、完璧にイスラム教が入っていることであり、人々はそれを当然のこととして受け入れている。
裕福で敬虔(けいけん)な家族であるが、ある事件から家庭が崩壊する。具体的には、父親が突然第二夫人をめとり、その中心たる父親を失う。それからの食事は、父親抜きとなってしまう。しかし、優しい母親は常に子供たちを愛で包み込む。
イスラム教では一夫多妻制が認められている。元々は闘いが多く、男の数が少なくなるため、未亡人救済のための制度が多妻制の起原と言われる。だが現代では、その制度自体が普通の家庭に亀裂を生み出してしまい、宗教の盲点となっている。
この合法的な愛人制度に苦しめられる女性の目から、インドネシアの家族生活が描かれる。
印象的なシーンは、親類の結婚式に招待される夫婦は、夫が何やかやと理由を付け参加を渋る。それを見て未成年の長男が、母親をエスコートすると申し出る。息子が苦悩する母親に見せるこの義侠(ぎきょう)心に、ホロリとさせられる。さらには、来ないはずの夫が第2夫人を伴い出席するという、母親にとって屈辱的なオチまで付いている。
監督は、インドネシアのエース監督と目されるリリ・リザ。彼は『虹の兵士たち』(2008年)で一躍有名になった、現在46歳の中堅世代である。『虹の兵士たち』は、離島に赴任する若い女性教師と学童たちの心温まる交流を描く、インドネシア版『二十四の瞳』(1954年/木下恵介監督)と言える。



アジア人の優しさ

「ケチュンばあちゃん」
(C)Chang/ZIO Entertainment Inc

 「アジアの未来」部門の『ケチュンばあちゃん』(韓国)もアジア的な善意あふれる作品で、この部門のハイライトである。韓国のある漁村の海女ケチョンが主人公で、孫娘が突然失踪し、12年ぶりに帰郷する。失踪の理由を問いただすことなく、孫娘を一生懸命、面倒を見る老婦人の心根の優しさに胸を打たれる。



「特別上映」部門の三蔵法師

「大唐玄奨」
(C)中国電影股?有限公司

 実在した三蔵法師の仏教経典探しを描く『大唐玄奨』(中国)も、アジア的宗教世界をとらえる渾身の1作である。唐から天竺への6900キロメートルの大旅行を経て、中国へ仏教経典をもたらせた、「西遊記」で知られる三蔵法師こと玄奨法師の、19年にわたる苦難に満ちた旅の物語が映画化されている。
日本仏教の根源は中国にあり、偉大な玄奨法師の努力により教典は中国へ渡り、その後、日本に伝えられ日本仏教の基礎となる。仏教史の観点からも、関心のある人には必見の作品だ。
アジア作品の面白さを満載した今年のTIFFである。その要因として、例えばインドネシア作品に見られるその地の風土が、アジア独特のリズムとともに取り込まれている点が挙げられる。
また、人の絆(きずな)とは、心の優しさに支えられている側面を見出すことができ、その部分で多くの共感や感動が生まれる。
アジア映画の面白さが今年も際立った。




(文中敬称略)

《了》

映像新聞2016年12月12日掲載号より転載

 

 

中川洋吉・映画評論家