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『マイビューティフルガーデン』
さりげなく人生を語る心優しい物語
西欧人独特の強い生き方を示す

 「可愛らしい」というよりは、むしろ「好もしい」若い女性を主人公とする『マイビューティフルガーデン』(以下『ガーデン』)(英国/サイモン・アバウド監督/2016年製作、92分)が公開中である。今や、わが国でも広く知られる「英国式庭園」をモチーフとする、さりげなく人生を語る心優しい物語だ。

ベラ
(C)This Beautiful Fantastic UK Ltd 2016

  人間には、善悪を別にして2面性がある。内気で自分には才能がないとばかりに、積極性を押し殺し生きるが、実は内面の素晴らしさに気付かぬケースがある。また、口うるさい、嫌われ者が、実は心優しい人格の持主であるというケースもある。その2面性を、2人の人物に託し、物語を展開させるのが本作『ガーデン』である。 内気な主人公に、若い女性ベラ(ジェシカ・ブラウン・フィンドレイ)、彼女の隣人の偏屈な老人アルフィー(トム・ウィルキンソン)が正反対の人物として配される。この2人のほかに、図書館に通う、これまた変わった青年ビリー(ジェレミー・アーヴァイン)、アルフィー邸の料理人ヴァ―ノン(アンドリュー・スコット)が登場。サイモン・アバウド監督のオリジナル脚本は、人物の出し入れがうまく、見る者を引き付ける。 舞台はロンドン郊外と覚しき一帯で、ガーデニングを楽しむ人々が住む。一時代前の、のんびりした雰囲気にあふれ、ベラの服装も今では見られないクラシック調で、これも作品の見どころだ


変わり者のお嬢さん

アルフィーとヴァ―ノン
(C)This Beautiful Fantastic UK Ltd 2016

 ベラの出自は、おとぎばなしを地で行く奇抜さと、トボケた味わいがある。冒頭、池に鴨が群れ、池の中に浮かぶ女の子を陸に押し上げる。そこに、馬鹿に派手な海水パンツをつけたガリガリの老人が現われ、彼女を拾う。その捨て子がベラである。
長じて、彼女は郊外の庭付き一軒家を借り、そこから市内の図書館へ通う。いわゆる図書館司書である。ベラは大変几帳面(きちょうめん)な性格で、物事すべてがきちんと配列されていないと気が済まない。
異常な潔癖症な彼女は、予測不能なものを嫌う。その例が庭の植物であり、触るのも嫌いで、せっかくの庭も荒れ放題だ。隣家の口うるさい老人アルフィーの、これぞ「イングリッシュガーデン」と言える庭とは好対照である。
彼女のこだわりの強さとして、洗面所には曜日ごとに歯ブラシが整えられている。その後の朝食風景が珍品である。時間はきっかり6時30分、盛り付けられる朝食は、見事なまでの幾何学模様で、整理整頓の極致である。
しかし、勤務先の図書館では、遅刻の常習犯。6時30分に朝食を取る彼女が、何故9時の仕事開始に間に合わないのかが不思議。


隣家のアルフィー

心和む2人
(C)This Beautiful Fantastic UK Ltd 2016


 塀を一つへだて、アルフィー宅がある。こちらの庭はきちんと手が入り、四季の花が咲き乱れ、絵に描いたようなイングリッシュガーデンだ。庭の主はいつも不機嫌で、料理人やお抱え医者に嫌味を並べる、憎まれ者のアルフィー。なぜ、いつも不機嫌なのか、理由はラストで分かる。
ロンドンの住人は天気が悪いせいか、一般的に不機嫌との説があるが、アルフィーにはほかに訳がありそう。この彼、資産家らしく、料理人ヴァ―ノンを雇っている。彼はいつもご主人さまから怒鳴られ放しで、不機嫌な毎日。戦前のロンドンの富裕層には料理人を雇うしきたりがあったのだろう、時代色が良く出ている。


2人の遭遇

庭で悪戦苦闘のベラ
(C)This Beautiful Fantastic UK Ltd 2016

 脚本構成上、ここまでが第1部であり、本格的な物語の展開は次の第2部から始まる。
ベラとアルフィーの遭遇は、大家からの苦情から始まる。あまりに雑然とした庭の様子に怒る大家が、「1ケ月以内に元のように庭を修復しなければ退去させる」とベラに通告する。
ガーデニングに全く素養のないベラは、まず伸び放題の枝や草の除去に取り掛かるが、これが大変な労働。アルフィーは塀越しに、面白そうにこの重労働を眺めている。
困り果てる彼女の元に、ある日小包が突然届く。開けてみると、1冊のガーデニング本。天の助けとばかりに本に飛びつき、熱心に読み、ガーデニングのイロハを知る。おかげで、何をどのようにするかをのみ込み、作業は順調にはかどる。
アルフィーはいつもあれこれ指示し、ベラにとり面白くない。しかし、その指図は的を射ており、彼に従わざるを得ない。
彼は、仕事の手順、季節で変わる花の名を伝授する。彼女にとり全く知らぬ沢山の花である。そして、期限ギリギリに庭の修復は完成、家から追い出されずにすむ。



職場でのベラ

アルフィー邸での2人
(C)This Beautiful Fantastic UK Ltd 2016

 人と付き合うことが苦手なベラは、仕事に関しては遅刻魔で、常に上司からお目玉をくらうが、仕事に関しては優秀で、本探しが得意である。
この図書館に、一風変わった1人の青年があわただしく飛び込み、中世イタリア美術の書籍をリクエスト、それにピタッと応じるベラの見事な仕事ぶり。この青年ビリーは「機械仕掛けの空飛ぶ鳥」を製作する発明狂で、ダヴィンチの飛行器具発明の資料を探しに来た様子だ。
ビリーは、いつもバタバタし、平気で館内で飲食をする困った男。そんな彼の重なる来館で、ベラは心を通わせ始める。彼はベラを夕食に誘うと、「是非とも」と嬉しそうに快諾し、青年の求めに応え、ベラは自身の童話の一節を聞かせる。彼女は童話作家志望なのだ。



料理人ヴァ―ノン

図書館でのベラ
(C)This Beautiful Fantastic UK Ltd 2016

 アルフィーの専属料理人ヴァ―ノンは、口うるさいご主人に毒づかれ、嫌味を言われながらも、ほかに仕事もなく、コキ使われる。少し頼りないが大変な法律知識の持ち主で、法学部中退なのかも知れないが、作中では彼の個人生活について詳しく触れられていない。
アルフィーのご主人面に愛想をつかしたヴァ―ノンは、ある朝、朝食作りにベラの所にやってくる。料理人に逃げられたアルフィーは、「彼を返せ」と自宅や職場の図書館へ押し掛ける。ヴァ―ノンはアルフィーへ仕える気は既にない。
怒り心頭のご主人は、彼に解雇を告げる。すると、とっさにベラが「私が雇う」と義侠心(ぎきょうしん)を見せる。内気な彼女にとり珍しい行動だ。
ヴァ―ノンは、アルフィーを気の毒に思い、ベラと彼の2人分の食事を担当し、それを機会に3人は何となく和気あいあいの間柄となる。


4人のアンサンブル

アルフィー
(C)This Beautiful Fantastic UK Ltd 2016

  4人の人物が肝胆相照らす構成
ベラ、アルフィー、ビリー、ヴァ―ノンの4人が室内楽のように、それぞれのパートを奏で物語は進展する。偏屈なアルフィーは最愛の妻を失ったことを告白、ビリーとベラは恋に落ち――とそれぞれの登場人物が肝胆(かんたん)相照らす構成が出来上がる。



人生とは

童話を読み聞かせるベラ
(C)This Beautiful Fantastic UK Ltd 2016

 本作のメッセージは、人はそれぞれ困難に見舞われるが、その時は「逃げずに立ち向え」とアルフィーに言わせる。人生において、必要な時は、正面から受け止める生き方の勧めである。この勧めが、作品にすがすがしい感動をもたらせている。ここに西欧人独特の、逃げず、黙さずの強い生き方が示される。
主役のベラの人物造型が作品の魅力を増している。内気で几帳面で、異常な潔癖症の彼女、世間体や色恋には無頓着、しかし地頭は良いという設定は、これから新たな人生に勇気をもって一歩踏み込む、女性像が爽やかに描かれている。気分良く鑑賞できる1作だ。




(文中敬称略)

《了》

2017年4月8日(土)よりシネスイッチ銀座ほか全国順次ロードショー

映像新聞2017年4月17日掲載号より転載

 

 

中川洋吉・映画評論家