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『僕とカミンスキーの旅』
引退した盲目の画家のその後を探る
短いエピソードの構成が成功

 ドイツから、かなりクセのあるロードムービー『僕とカミンスキーの旅』(以下『カミンスキー』)(ヴォルフガング・ベッカー監督/ドイツ・ベルギー製作/2015年製作、123分)がやってくる。カミンスキーとは、1960年代のニューヨークにおけるポップアートで名をはせた画家で、アンディ・ウォーホルなどとの交友でも知られるという設定だ。

  ニューヨークを中心とするポップアートは、これまでの芸術に反旗を翻す運動であり、1950年代に英国・ロンドンで発生し、60年代の米国で発展する。大量消費や大衆文化に根差す、資本主義的な芸術運動と言われるが、キワモノ的側面も見られる。 本作の主人公マヌエル・カミンスキーは、この60年代に脚光を浴びた盲目の画家という設定。盲目の天才ということで神秘のべールに包まれていたが、全盛期に突然引退し、神話的存在となる。このあたりも、広告的手法を用いるポップアートのにおいを感じさせる。カミンスキーは、本当は目が見えていたのではないかとの疑問が、見る者を最後まで引き付ける。


野心的青年

カミンスキー(右)とゼバスティアン(左)
(C)2015 X Filme Creative Pool GmbH / ED Productions Sprl / WDR / Arte / Potemkino / ARRI MEDIA

  青年と老大家による珍道中
『僕とカミンスキーの旅』は、この隠遁(いんとん)する老大家のその後を探り、一旗あげたい一発屋の野心あふれる美術評論家、ゼバスティアン(ダニエル・ブリュール)と、老大家(イエスパー・クリステンセン)がともに旅するロードムービーである。
片や31歳の若き青年、片や世の中を知り尽くす85歳の老人とのコンビは、2人の性格、感性、世代間の違いで、作品自体をもたせている。ゼバスティアンは伝記のネタ獲りのために、小型録音機を片手に"敵地"へ乗り込む。


門前払い

カミンスキー邸のディナー
(C)2015 X Filme Creative Pool GmbH / ED Productions Sprl / WDR / Arte / Potemkino / ARRI MEDIA


 青年の野望を描くのがメインで、その背景には当時の社会現象となったポップアートがあるが、作品は全く触れていない。青年の金と名声への憧れ、上昇志向の強さに焦点を合わせる作りで、好漢タイプのブリュールを、いささか柄の悪いジャーナリスト風の人物と設定している。
彼はスイスの山奥の一軒家で隠居生活を送る老大家を訪れる。いわゆる突撃取材であり、断わられても何度も何度も押す、厚かましいジャーナリスト精神をゼバスティアンは発揮する。
最初の取材で、ばかに高飛車な中年の娘や、底意地の悪そうな中年のお手伝いさんに怪しまれながら、邸内に入り込む。居留守のはずの老大家や招待客でにぎわうサロンで、ちゃっかりとディナー客の1人になり済まし、豪華な夕食をちょうだいするという、ずうずうしい行動に出る。
老大家とのインタビューは不首尾で、翌日、改めて訪問し、不機嫌な老人に相対する。これも内容のないインタビューで、何とか別の方策を立てざるを得ない。
そこで、地元や周囲の人々から仕込んだカミンスキーに関するうわさ話の一つが浮かぶ。死んだとされる老大家の若かりし頃のミューズ(恋人)が存命らしいと気を引くと、意外にも彼はミューズに今一度会いたいと、ゼバスティアンとの旅行の提案を受ける。
青年の作戦はズバリ決まり、老大家の車での旅立ち。ここがロードムービーの出発点となる。アルプスの絶景の山々を眺めながらのドライブ、その美しい景観とは正反対の、彼ら2人の立ち居振舞い。何とも殺風景な光景である。



地下のアトリエ

カミンスキーの娘とゼバスティアン
(C)2015 X Filme Creative Pool GmbH / ED Productions Sprl / WDR / Arte / Potemkino / ARRI MEDIA

 旅立ちの前、好奇心旺盛なゼバスティアンは、娘の留守をこれ幸いとばかり、お手伝いさんに金を握らせ、街へ下りさせる。老大家の地下のアトリエを、邪魔が入らずに彼はゆっくり調べ始める。そこには、大きなキャンバスに描かれる老大家の自画像が保存され、机の引き出しで若いころの手紙の束を発見する。ピカソやマティスのハガキもあり、彼の往時をしのばせる。また、ここで彼は、自画像から老大家の盲目を疑う。



車泥棒

ヒッチハイカーと2人
(C)2015 X Filme Creative Pool GmbH / ED Productions Sprl / WDR / Arte / Potemkino / ARRI MEDIA

 旅に出た2人に降りかかる最初の災難は、老大家がもよおし、沿道のドライブ・インで小用を足している間に、車の乗り逃げに遭う。途中で拾った中年のトボケたヒッチハイカー(レオス・カラックス監督作品の常連であるドゥニ・ラヴァン、奇怪で貧相な持ち味の異形の俳優)の仕業である。車のない2人は、歩きやヒッチハイクで次の宿まで移動せざるを得ない。



傍若無人な老大家

地下アトリエのゼバスティアン
(C)2015 X Filme Creative Pool GmbH / ED Productions Sprl / WDR / Arte / Potemkino / ARRI MEDIA

 宿に到着した老大家は「5つ星」ホテルを注文するが、ゼバスティアンは老大家の目が不自由なところを利用し、でたらめを並べ、何とか部屋に入れる。
真夜中、ゼバスティアンはホテルのフロント係から叩き起こされる。何事かと、眠い目をこすりながら老大家の部屋をのぞくと、彼は若い娼婦を連れ込んでいる。どうやらホテルは娼婦の出入り禁止のようで、彼は老大家の代わりに大目玉をくらう。
足腰がヨロヨロの老人が若い娼婦を連れ込む振舞いに、彼は怒り心頭。老大家はケロッとしている。その後、2人組は常に言い合いを繰り返しながらの道中となる。
老大家はかわいそうな老人を演じ、若いゼバスティアンをアゴで使い、掛かる費用は全部他人に払わす徹底したケチぶり。嫌気がさした彼は、伝記製作とインタビューが馬鹿らしくなり始める。


永遠のミューズ

テレーゼ(左)とカミンスキー
(C)2015 X Filme Creative Pool GmbH / ED Productions Sprl / WDR / Arte / Potemkino / ARRI MEDIA

 けんかしながらの旅も、ついに目的地へ到着。永遠のミューズ、テレーゼ(ジェラルディン・チャップリン−喜劇王チャップリンの娘)との数十年振りの再会。
舞台はベルギー北部の海岸の見える一軒家。表から声を掛けると、見知らぬ男性が現われ、気さくに彼らを迎え入れる。サロンの奥には、カミンスキーが再会を心待ちにしていた、テレーゼが掛けている。もう老齢の域に達するかつてのミューズは、カミンスキーを思い出せない。
彼女は老後のために、1人よりは2人で暮らすことを選び、同世代の男性と結婚。その彼は、ゼバスティアンやカミンスキーの脇に、テレーゼと一緒に腰掛けている。彼も認知症気味で。テレーゼに促され、コーヒーを持ってくるはずがケーキを運び、一向にコーヒーが出てこない。
2度結婚した彼女は、子供と孫の話ばかりをし、カミンスキーを昔の夫の名「ミゲル」と呼ぶ。ゼバスティアンとテレーゼの夫が離席した際、一瞬正気に戻り、カミンスキーを思い出すが、それもほんの束の間で、それきり。もう、彼女の中にはカミンスキーは存在しない。
老大家と青年の2人組は、万策尽きた思いでテレーゼ邸を後にするが、別れ際に、「さようなら、ミゲル」と、また昔の夫の名を口にする。ほろ苦い結末だ。



人生とはこんなもの

ラストの海岸での2人
(C)2015 X Filme Creative Pool GmbH / ED Productions Sprl / WDR / Arte / Potemkino / ARRI MEDIA

 最初2人は、ギクシャクの連続で先行きが案じられるが、カミンスキーはすっかり打ち解け、良い仲間同士となる。そして、旅はここまでと、カミンスキーは引退後に描いた、大判の自画像にサインをして彼に贈る。
ゼバスティアンにとり、散々悩まされ続けたカミンスキーとの短い旅行だったが、インタビュー以上のものを得た思いで、今までの取材ノートも録音機も海に捨てる。この行為、彼の再出発の決意の表れと受け取れる。
本作は山場の少ない、若者と老人のロードムービーで、脚本は8部構成。1つひとつのエピソードを短めに配列し、一定の流れを作っている。短いエピソードにかみ合わぬ2人の会話が盛り込まれるが、そこには、ユーモアが醸し出され、試みは成功している。
本作の監督ベッカーと主演のブリュールは、既に快作『グッドバイ・レーニン』(03年)のコンビで世界的に知られている。彼らの12年振りの協働の結果が本作『僕とカミンスキーの旅』で、原作はドイツ人作家ダニエル・ケーマンの長編小説である。



(文中敬称略)

《了》

4月29日(土)、YEBISU GARDEN CINEMA ほか全国順次公開

映像新聞2017年4月24日掲載号より転載

 

中川洋吉・映画評論家