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『追憶』
降旗康男と木村大作の黄金コンビ
歯応えあるミステリー調ドラマ

 ゴールデン・ウィーク封切の映画『追憶』(上映1時間39分)は、日本映画界の巨匠降旗康男監督、名カメラマン・木村大作との黄金コンビによる作品である。タイトルの『追憶』からは、何か甘美な感情を想像させるが、内身は相当に辛口作品である。実際、作品自体はハードなミステリー調ドラマで、しかも文芸的味付けが施されている。

脚本成立の過程

啓太と佑
(C)2017映画「追憶」製作委員会

 『追憶』は原作ものではなく、オリジナル脚本である。脚本家の青島武(代表作『あなたへ』)と滝本智行(代表作『グラスホッパー』〈2015年/監督作品〉、『春を背負って』〈14年/脚本作品〉)の共同脚本として降旗監督の元へ届けられ、彼の手直しを経て東宝で映画化となった。この時点で撮影は木村大作に決まる。
物語は、1つの殺人事件をきっかけに、幼なじみの3人の孤児が刑事、被害者、容疑者というかたちで、25年振りに再会を果たす物語である。


降旗・木村コンビ

子供たちと涼子
(C)2017映画「追憶」製作委員会


 黄金コンビとうたわれる巨匠と名人の出会いは『駅 STATION』(1981年)から始まる。 東映でアクションものを撮る降旗監督は、78年退社後、彼の撮りたい作品を手懸けられるようになる。そして主人公には、寡黙で常に何かに耐えて生きる役柄を得意とする高倉健を起用し、2人は数々の名作を世に送る。
高倉健自身、芝居のうまさで売るより、むしろ内に何かを秘める人物像、芝居をしないタイプの俳優であることが、降旗監督との相性の良さの素となっている。芝居をしないで存在で見せる彼の芸風は、小津安二郎組の原節子と同タイプの役者といえる。     
木村カメラマンは、降旗監督の5歳年下で、東大・仏文出身の同監督と違い、都立蔵前工業高校出身、1958年の撮影所全盛時代に撮影助手として東宝に入社する、たたき上げの職人タイプである。
撮影助手として、当時絶好調の黒沢組に就き、自身の師匠はカメラマンではなく黒澤明監督と公言するほど、彼から多くを学ぶ。東宝撮影所時代、ピント合わせの達人との異名をとり、黒澤監督は彼の技術を高く評価したエピソードがある。



高倉健との出会い

海岸で遊ぶ子供たち
(C)2017映画「追憶」製作委員会

 東映任侠路線のスーパースター、高倉健は1976年に東映を退社、降旗監督は78年に『冬の華』(78年/東映京都)の後退社、そして81年の『駅 STATION』で初コンビを組み、撮影に木村大作が加わる。降旗監督と高倉健は、ほぼ同時期に東映を退社している。
任侠路線から脱皮を目指す高倉健、『新網走番外地』シリーズなどの東映アクション路線から、文芸路線志向へと傾く降旗監督とのコンビ形成は必然とも言える。しかも、技術的サポーター役を果たす、名人木村大作の参加も当然と帰結である。
このトリオは2012年の高倉健の死去により消滅するが、降旗・木村コンビは、高倉健に代り若手世代の男優を抜擢起用するに至る。それが、岡田准一、小栗旬、柄本佑の面々である。



少年時代

啓太と妻
(C)2017映画「追憶」製作委員会

 『追想』は、25年ぶりに再会する兄弟のように育った3人を軸に展開される。この3人組の人物設定が脚本のミソで、脚本の元である青島武と滝本智行の発想が第1の見どころである。
全体の舞台は富山県とし、この地方の景色の美しさをカメラの木村大作がすくい上げている。3人の少年は、能登の岬の古民家の喫茶店「ゆきわりそう」を営む若い女性涼子(安藤サクラ)の下に身を寄せ、仲良く楽しい毎日を送る。3人の少年は皆、親に捨てられ、涼子を母親のように慕う。彼女は少年たちにとり、若く美しい聖母マリアである。
この幸福は、4人が和気あいあいとゲームを楽しむ時に、1人のヤクザ者がズカズカと家に上がり、ゲームのテーブルを蹴飛ばし、乱暴に振舞う時まで続く。
本作でははっきりと触れてないが、このヤクザ者は涼子のパートナーらしい。あまりの乱暴ぶりに少年の1人が刃物片手に男に飛び掛かるが、大人と子供の争い、少年は跳ね飛ばされる。その暴力に腹を据えかねた涼子が、少年の刃物で男を刺し殺す。その時、彼女はとっさに少年たちに向かって「今日から皆、赤の他人になるの。だから、もう2度と会わない。いい?」と厳命する。
彼女は、単独犯として少年たちをかばう配慮で、殺人者として刑に服する。この時点で3人の少年たちはそれぞれの運命を辿らざるを得ず、もう一度親を失う。



25年後

啓太と佑
(C)2017映画「追憶」製作委員会

 成人となった3人は、それぞれ富山在の刑事・四方篤(岡田准一)、同地に住む容疑者・田所啓太(小栗旬)、被害者・川端悟(柄本佑)となる。
田所の事業は順調でオメデタ待ちの妻(木村文乃)のいる身。幸せな家庭生活を送る。一方、川端は東京での事業が思わしくなく、金策に奔走。この彼が富山で殺され、刑事の四方が捜査を担当する。
普通では考えにくい展開が物語性を高めている。


3人3様

常連客の光男
(C)2017映画「追憶」製作委員会

 川端は富山県内の漁港で殺され、四方は容疑をかけられている田所に真相を尋ねるが、彼は黙秘を守る。このことが、四方に田所は何かを知っている感触を抱かせる。しかし、ラストでドンデンがあり、この極め方もうまい。
聖母マリアを思わす涼子は、ほのぼのとした感じが漂い、安藤サクラがこの役柄をうまくこなしている。デビュー当時は「これでまともな芝居が出来るのか、親(奥田瑛二)の七光り」と思わせたが、姉、安藤桃子の監督作品『0.5ミリ』(15年)では、役柄に人間味を載せられる役者に成長し、今後の日本映画界において女優の中心になれる素材との印象を与える。



若手男優

金策に走る佑
(C)2017映画「追憶」製作委員会

 3人の若手俳優を抜擢起用
岡田准一、小栗旬、柄本佑の若手3人が、亡き高倉健の穴を埋めることが降旗・木村コンビの狙いであろう。岡田の刑事の役作りは、少しばかり力みが感じられ、若い刑事が深刻そうに額にしわを寄せる芝居などは、縦社会の警察社会では有り得ないのでなかろうか。「10年早い」感がある。



名人 木村大作

 絵柄に凝る木村大作のカメラは、時として美しすぎると思わせるが、やはり見事の一語に尽きる。圧巻は、能登半島に沈む夕陽であり、息をのむ美しさが目に焼き付く。
木村カメラマンは手持ち撮影も達者で、冒頭の八尾市での町のにぎわいの1人ひとりの顔を追うシーン、「これから一体何が始まるのであろうか」と期待が膨らむ。


一発勝負

 降旗・木村コンビは、テスト1回、本番1回を基本とし、テイクを重ねない。溝口健二監督や増村保造監督のように、役者をへとへとになるほど搾り上げ、その挙句にじみ出る要素を掴む手法と対照的である。このような一発狙いは、役者の力量次第で、本作の比較的若い世代の役者たちの相当な頑張りの結果であろう。
作品的に、降旗監督の「人間の過去を背負いながら厳しい現実を生きる」テーマがはっきり打ち出されている。
最近、アニメやマンガ原作の作品が多い中、久々の歯応えのある作品である。




(文中敬称略)

《了》

5月6日より全国東宝系にてロードショー

映像新聞2017年5月8日掲載号より転載

 

中川洋吉・映画評論家