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『第70回カンヌ国際映画祭』(1)
仏の「BPM」がグランプリ
注目される監督賞のコッポラ作品

 5月17日−28日にフランス・カンヌで開催された「カンヌ国際映画祭」(以下、カンヌ映画祭)は、今年で70周年を迎えた。1946年、終戦直後に産声をあげた同映画祭は、戦後復興の数々の経済的困難に立ち向かいながらの歳月であった。


映画祭の発展

 1983年の新パレスホール建設時までは、国内的行事の色彩が強く、それ以降は徐々に規模を拡大し、今や世界一の映画祭へと大きく発展した。その勢いは、とどまるところを知らない。
70回記念の今年、映画上映はもちろんのこと、さまざまな記念イベントが映画祭と並行し開催された。歴代パルムドール受賞監督のケン・ローチ監督、コスタ・ガブラス監督、カンヌ映画祭史上初の女性監督ジェーン・キャンピオン監督などが記念のソワレ(夜会)で一堂に会し、映画祭を一層盛り上げた。
70周年記念イベント集合写真


物価高

 しかし、ここ10余年前からの物価の急騰は相変わらずで、例えば、2つ星ホテルは通常のバカンス料金が1万円のところ3倍に跳ね上がる。これでもまだ安い方である。このカンヌ市公認の映画祭プライスは一向に下がる気配がない。ホテル、レストランは高く、まさに映画祭様さまの"金の生(な)る木"だ。
これだけの高物価でも、映画祭時期は、目抜き通りの海岸の遊歩道クロワゼットは人であふれ、大変なにぎわいを見せる。このように、カンヌ映画祭は、例えて言うならば、地方区から全国区(あるいは世界区)へと華麗に転身を果した。



既に夏を思わすカンヌ

パレス正面

 本年は気候に恵まれ会期中は好天で、歩くだけで日焼けするほどである。一方、パリはこのカンヌよりも気温が高く、時ならぬにわか雨が見舞う現象が起き、気候変動は当たり前となった。



警備

入場待ちの観客

 英国・マンチェスターのテロ、パリ・シャンゼリゼ通りの警官刺殺などの事件を受け、当然ながら警備が強化された。
カンヌ市内は、屈強な警官が銃を持ち大通りへ入る道の角々で警戒、パレス内部は職員が荷物検査、そこでびん類やワインを没収される人も出る。そして、金属製品のチェックと厳戒態勢で、例年は1週間ほどで緩くなる検査が、今年は最終日まで続く。
このチェックのため、上映開始時間の遅延は日常茶飯事となった。チェック、遅延に対し、苦情やブーイングはほとんど出ず、「テロ対策」の一語の効果はテキメンだ。



不作だったコンペティション部門

 今年のコンペティション部門は、いささか不作である。突出し、強さを持つ作品の少なさ、人間や社会のもつ普遍性を強く訴える意識が希薄なのだ。全体の傾向として、作品自体が平板で訴える力が弱い。
コンペティション19作品中、約1/3が見るに値すると筆者は踏んだ。毎年、日本から出向く筆者の周りの映画関係者や買付の人たちは、枕詞(まくらことば)として「今年はつまらなかった」と口にする。しかし、筆者は今まで、どの作品も相当に面白いと感じ、彼らの枕詞に違和感を覚えていたが、今年は彼らの言う通りとなった。


番狂わせなし

 1/3の作品のみが評価の対象と考えられ、映画業界専門誌「フィルム・フランセ」(フランス)では『BPM』、「スクリーン」(英国)では『ラブレス』が1位であった。特に「フィルム・フランセ」の採点者はフランス人批評家が占め、フランス作品に甘いのには定評があり、今年も例外ではなかった。
さらに言うならば、忘れられた名作が出なかったことである。昨年はケン・ローチ監督の『わたしは、ダニエル・ブレイク』がパルムドールを獲得し、有力視されたダルデンヌ兄弟監督の『午後8時の訪問者』、ペドロ・アルモドバール監督の『ジュリエッタ』が無冠に終わった。このように、毎年、忘れられる名作が必ずといっていいほど出現するが、今年はそれが見られなかった。



苦い青春

『BPM』アデル・エネル(左)

 第2席のグランプリには、フランスの『BPM(ビーツ・パー・ミニット)』(ロバン・カンピヨ監督/原題「120 BATTEMENTS PAR MINUTE」は「脈拍120」の意)が獲得。同作は、エイズ問題を扱う力作。過去に同系列の作品として、パリ下町の荒れる中学教育現場を再現した、2008年のロラン・カンテ監督の『パリ20区、僕たちのクラス』があり、パルムドールを獲得している。カンピヨ監督はカンテ組で脚本と編集を務めた。
物語は、エイズ偏見撲滅運動の若者たちを取り上げている。この組織は1990年に米国で立ち上げられた「ACT UP」のフランス版であり、多くの活動家やエイズ患者、特に若いゲイのカップルを中心に成り立っている。リーダーたる活動家たちも若く、彼らがエイズ患者たちを指導したり、相談に乗っている。
この団体は「ACT UP‐Paris」と呼ばれ、エイズ患者とともに行動する。彼らは偏見をなくすために、行政の該当部門へ乗り込み、自分たちの主張をぶつける。
患者たちの中に、末期の青年が病床に臥(ふ)し苦しみ、死の恐怖におびえきっている。仲間が次々と彼の元を訪れ言葉を交そうとするが、青年はほとんど応答できない。死に行く青年のパートナーは、パジャマの下のペニスを握り、手を動かし始める。平時であれば目を伏せるような光景だが、病人が反応し始めると、大勢の仲間たちは心が通じるような気分となる。生きる最後の性の営みで、生と性が合体する、『BPM』のハイライトである。
カンピヨ監督と本作で共同脚本を担当するのが元「ACT UP」の活動家フィリップ・マンジョである。主演の女性リーダーの1人、アデル・エネル(ダルデンヌ兄弟監督の『午後8時の訪問者』)の存在感は力強く、とても28歳の女性とは思えない。


クリント・イ−ストウッド主演作のリメイク

コッポラ監督(中央)

 注目される作品で、監督賞受賞のソフィア・コッポラ監督(米国)作品『ビガイルド』(フランス語タイトル『餌食』)は、話の面白さで見せ、その展開はなかなかのものである。原作ものであり、1971年に既に映画化されている、ドン・シーゲル監督、クリント・イーストウッド主演の『白い肌の異常な夜』のリメイクだ。
時代は南北戦争中。負傷したある兵士が、若い女性だけの寄宿舎に運び込まれる。兵士(コリン・ファレル)は彼女たちに手厚く看護され、徐々に回復する。その彼を巡り女性たちの間にさざ波が起こり、平静な生活が彼女たちの確執や嫉妬(しっと)で、とげとげしく変化し始める。
ほぼ回復した兵士は、閉じ込められている生活に不満を覚え、寮長(ニコル・キッドマン)はじめ皆に当たり散らすようになるが、階段から滑り落ち死亡する。思わぬ事態の発生に寮生はオロオロするが、寮長は冷徹な判断をする。普通では考えられぬ発想であり、見る側はあっ気に取られる。
南部の美しい景色を背景に、規律の厳しい寮生活を送る若い女性たちは、善意の人々だが、1人の男性の出現により、心の均衡が少しずつ崩れ始める。その内面のバランスの揺れの描き方、コッポラ監督のセンスの良さが光る。

受賞結果


パルムドール
「スクエア」(リューベン・オストルンド監督/スウェーデン)
グランプリ 「BPM(ビーツ・パー・ミニット)」(ロバン・カンピヨ監督/仏)
監督賞 ソフィア・コッポラ監督(「ビガイルド」)(米)
男優賞 ホアキン・フェニックス(「ユー・ワー・ネバー・リアリー・ヒア」)(米)
女優賞 ダイアン・クルーガー(「イン・ザ・フェイド」)(独)
審査員賞 「ラブレス」(アンドレイ・ズビャギンツェフ監督/露)
脚本賞 ヨルゴス・ランティモスほか(「キリング・オブ・セイクリッド・ディアー」/ギリシャ)
リン・ラムジー(「ユー・ワー・ネバー・リアリー・ヒア」/英)
第70回記念賞 ニコール・キッドマン(米)




(文中敬称略)

《つづく》

映像新聞2017年6月12日掲載号より転載

 

中川洋吉・映画評論家