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『第70回カンヌ国際映画祭』(2)
パルムドールはスウェーデン作品
秀作が集まった「ある視点」部門

 『第70回カンヌ国際映画祭』(以下、カンヌ映画祭)が5月17−28日にフランス・カンヌで開催された。前号に続き、コンペティション部門における注目作品について触れる。

巧まざるユーモア

パルムドールのリューベン・オストルンド監督
(C)八玉企画

  難民問題にユーモアの味付け
第一席のパルムドール(最高賞)は、スウェーデン作品『スクエア』が手にした。表彰式で、檀上に駆け上がり体いっぱいで喜びを表すリューベン・オストルンド監督の立ち居振る舞いは、場内から好感をもって受け止められた。作品自体は、北欧独特の、色で言えば白く、乾いたユーモアが時折顔をのぞかせ、北ヨーロッパで探すなら、フィンランドのアキ・カウリスマキ監督作品に近いであろう。
物語の主人公は著名な美術館の学芸員で、その彼が企画する現代美術展が「スクエア」。大きな広場の中央に位置する、日本風に言えば8畳大の正方形のスペースである。設定から一風変わっている。その彼は出勤途中、何語かわからぬ言語を操る若い女性にまくしたてられる。
ここが、ハナシの発端。見知らぬ女性から大声をあげられ、事情が分からぬ彼は困り果てる。そして、後で気が付くと財布がすられている。以前、パリではやったロマ人のスリの手口と似ており、言語も東ヨーロッパ系とおぼしい。
財布をポケットから抜き取られた彼に、新たな頭痛の種が振り掛かる。ある時、これまた何語か分からぬ言葉を話す1人の少年から、両親の無実の罪を晴らすように迫られる。
難民と思われる少年は無罪の証明を求め、彼の行くところに先回りしてわめき散らす。この2人の言葉の通じぬやり取りが何ともおかしい。難民受け入れに前向き政策をとってきたスウェーデン政府が、近年、世論の反対で難民受け入れを後退させる状況のメタファーとも考えられる。社会問題の提起である。
決して明るいテーマではないが、『スクエア』は平和で多くの移民・難民を受け入れてきたスウェーデンの現状の混乱を示している。今映画祭の異色作であり、ユーモアの味付けが評価された。


イスラム系移民

 フランスのマグレブ人移民(いわゆるアラブ人で、アルジェリア、チュニジア、モロッコから構成される)と並ぶ移民国家ドイツでは、戦後トルコから労働力として受け入れたトルコ人移民問題がある。それぞれの国で根を張り、独自の文化意識(イスラム教)を持ち、彼らもテロ主義者の一派と目されている。
実際は、移民社会のほんの一部がテロに走るだけで、税金を払い普通に生活を営む移民の人々にとっては、迷惑千万な話である。



ドイツの場合

アルモドバル監督(審査委員長)(C)八玉企画

 今年のコンペティション作品の中で力(りき)があり、見逃せない作品が、トルコ移民の2世である、気鋭の監督ファティ・アキン監督の『イン・ザ・フェイド』だ。数々の国際的賞を得ている同監督は、カンヌ映画祭でもペドロ・アルモドバール監督と並び、パルムドールに一番近く位置すると考えられる。
アキン監督は自身の出自であるトルコ移民を通し、ドイツ社会を描くことを本領としている。フランス映画界で現在、一番勢いがあるのは「バール」と呼ばれる移民の3世の若い世代であり、ドイツ映画界では、トルコ移民の子孫であるアキン監督が代表格であろう。

主演女優賞 ダイアン・クルーガー(C)八玉企画

  ドイツ人女優ダイアン・クルーガー(主演女優賞)演じる物語の主人公は、夫と子供を何者かに殺され、復讐を誓う。移民グループの抗争、あるいは、極右団体の介入が匂わされる。ところが作中、実行犯を特定せず、現在のドイツの危ない社会情勢の一端を示すにとどめている。
しかし、社会的テーマを腕力でぐいぐい押すアキン監督の力技とスピード感に、見る者は引き込まれる。日本配給の早々の実現が望まれる作品だ。



「ある視点」部門の傑作群

 メインたるコンペティション部門は不作であったが、サブの「ある視点」部門に秀作が集まった。本来ならば、コンペティション部門が表の顔、「ある視点」部門が裏となる選考が、今年は完全にひっくり返った。
設立当時は本選のくず箱と悪口を叩かれたが、映画祭本体が主催するオフィシャル部門に対抗する、新人監督作品を中心に選考される「監督週間」に対するため、想像力に富んだ作品を中心に選考するようになってから久しい。
そして、今年のように内容的にメインを凌駕(りょうが)する作品群が集められる年が出現した。映画祭自体の選考の基準が明快ではなく、場当たり的な印象を受ける。



真のパルムドール

「ある視点」部門 「誠実な人」

 「ある視点」部門18本の中で、5つの賞が与えられる。最優秀賞はイランのモハマンド・ラズーロフ監督の『誠実な人』(原題直訳)である。本作、部門の中でも群を抜く出来栄えで他を圧した。イランの田舎で妻子と暮らす養魚業を営む男性が主人公で、その彼の孤立無援の闘いを描くもの。
隣接する工場が拡大のため、彼の養魚場に目を付けるが、彼は断固拒否。工場側の意を受けた村の有力者が陰に陽に彼に圧力を掛け、銀行の融資もストップ。彼は完全孤立で、故郷を捨てざるを得ない。
たった1人での巨大資本との対決、家族間の激しい議論、見て見ぬふりをする隣人たちと、1人の男性が貧困のふちに立たされる経緯が胸を衝(つ)く。
物語では、普通の人々の上に、いつ振り掛かってもおかしくない困難な状況が設定されている。人間社会の負の営みの残酷さと、それに対峙する男とその家族の苦難に満ちた有様を、力強く描写する傑作である。
ラズーロフ監督は、反体制作家として6年の刑を受け、20年の製作禁止を受ける身でありながら、本作をカンヌに出品。過去にも何本もカンヌに選ばれるほどの大物でありながら、困難な映画作りに挑戦している。今年の映画祭の最大の収穫。


生きること

「フォルチュナータ」

 「ある視点」部門で、もう1本見るべき作品を挙げる。イタリアの男優で、最近は監督もこなすセルジオ・カステリート監督の『フォルチュナータ』で、主演のジャスミン・トリンカが女優賞を獲得した。
物語は、地方の出張美容師が、恋愛と仕事にまい進する姿を描くもので、イタリア映画独特の強い個性と逞(たくま)しさ、そして、主演のトリンカの体当たり演技と、負を正に変えるパワーが魅力的な作品だ。


日本作品

「光」記者会見(C)八玉企画

 日本作品は、コンペティション部門に河P直美監督の『光』、「ある視点」部門に黒沢清監督の『散歩する侵略者』が選ばれたが、自分の言いたいことは「これ」と強く押し出すパワーに欠け、鮮度にも欠けていた。日本にはこれ以上の作品があるだけに、安易な選考と思われる。



三池崇史監督

  ノン・コンペティションの三池崇史監督の『無限の住人』は、荒唐無稽を極める時代劇で、これは痛快。三池調炸裂で彼の面目躍如といったところだ。

 





「Oh Luchy」寺島しのぶ

  ほかに、批評家週間の新人、平柳敦子監督の『Oh Luchy』が選考された。筋は米国へ留学する日本人女性の米国での奮闘記で、なかなか笑わせる。物語の発想が良く、主演の寺島しのぶのとぼけた味わいが色を添えた。
日本人が賞を取りにくい「シネフォンダシオン」(学生部門)は、井樫彩監督の『溶ける』が選考されたが、今後の彼女の作品を見なければ、才能うんぬんは言い難い。


社会的底流の深層化

 コンペティション部門を見る限り、作品が全体的に地味で暗い。難民、移民問題でも、個々の作品がメインテーマとして採り上げるのではなく、既に難題が一般化し、底流として描かれ、そのことは事態の一層の深層化を表している。
映画とは時代の証人であるが、今回も、その事実を痛感させられた。



審査員


審査委員長
ペドロ・アルモドバール監督(スペイン)
審査員 マーレン・アーデ(監督・脚本家・プロデューサー/独)
ジェシカ・チャステイン(女優・プロデューサー/米)
ファン・ビンビン(女優・プロデューサー/中国)
アニエス・ジャウイ(女優・脚本家・監督・歌手/仏)
パク・チャヌク(監督・脚本家・プロデューサー/韓)
ウィル・スミス(男優・プロデューサー・ミュージシャン/米)
パオロ・ソレンティーノ(監督・脚本家/伊)
ガブリエル・ヤレッド(映画作曲家/仏)




(文中敬称略)

《了》

映像新聞2017年6月19日掲載号より転載

 

中川洋吉・映画評論家