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『バジュランギおじさんと、小さな迷子』
ロードムービースタイルのインド映画
インパクトある歌と踊りと風景

 インドから、気のいい男性と幼女の愛あふれるロード・ムービーが登場する。作品は『バジュランギおじさんと、小さな迷子』(2015年/カビール・カーン監督、インド作品=ヒンディー語、159分)である。最近のインド映画は方向性が変化しており、ホームコメディ風の作品が日本でも紹介されている。だが本作はロードムービースタイルに、インド映画お得意の歌と踊りがふんだんに盛り込まれ、娯楽作品とし、いわゆる見せる映画に仕上がっている。

 インド映画は、通称「ボリウッド」と呼ばれている。これは、インド映画の中心地であるムンバイの旧称「ボンベイ」と米国の「ハリウッド」を合わせた造語で、インド映画の呼称として定着している。
 インドの総人口は13億人を超え、映画人口は2億20万人、製作本数は1903本と、大変な映画大国だ。映画スクリーン数は2015で、平均入場料は104円と信じられない安さである。この額、インドには映画の統計数字を扱う機関がなく推定と思える。日本にも映画官庁はなく、統計資料は大手映画会社の団体「映画製作者連盟(映連)」の資料に頼っている。
  インドの農村部は娯楽が少なく、いまだに映画は娯楽の王様で、彼らが主たる映画産業の観客層である。この層の好みの作品が、いわゆる「マサラ・ムービー」と呼ばれる徹底した娯楽作品で、観客は劇中の歌と踊りに酔いしれる。
  そのため、作品自体が長くなければ観客は納得しない。日本の場合、戦後しばらくの間、3本立て興行が多かったが、同じ現象といえる。本作も2時間半の長尺である。しかし現在、大都市部では生活自体が忙しくなり、映画の尺数(上映時間)は短くなっているようだ。

シャヒーダー(左)とパワン(右)
(C)Eros International all rights reserved (C)SKF all rights reserved ※以下同様

ラスィカー

パワン(中央)

パワン(右)とラスィカー(左)

祭りのパワン

カシミール地方を行く

カシミール地方を行く

デリー市内

作品の構成

 シナリオの組み立て方はシンプルで、2本の太い柱から成り、1本目はヒンドゥー教、もう1本はイスラム教である。
 それぞれの柱の上にヒンドゥー教徒である主人公のパワン(サルマン・カーン)、もう1本にイスラム教の幼女シャヒーダー(ハルシャーリー・マルホートラ)が、そしてパワンの横に婚約者のラスィカー(カリーナ・カプール)が乗り、人間関係を分かりやすくしている。このやり方は物語の難解さを避け、観客を引き付ける要素ともなっている。  
  


役柄の設定

 主演のサルマン・カーンは、ボリウッド映画界「3大カーン」の1人とされ、絶大な人気を誇る。アクションはもとより、歌も踊りもうまい、ドル箱スターである。代表作は『タイガー〜伝説のスパイ』(12年)がある。
 本作の主人公のパワンは、従来のアクションで見せるスーパースターではなく、人情深く真正直でお人好しの役どころ。ここでもサルマン・カーンの踊りは冴(さ)える。
その婚約者ラスィカーを演じるカリーナ・カプールは、ボリウッド界の代表的女優(代表作は『きっと、うまくいく』〈09年〉)。今回は、裕福な家庭の子女で教師という役に扮(ふん)している。
 シャヒーダーを演じる子役のハルシャーリー・マルホートラは、5000人のオーディションを突破した、愛くるしい幼女である。シャヒーダーは、生まれつきのろうあ者で、口がきけないハンディキャップの持ち主だ。



因縁の対決

 ヒンドゥー教のインドと、イスラム教のパキスタンは相いれぬ仲で、過去に多くのもめ事を起してきた宿命の仲。この2国に翻弄される主人公パワンとシャヒーダー、2人の心温まるつながりが物語の大きなバックボーンとなっている。


迷子

 国境を越えた2人の結び付き
 冒頭場面は、絵はがきのような山の風景が現れる。冠雪の山並みと、緑の高原。そこの一軒家の前庭では、ファミリーの一団が熱心にクリケットのテレビ中継に見入り、得点するたびに、歓声が湧き上がる。その時、テレビを観戦していた若い女性の1人が陣痛を訴える。
 時が経ち、立派に成長した愛くるしい少女シャヒーダーは6歳となっている。
彼女の周囲は、インドのデリーで願掛けをしたら治るだろうと、母親とともに国境を渡りデリーへと赴く。帰路、シャヒーダーは列車の一時停止の時に外へ出たが、発車の合図が聞こえず置き去りになる。
 ここから物語は回転しだす。シャヒーダーが最初に出会ったのが、ヒンドゥー教の熱心な信者で人のいい青年パワンであった。街はお祭りの最中で、踊りの前列中央に彼がいる。歌って、踊ってのマサラ・ムービーの乗りである。
 踊りが終わって食事中のパワンをじっと見つめる幼女、心優しいパワンは、多分空腹だろうと察し、彼女に食事をとらせる。それが縁となり、パワンはシャヒーダーを連れ歩くことになる。

  一方、パワンはバスの中で知り合った美人の教師ラスィカーと親しくなり、彼は彼女の家に出入りするようになる。しかし、シャヒーダーをどのように扱ってよいのか、周囲は良い知恵が浮かばない。
 分かっているのは、クリケットでパキスタンを応援したこと、ラスィカー宅はヒンドゥー教徒で食事は菜食だが、幼女はイスラム教徒で肉食(除豚肉)。年齢は指で6を示し、6歳であることが判明するが、出身地、両親については皆目見当がつかない。
 警察に行くが全く相手にされない。次に旅行代理店に寄り相談した結果、賄賂(わいろ)を渡して国境を越えることを提案され、金を払う。ところが、この業者はかわいいシャヒーダーを売春宿に売り飛ばそうとして、すんでのところでパワンが助け出す。そこで彼は自力で彼女を故郷へ連れ帰る決心をし、700Km行程のロード・ムービーが始まる。
 ここから盛りだくさんのエピソードが挟み込まれる。おんぼろ車の故障、地下トンネルからのパキスタン領土への潜り込み。そして、貨物トラックの荷台に乗ったり、パキスタン警察からインド人スパイの国内潜伏を疑われたり、数多くの面倒が2人に降りかかる。



シンプルな構成に彩り

 苦難の旅でも、インドとパキスタンの国境付近に広がるカシミールの山岳地帯、ラジャスタンのタール砂漠の夕焼けなど、美しい景色が次々と現われ、2人の疲れを癒やす。この風景のインサートも本作の脇役で、その美しさは、今までのインド観光の常識を覆すほどのインパクトがある。
 歌と踊りの華やかさに加え、ラストでのイスラム教廟(びょう)の前における、パンチの効いたパキスタンの迫力十分の宗教音楽は、目を見張るものがある。それはシンプルな構成のロード・ムービーを彩り、作品を盛り上げる。作中、音楽も立派な脇役であり、場面と場面のつなぎにナレーション代わりの音楽が入り、退屈させない。
 これは、演出の狙いである。本作、世界興行成績でインド映画歴代第3位であることもうなずける。
 このように、見せる工夫をこらす、徹底した娯楽志向は、映画の持つ特性の1つである。また、時折、顔を出すインドとパキスタンの対立関係だが、直接、画面には現われぬものの、この両国に関して触れねばならぬ事柄であり、ちらりと見せてくれる。
この作品は国境を越えた2人の人間の結び付きを描き、対立関係にある両国の明るい将来に期待を寄せている感がある。見て楽しいインド映画だ。





(文中敬称略)

《了》

1月18日から全国順次ロードショー

映像新聞2019年1月14日掲載号より転載

中川洋吉・映画評論家