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『ザ・プレイス 運命の交差点』
カフェで相談者の依頼を受ける謎の男
計算された構成の威力に息をのむ

 少し大げさな言い方だが、驚くべき構成の威力を見せるドラマにお目に掛かった。『エマの瞳』(拙稿3月4日号掲載)とひと味違うイタリア映画『ザ・プレイス 運命の交差点』(パオロ・ジェノヴェーゼ監督、イタリア製作、101分)である。シチュエーションの設定に思わず息をのむ。

 舞台はローマの街角のバール(カフェ)。総ガラス張りにより、表から店の中がよく見える。典型的なイタリア式バールで、オフィス街に位置し、人の出入りが激しい。コーヒー1杯から、ワイン、食事と、どんな客にも対応できる繁盛店だ。撮影に使われたこのバールは、ローマ中を探して、人通りが多い角地をやっと見つけたという。
店の一番奥の席を、1人の初老の「男」(ヴァレリオ・マスタンドレア)が占拠している。傍らにはびっしりと書き込まれたノートを常に置いている。その中身には、相談者の依頼についての資料が書き込まれている。
彼のテーブルに頻繁に人が訪れ、手短に話をしては去る。まるで仕事の打ち合わせのように。カメラは室内にとどまり、周辺の様子は意図的に省かれている。

「男」 (C)2017 Medusa Film SpA . ※以下同様

ザ・プレイス

アンジェラ

一件落着のメモを燃やす「男」

アッズッラ

老婦人マルチェラ

修道女キアラ

ルイージ(右)

ノートに記載する「男」

ルイージ(左)と男

相談の内容

 助言は途方もない無理難題
相談を受ける初老の紳士は、職業、年齢、そして名前すら与えられていない。その「男」は相談者の依頼に対し、途方もない課題を与える。相談の一例だが、修道女キアラ(アルバ・ロルヴァケル)は、「神の存在を再び感じたい」と告げる。すると「男」は、彼女に対し「妊娠せよ」と助言する。
修道女の妊娠とは、俗世界に戻ることを意味する。信仰心の厚いキアラにとり、思いも寄らぬことであり、彼女は頭を抱える。このように、「男」の御託宣(ごたくせん)は人倫にもとり、相談者を困惑の淵へと追い込む。  
  


乗り込む刑事

 相談者の1人目として、いかつい容姿の刑事エットレ(マルコ・ジャリーニ)が、不機嫌な面持ちで登場する。実際は、既に要件についての詳細は話し合い、契約を交わしている。エットレの依頼事は、放蕩(ほうとう)息子の行動を何とかしたいとのこと。「男」の答えは、女性からの「被害届けのもみ消し」である。警察が被害届けに手を付けること自体、"トンデモもの"だ。
「男」の答えは常識を越え、考えも及ばないことばかり。被害届けといっても、何の被害かについての説明は省かれている。ここが脚本の知恵の絞りどころであり、うまいところだ。



老女と爆発物

 
さらにトンデモものとして、老婦人マルチェラ(ジュリア・ラッツァリーニ、舞台出身で85歳の大ベテラン。最近の映画ではナンニ・モレッティ監督の『母よ』〈15年〉で顔を見せている)の依頼は、夫のアルツハイマーを治すことである。
その課題には仰天させられる。「人が多く集まる場所に爆弾を仕掛けろ」であり、テロの勧めである。爆発でアルツハイマーが治るとは到底考えられない。奇想天外な発想であり、どう落としどころを探るかを推理させる脚本の練りが、本作の大きな見どころである。
その上、イタリア映画界は、優れた俳優を輩出することに秀でており、ラッツァリーニのような舞台出身の派手ではない名優が目白押しである。本作では、年季が入った名優の芝居がごまんとあり楽しめる。



盲目の男の願い

 盲目の若いフルヴィオの願いは、「視力を取り戻す」ことである。「男」の指示は「女を犯せ」の一言。乱暴、かつ、味気なさに見る方があきれる。
「男」の出す課題の荒唐無稽(むけい)さと、現実との落差に、現実感が伴わず「ちょっと無理じゃない」と思わせる。しかし、この距離感、人倫にもとる発想に、どのように片を付け収めるかが、作品の見せ場であることを忘れてはならない。



男2人の深刻な悩み

 ガンの病から幼い息子を救いたい中年男ルイージ(ヴィニーチョ・マルキオーニ)の願いに対し、「男」の課題は「幼い少女を殺せ」である。自分の幼い息子を救う手立ては「少女殺し」なのだ。これまた、難問中の難問である。
ガレージで働く独身者のオドアクレ(ロッコ・パパレオ)は、ポスターのピンナップガールと関係を持つことを「男」に相談する。「男」の課題は「見知らぬ少女を守れ」であり、具体性が見えない。




他の無理難題

 既婚の女性アッズッラ(ヴィットリア・プッチーニ)は、「もっと、夫の関心を」と「男」に告げると、「ならば別のカップルを破局させろ」と無理難題。
若い美人マルティーナ(シルヴィア・ダミーコ)は「もっと美人になりたい」と願い、「男」は「強盗をやれ」と即答。意表を衝く課題に驚く彼女。そして、バールで「男」の一部始終を見て興味を覚える、ウェイトレスのアンジェラ(サブリーナ・フェリッリ)は、大柄で派手な美人。彼女も「男」の素性を知りたくてウズウズし、仕事が終わる深夜に話し掛けるが「男」は乗ってこない。
それぞれの相談者は犯罪的な課題が与えられ、それにどのように対処するのか、話は佳境に入る。





それぞれの解決策

 犯罪的課題をこなすために、相談者は命を削る思いをする。
爆弾を人の集まる所へ置く課題を負わされる老婦人マルチェラは、爆弾を用意しながらも迷いに迷う。最終的結論は、個人の欲望のために大勢の人を殺せないと悟り、「男」に面と向かい「あなたのことが嫌いで、嫌いでたまらなかった」と言葉を残しバールを立ち去る。
盲目のフルヴィオは、偶然キアラと知り合い、彼女に子供を産ます。そして、キアラは犯されることにより、再び神の存在を感じ1人で生きる決心をする。人間らしい身の処し方だ。生まれた子供は里子に出す選択肢も考えている。
刑事のエットッレの悩みである放蕩息子による犯罪は、何とか周囲に知られぬように腐心し、女性からの被害届けも握りつぶす。その女性こそ、夫の関心をもっと引きたいアッズッラである。課題は、幸福なカップルを破局に追い込むことであったが、不倫を持ち掛けた相手に振られ、狙われたカップルは無事で、夫とも仲直りし一件落着。
このように相談者同士が、どこかでつながりを持つところに話のうまさがある。その典型がルイージの「幼い少女を殺せ」と、オドアクレの「見知らぬ少女を守れ」の課題である。幼い少女と見知らぬ少女とは同一人物で、ルイージはひき逃げを失敗し、それをオドアクレが目撃。それにより、2つの課題は少しいびつながら果される。このひねりのすごさには感心する。
強盗の課題を突き付けられる「美人になりたい」志向のマルティーナは、アレックスという薬(ヤク)の売人と親しくなり、2人で強盗をする手はずになる。だが、ある時アレックスは、長年不仲だった父親との和解の話がつき、強盗計画は雲散霧消となる。めでたい結果だ。
物語の原作は、米テレビドラマ『The Booth−欲望を喰う男』(11年)で、脚本のうまさと構築の良さで定評のある米国作品だ。それを、イタリア風に翻案し、極め付けのうまい役者を配し、翻案ながら自家薬籠中(やくろうちゅう)の物とするイタリア化。人間の息遣いが濃厚に伝わる、無類に成功した脚色ものである。
1つのセットから9つのドラマがラストでつながる様(さま)は、見事としか言いようがない。
人間の欲望は、数々の試練を経て成就されるとするメッセージの感触が楽しめる。傑作である。








(文中敬称略)

《了》

4月5日からヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー

映像新聞2019年3月25日掲載号より転載

 

 

中川洋吉・映画評論家