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『ドイツ映画祭2019が開催』
世界各国の映画祭で高い評価
人々の生き様に目を向けた作品群

 「ドイツ映画祭『HORIZONTE 2019』」(ホリゾンテ=地平線)が3月8−15日の8日間、東京・渋谷のユーロスペースで開かれた。この映画祭で上映された作品は、世界各国の映画祭で入賞し、高く評価されたものを中心に選考されている。

 東京・赤坂(カナダ大使館横)にあるドイツ文化普及を目的とする「ゲーテ・インスティテュート東京」が主催する同映画祭は、German Filmsとユーロスペースの協力のもと実施される。第1回は2002年に催された。その後、主催者が変更になったり、会場が変わったりと紆余曲折がありながらも、ドイツ映画の普及に努めてきた。
日本でのヨーロッパ映画への関心度は、戦前の方が高かった。戦後1970年代辺りから観客減が始まり、邦画、米国映画に押されている。
わが国でのヨーロッパ映画は、アート系館での上映が中心となり興行性は弱い。そのヨーロッパ映画の復権への試みが、3月のドイツ映画祭、4月末からのイタリア映画祭、そして6月のフランス映画祭であり、それぞれの国の映画普及の一助を担っている。
ドイツ映画祭は、ゲーテ・インスティテュート東京の開催から始まり、一時は朝日新聞と共催し、有楽町・朝日ホールで3年ほど開催された。しかし、黒字化一歩手間であったものの、当時、赤字削減対策に躍起となっていた朝日新聞が共催を降りる。
その結果、ゲーテ・インスティテュートはGerman Filmsの協力のもと、渋谷のアート系館ユーロスペースを会場とし、ドイツ映画祭を続行している。
今年は8本の劇映画と2本のドキュメンタリーが上映された。同時に、来日した監督・俳優によるトークやディスカッションも開かれた。

「ロミー・シュナイダー〜その光と影〜」  (C)Peter Hartwig, Rohfilm Factory

「希望の灯り」 (C)Sommerhaus Filmproduktion

「ソーシャルメディアの"掃除屋"たち」 (C) gebrueder beetz filmproduktion

「マニフェスト」 (C)Julian Rosefeldt and VG Bild-Kunst

「プチ・ブルの犬」 (C)GRANDFILM

「父から息子へ〜戦火の国より〜」 (C)BASISBERLIN

「僕たちは希望という名の列車に乗った」 (C)Studiocanal GmbH Julia Terjung

「未来を乗り換えた男」 (C)Piffl Medien

蘇る大女優

 ドイツの大女優ロミー・シュナイダー(以下ロミー/正確にはオーストリア・ウィーン生まれ)のドキュ・フィクション『ロミー・シュナイダー 〜その光と影〜』がオープニングを飾った。
1938年生まれのロミーは、14歳にして『プリンセス・シシー』3部作(55−57年)で国民的アイドルとなる。しかし、シシー役からの脱皮を図るため、アラン・ドロンとの共演作『恋愛三昧』(58年)を機に活動の場をフランスに移し、フランス女優として活躍する。ドイツ人のアイドル『シシー』を捨てた彼女に対し、母国では裏切り者と呼ばれた。
70年代のフランス映画界での彼女は、まさにトップ女優と評価され『夕なぎ』(72年/クロード・ソテ監督)、『追想』(73年/ロベール・アンリコ監督)、『サン・スーシーの女』(82年/ジャック・ルッフィオ監督)などの代表作がある。
しかし、息子の死、神経症、薬物中毒と、身体的には満身創痍であり、82年に没する。その彼女が死の直前である81年に、ドイツの雑誌『シュテルン』とのインタビューをドキュメンタリースタイルで再現した。それが本映画祭上映作品である。
主演のロミーを演じるのがマリー・ポイマー。彼女は生前のロミーに酷似し、よくもこれだけの役者を探したものと、思わず感心してしまう。
インタビューでのロミーは、息子ダビッドの事故死の後であり、心身ともに疲れ切った状態だが、鋭く斬り込むドイツ人記者の質問には率直に答えている。最初の恋人であり、最期には葬式を取り仕切ったアラン・ドロンのこと、『シシー』時代に、莫大な出演料を投資に使い込む実母と継父のエピソードなど。
フランスでは10冊以上のロミー本が刊行されている。ドイツでは、ミヒャエル・ユルクス版が有名であるが冊数は少ない。このユルクス版に沿い事実関係が構築され、ロミーものとしては、実物に近い著作と思われる。43歳で没した彼女の波乱に満ちた人生の一面が良く表現され、物語としても面白い。  
  


平凡な日常

 4月5日から日本でも劇場公開されている『希望の灯り(あかり)』は、ドイツの中堅監督トーマス・ステューバー作品で、現代ドイツの人々の平凡な日常を描き、その中で、これが人生と信じ込む毎日の生活感が作品の芯(しん)となり、起伏の少ない筋立てが特徴となっている。
旧東ドイツの巨大スーパーで、深夜働く主人公男性とその周辺が描かれ、大した希望もなく、毎日を送る人間の何気ないありさまが優しく写し取られている。普通の存在こそ、案外、貴重なものではないかと、見る者に問いかけている。小品ながら見て損はない。



すべてからの自由

 
平凡な毎日とは対照的なのが『明日吹く風』で、新人監督ユリアン・ベルクセンの長編デビュー作。
主人公のある中年男、彼についての説明は省かれている。無一文の彼は、他人の結婚式や葬式に参加しては食事にありついたり、1本のたばこをねだったりの毎日。
そして高速道路ではヒッチハイクで移動、行く先のあてもなく、行き当たりばったり。すべてを投げ出しての自由な旅を楽しむ。
消費社会やしきたりに背を向け飄々(ひょうひょう)と生きる頼りない男のロードムービーである。このような生き方もあっても悪くないと思わす、オトボケが楽しい。



巨大企業と下請け人

 米国の巨大IT産業への、問題のある投稿をチェックするコンテンツ・モデレーターを扱う物語が『ソーシャルメディアの"掃除屋"たち』だ。
大企業は、マニラを拠点にこの作業を手掛けている。ちょうど、日本企業がアジアを拠点とする形態と同じである。ITの労働者は、単純なチェック作業の過程で、だんだんと精神状態がおかしくなる。そして、被害者たる労働者は廃人労働者に堕ちることを避け、早々に退社する。
人間を消費財化する巨大企業の姿が浮かび上がる。この作業から、フェイク・ニュースやヘイト・コンテンツがネットを通し拡散、扇動される事実がドキュメンタリーの形で写し出されている。ドイツの若い世代の監督(ハンス・ブロック、モーリッツ・リーゼヴィーク)が描く、現代社会への不安が切実さをもって語られる。



異色作品

 日本公開決定作品など10本上映
ハリウッドのオスカー女優、ケイト・ブランシェット主演の『マニフェスト』(ユリアン・ローゼフェルト監督)は、20世紀の芸術の潮流を作り上げた13のマニフェスト運動を、1つずつエピソードとして描く。さまざまなマニフェストが錯綜(さくそう)する手法で描く難解な作品である。
もう1本は『プチ・ブルの犬』(ユリアン・ラードルマイヤ監督)で、これまた『マニフェスト』同様、難解さで見る者を悩ます。冒頭、革命歌、インターナショナルがぶつけられ、のっけから何か革命の匂いがする。しかし、主人公は助成金が下りず、失業中の映画監督。若者の政治的姿勢を模索する、コメディ風作品。





おわりに

 合計10本の上映作品の中で、在独のシリア人映画監督(タラル・デルキ)が描く『父から息子へ〜戦火の国より〜』は、硬質なドキュメンタリーだ。全体的に中堅、若手監督作品が多く、娯楽性よりは、いかに生きるかに焦点を当てる作品群が中心であり、その生真面目さが本映画祭の基調となっている。
既に日本公開決定作品として『希望の灯り』、『僕たちは希望という名の列車に乗った』、『未来を乗り換えた男』などの力作も上映された。





(文中敬称略)

《了》

映像新聞2019年4月22日号より転載

 

中川洋吉・映画評論家