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第20回「東京フィルメックス」
アジア映画の多面性を見せる
大賞はチベット作品が受賞

 年末を飾るアジア映画祭「第20回東京フィルメックス」(以下、フィルメックス)が11月23日から12月1日まで、有楽町朝日ホールを主会場に開催された。財政面では、第1回から支援を受けていた北野武(ビートたけし)の芸能プロから、東京国際映画祭(TIFF)のメイン・スポンサーである木下工務店に変わったが、その後すぐに木下工務店が手を引き、フィルメックス独自の主催となった。どこの映画祭も、このスポンサー問題が一番の難題であるが、フィルメックスも例外ではない。

 
フィルメックスの財政は、年間予算6800万円と公表(具体的数字の公表は大変珍しい)し、プログラムと一緒にサポーター会員募集の振込用紙も挟み込まれ、明朗会計そのものである。大手スポンサーは、見返りがない広告は打つ価値がないと、次々と手を引いているのが現状だ。基本的に、映画祭を長続きさせる秘訣は、行政(国、都、県、市など)からの安定した助成がないと難しい。
例えば、長続きする「山形国際ドキュメンタリー映画祭」、「アジアフォーカス・福岡国際映画祭」は、行政が資金援助をしている。1億円程度の助成、今話題の「桜を見る会」の出資に、ちょっと上乗せした額で成立するのである。米国から戦闘機1機を購入するよりもはるかに安い。わが国の文化的支出への関心の薄さをつくづく感じる。
大企業の有り余る内部留保やもうけ頭の携帯会社から、爪の先ほどの額を協賛してもらうだけで十分なのだ。仏教では「信仰を持たねば、人間はケモノになる」との言葉があるが、文化とて同じことだ。

「熱帯夜」

「気球」

「評決」

「静かな雨」(C)2019「静かな雨」製作委員会/宮下・文芸春秋

「つつんで、ひらいて」(C)2019「つつんで、ひらいて」製作委員会

「波高」(C)Secondwind Film All rights reserved

「春江水暖」

出品作品数

 例年どおり、コンペ部門は10本、特別招待作品は6本(日本配給が決定した作品は4本)、同じく特別招待作品〔フィルメックス・クラシック〕として5本と、こじんまりした作品がそろった。ほかに特集上映として、過去の受賞作品3本、さらに、バリアフリー上映会には、昨年の第19回に「スペシャルメンション」を得た広瀬奈々子監督の『夜明け』が1本加わった。
コンペ部門は例年どおり、ディレクター市山尚三ご贔屓(ひいき)の観客置き去り作品、社会派作品、ヒューマン・ドラマ、そして今年は、日本の新人作品2本が選ばれた。
地政学的配慮にも気配りが効き、カンボシア、フィリピン、チベット(中国)、韓国、インド、シンガポール、マレーシア・ミャンマー、中国、そして日本と、作品が満遍なく網羅され、1つの国に偏らない選考であるが、傑出した作品、映画祭の話題を独占する作品は見られなかった。
興味深いのは特別招待作品スペシャル部門で、アジア映画全体に通じる市山ディレクターの顔を利かせている。特に、フランスのTV番組で世界の監督インタビュー特集の1本『HHH…侯孝賢』(1997年/デジタルリマスター版)は、見るべき作品である。
これは、映画監督が現役の映画監督を撮るというTVシリーズの一環として制作された。今回来日したオリヴィエ・アサイアス監督の質問に対する侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督の応答、そして彼のカラオケの熱唱(これがうまい)と、世界の巨匠の素顔に直接迫る面白さがあった。
日本映画特集では、過去には日本映画の巨匠作品の出品がコンペと並ぶフィルメックスの売りであったが、今回は比較的若い、阪本順治監督(1952年生まれ)の4作品が付け加えられた。
今年でデビュー30周年を迎えた阪本監督の傑作『顔』(2000年)、浪花もの『王手』(1991年)はなく、『KT』(2002年)(金大中大統領の白昼誘拐事件)の選考はせめてもの慰めだった。『この世の外へ クラブ進駐軍』(04年)上映後のQ&Aは観客がまばらで、この大監督に対し気の毒であった。  
  


光るシンガポール作品

 注目すべきシンガポールの若手監督
シンガポールのアンソニー・チェン監督の『熱帯雨』は傑作と呼べる作品だ。チェン監督は、長編デビュー作『イロイロ ぬくもりの記憶』(2013年)でカンヌ国際映画祭において、シンガポール映画界初のカメラドール(新人監督賞)を受賞している。現在35歳の彼は、シンガポールと英国を活動の場としている。彼の作風はアジア独特の土俗的魅力ではなく、もっとモダンなセンスに特徴がある。
物語の主人公、中年に達する、高校で中国語を教える女性教師リン(ヨー・ヤンヤン)は、聡明(そうめい)な中年の美しさが素晴らしい。学校では、出来の悪い少年、ウィルインに中国語の補習をするが、少年は先生に恋をし、2人は男女の仲となる。体面上困り果てるリンと、ボルテージをどんどん上げる教え子の対照が何ともおかしい。
リンは結婚し8年間、待望の赤児(あかご)が授からず、外で愛人を作る夫との仲は冷えきっている。そこに赤児の出産。喜びの声を上げるリン。実にスマートに、事の次第が描かれている。チェン監督作品の完成度の高さは注目すべきところだ。
似たような物語として、フランスのアンドレ・カイアット監督(1909−89年)の『愛のために死す』(70年)がある。1968年の「5月革命」直後を舞台とする、パリの高校で女性教師(当時人気絶頂のアニー・ジラルド)と男子高校生の恋を描き、5月革命の理念たる、男女平等を地で行く実話である。この事件の後、女性教師は自殺したとのこと。



そのほかの作品

 
日本の若手映画作家では、大阪芸大組、女性では西川美和、安藤桃子、タナダユキ、呉美保、ドキュメンタリー作家の纐纈あや、と逸材揃ぞろいだが、ほかに力(りき)のある新人が見られなかった。
その中で、本年は中川龍太郎監督の『静かな雨』は注目すべき1作だ。大学の研究助手とタイ焼き屋の女性との恋を描き、ある日、女性が交通事故により記憶障害に陥る物語。作品自体に流れがあり、独りよがりな作風ではない。29歳のこの若手監督、楽しみである。
フィリピンからの『評決』(レイムンド・リバイ・グディエレス監督)は、同国の司法制度に触れる社会劇で、フィリピン独特のグイグイ押す力強さに見るべきものがある。



トラウマ

 修一は、葉子が放火する時、なぜ現場に顔見知りの刑事が居たのかの疑問を足掛かりに、突破口を開かんと、犯人探しをする。そこで弟の啓二が巻き添えになった、20年前のある放火事件の記憶がよみがえる。いつも修一の体内でブスブスと燃え続ける火種であり、トラウマである。この火種を体内に秘めながら、修一は犯罪者として、警察に代り犯人を追う。
この設定が、従来の横山秀夫の警察ものとの大きな違いである。警察対犯罪者の構図を打ち壊し、犯罪者同士の闘いへと矛先を変える。このあたり、『影踏み』の独自の着想である。



アジア映画とは

 種々のアジア映画祭が催され、それぞれ、その特徴を堅持し、そこがアジア作品の面白さであり、アジアの人々の日常生活、感性が見て取れる。
その中にあり、フィルメックスは、アジア映画の一番硬質な部分を掘り下げ、その伝統は変わらない。日本において、アジア映画の多面性を見せてくれる場であり、観客にとり、そこが楽しみになっている。



受賞作品

グランプリ
ペマツェテン監督『気球』
審査員特別賞 グー・シャオガン監督『春江水暖』
スペシャルメンション ニアン・カヴィッチ監督『昨夜、あなたが微笑んでいた』/
広瀬奈々子監督『つつんで、ひらいて』
観客賞 『静かな雨』







(文中敬称略)

《了》

映像新聞2019年12月16日掲載号より転載

中川洋吉・映画評論家