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『R e d』
女性中心の製作陣が描く禁断の恋
男性中心の価値観に対し反論

 一見、通俗的内容を想起させる、三島由紀子監督の新作『Red』(2020年、123分/タイトルの意味は原作と同じで「誘惑」「危険」を暗に指す)は、監督をはじめ、原作:島本理生、脚本:池田千尋、三島由紀子という女性中心の製作陣が目を引く。この辺りにも作品のテーマ性がにじみ出ている。現在、勢いのある若手(40歳前後)女性映画人の手による作品の1本である。タイトルはつかみどころがないが、内容は深い。

 
主人公の村主(むらぬし)塔子(夏帆)は、裕福な家庭のお嫁さん。絵に描いたような、ぶら下がり主婦である。郊外の広く、しゃれた一軒家に夫の両親との2世代住宅に住み、夫の真(間宮祥太朗)は一流会社(上場1部の正規社員とすれば当世風か)に勤め、幼い1人娘に恵まれた家庭生活。口数が少なく、従順そうな塔子が徐々に変わり、自己を確立するのが物語の骨子となる。
何不自由なさそうな裕福な一家だが、台所は1つ、塔子がおさんどん係で、義母がその監視役、全員が一堂に会し食卓を囲む、家族風景とは異なる。
夫は仕事で毎晩遅く、塔子の手作りの夕食も手をつけずに就寝。しかし、義母の「煮物を作っておいた」の一言で宗旨替え、遅い食事を取る。母親の自慢の息子は、このように、相当なマザコンと見て取れる。この家庭環境では、塔子の居場所はなく、やる仕事は、娘の送り迎えと家事のみ。彼女の自発的意思は見当たらない。
このような状況は一部の学卒女子の憧れで、大学でも専業主婦志願の女子学生に出会った経験が筆者にはある。
夫の友人の出版記念パーティーでも、学問的専門を持たぬ塔子は、独りぼっち。疎外感を味わう。

車中の鞍田(左)と塔子(右)       『RED』製作委員会 ※以下同様

小鷹

娘と塔子

撮影中の三島監督(中央)

雪中の塔子

鞍田(左)と塔子

撮影中の三島監督と村主(右)

設計事務所で塔子(左)と鞍田(右)

再会

 この砂を噛む思いのパーティーで、1人ぽつんと立ちつくす彼女の前に1人の素敵な男性が現れる。結婚前に付き合った鞍田秋彦(妻夫木聡)である。今から10年前に愛した男性との長い歳月を経ての再会であった。
かつて愛した鞍田は、当時、建築事務所の社長を務め、若かった塔子がアルバイトをしていた間柄だ。彼は既に結婚し、塔子も新しい伴侶を得て、2人は別れる。想像もしなかった出会いである。
鞍田扮(ふん)する妻夫木は現在39歳で、以前は明るく軽さが特徴の2枚目役がはまりであったが、今回は暗めで無口な中年と、なかなか渋く、新境地を思わす。 
  


塔子の再就職

 居場所を失った主婦が徐々に自己を確立
鞍田との再会後、彼女は外に出て仕事をする意欲がわき始める。そのことを夫に相談すると、彼は難色を示し、今の裕福な生活に何の不満があるのかとの態度を見せる。
しかし、塔子は「真との結婚前は仕事をすることを話していたのに」と粘り、夫を説得してしまう。昔のことを持ち出し、男性をキリキリ舞いさせるのは、女性の古典的手法であり、塔子の辛勝であった。
鞍田の口利きもあり、彼の設計事務所に彼女は採用され、毎日を生き生きと過ごし始める。彼女にとり、元々やりたい仕事であり、充実し、今までの専業主婦とは違う喜びにひたり、満足のいく日々となった。
社内では、若い女性社員にちょっかいを出す好き者がおり、職場で先輩格の小鷹(柄本佑)に目をつけられる。だが、彼の危ない誘いや、バッティングゲームセンター初体験、浅草、雷門付近の深夜の追っかけっこは、家にこもりがちな塔子にとり、今までにない解放感をもたらす。



新潟行き

 
鞍田の設計事務所は、新潟の酒蔵のリノベーション工事を受注し、彼と塔子が担当として新潟へと夜の街道を行く。今は何ごとにも興味を失せたような彼だが、塔子への眼差しは昔と変わらない。車中、2人は互いのこの10年について語り合う。
数年前に鞍田は離婚し、今は何の生活臭を感じさせない。天井が高く、コンクリートの壁に囲まれた部屋で1人住まい。彼にはすべてを諦め切った雰囲気があり、そこに今までの軽く、明るい男優、妻夫木聡の面影はない。中年に差し掛かり、ひと皮むけた感がある。この起用、三島監督の狙いのようにも推測できる。
狭い車内、そして、がらんとした彼の部屋で2人は、今まで抑えていた欲望を爆発させる。彼にとり、命の最後の火花であり、彼女にはこれからの人生の上り調子が現わされている。
仕事を終え、新潟からの帰途、鞍田は血を吐く。ここ数年、彼はガンを患い闘病中であった。彼の病気がきっかけで、塔子は再び彼と会わない決心をする。2人の別れ時と感じたのであろう。
雪は激しくなり、夜営業している食堂で2人はひと息つく。そして地元のうどんを注文し、空腹を満たす。ただのうどんの1杯に、命の残り火を噛みしめながらの食事。滅ぶものと生きるものとの対比が胸を打つ。



真との電話での会話

 何度目かの新潟行き、鞍田は病床、そして塔子は同僚の小鷹と一緒に、相変わらず降り続く雪の中を駆けるが、彼女と小鷹は車で帰京する。
豪雪の中での車の運転の無謀さを小鷹に突かれ、2人は口論。そして、塔子1人、雪の中を歩き始め、近くの公衆電話から友人に窮状を訴える。冒頭の雪の中で電話をする塔子の場面が伏線として生きてくる。激しい雪、そして、強風が視界を遮り、とても車で帰れる状況ではない。何と、電話ボックスの前に突然鞍田が姿を現し、彼女を驚かす。
塔子は夫に電話連絡すると、真は「タクシーで帰ってこい。君は母親なんだから」と強硬に主張。この段で夫婦の激論が頭をもたげ、塔子は「母親だからといって、この激しい雪の中、車で帰ることは不可能」と反論する。
さらに「母親の義務、娘の幼稚園への送り迎え、自分だけがするのはおかしい」、「自分は夫の家庭に入り、皆がうまくいくようにと、おとなしくしていたのに、あなただって父親のはず」と、真の主張を遮る。これに対し、真は譲歩せざるを得ない状況に陥る。
この場面こそ、『Red』のハイライトである。女性は家を守り、子供の面倒をみるのが当然とする見方が問題で、妻は夫の所有物でなく、対等な関係であることこそ大事とする原作者、島本理生の強い思いだ。さらに、監督の三島由紀子がその主張に同調した結果生まれたのが、この議論の最終的狙いである。
一見ただの家庭劇に潜む現代の女性の生き難さこそ、『Red』で強く主張する塔子の叫びであり、本作のテーマである。
東京に戻り、夫婦そろって娘を幼稚園へ送る、いつもの光景だが、塔子は夫との行動を拒否し、涙ながらに娘を置き、踵(きびす)を返す。子供というしばりを、あえて否定する塔子の自我の発露である。
そして、死期間近い鞍田を連れて車上の人となる。「鞍田さん、行きましょう」と決意し、暗いトンネルを走り抜ける。納得の行く生き方を求めて、彼と行動を共にする新しい塔子が誕生する。
『Red』は、旧来の男性中心(家庭というしばりに隠される)の価値感に対する女性側の反論であり、一見、男女関係のもつれを想像させるタイトルを、ラストに来て力業で引っくり返す強さがある。見る側は、このような、女性の生き様に賛意を表するほかない。力作だ。






(文中敬称略)

《了》

2月21日から新宿バルト9ほかで全国ロードショー

映像新聞2020年2月10日掲載号より転載

中川洋吉・映画評論家