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『ソニア ナチスの女スパイ』
戦争に巻き込まれる有名女優の運命
スウェーデン諜報部の画策で利用
実話に基づき戦争の裏側描く

 ナチスを扱う作品は、戦後75年を経た現在も増えている。多分、今まで伏せられていた資料が表に出て来たこと、存命の関係者の減少で、その影響力がなくなるなどの事情が重なったと考えられる。もう1つ、ドイツ国民がナチスは自国の恥とし、語りたがらない社会的風潮が、以前より弱まったともいえる。その中で公開される『ソニア ナチスの女スパイ』(2019年/イェンス・ヨンスン監督、ノルウェー、110分)は、実話に基づく、ヒトラー以外の人間にスポットを当てている。従来のナチスものとはひと味違う。

ソニア・ヴィーゲット(本人)
(C)2019, The Spy AS BRoF, Film i V?st, Scope Pictures, Nordisk Film Danmark - All rights reserved  ※以下同様

ソニア・ヴィーゲット(本人)

ソニア

ソニア都若いドイツ人スパイ

高官たちのパーティ

オスロ ドイツ司令部

ナチスものの描き方

 以前は、ナチスものといえばヒトラー中心であり、コワモテの印象が強かった。しかし、昨今はヒトラーよりも、その周辺の人々を取り扱うケースが多い。
1つの描き方として、ナチスも悪いが、そのナチスを支持したドイツ国民は、ただの戦争の被害者だったのか、子供たちが「戦時中、親父は何をしていたか」の疑問を突き付け始めた事実がある。
言い換えれば、ナチスと一般の人々が前面に押し出され、作品の舞台もドイツ国内を越える広がりを見せている。本作の主人公であるノルウェー映画のスター、ソニアの物語も、ナチスの周辺のエピソードである。
市井の労働者、または富裕階級人士、もちろん、美人女性、仕事を持つ女性の中には、75年前は、何らかの形でナチスにかかわりを持ったことは想像に難しくない。長い間沈黙の中に押し込められた人間も多く、本作の女優、ソニアもその一例である。 
  


物語の作り

 アクションを散りばめたスパイものとして、名が挙がるのが「007」シリーズであろう。派手な銃撃戦、美女との絡みと、徹底した娯楽サスペンスの作りで商業的に成功を収めた。
一方、ノルウェー出身の著名女優ソニア・ヴィーゲット(1913−80年)の半生を描く本作は、戦争とは無縁である普通の女性の運命が変わる様を描いている。ソニアを演じるイングリッド・ボルゾ・ベルダルは、ノルウェーを代表する女優である。彼女の大柄な体や華やかな美ぼうは、往年のイングリッド・バーグマンを彷彿させる。



北欧の重要性

 
前述のようにナチス問題は、ここ数年、ドイツにとどまらず、ヨーロッパ規模に拡大している。本作は北欧へのナチス侵攻に際して、ノルウェー、スウェーデンの国家的立回りが主要な背景となっている。力づくで押してくるドイツは、北欧の人にとり警戒すべき国なのだ。


ノルウェーとの関係

 ナチスがノルウェーに目を付けたのは、ノルウェー最北端都市ナルヴィクからの良質な鉄鋼資源の確保であった。ちょうど、日本軍が南方の石油資源を求め、戦争の拡大化を図ったことと極似している。この戦線の拡大がドイツ、日本の敗北の前奏曲であった。
1939年、ドイツがポーランドに侵攻、英・仏両国がドイツに宣戦布告をし、第二次世界大戦が始まった。そして40年には、ノルウェーとデンマークがドイツ軍の急襲を受け、占領下におかれた。
この時期に女優という派手な職業のソニアは、ナチスから目を付けられ、スパイになることを強要された。このドイツ占領は5年間続き、44年5月までを「暗黒の5年間」として記憶されることとなる。




スウェーデンの場合

 ドイツとスウェーデンの関係はもっと複雑だ。スウェーデンの基本政策は、何とか戦争に巻き込まれないとするものである。ドイツがスウェーデンに対し軍事的野心をむき出しにすることが、最大の危惧であった。
ドイツは、ノルウェー経由でスウェーデンの鉄鉱石を、いかにより安全に手にするかが重要な軍事的課題となる。ノルウェー占領を敢行し、資源の確保に走り、ナチスの大幹部ゲッペルスを後ろ盾とする、ドイツ駐在の国家弁務官テアボーフェンをトップに据え、ノルウェーの経済力を動員することを眼目とした。
地理的に極めて近いソ連は、圧倒的な軍事力を誇り、スウェーデンは中立という旗を掲げながらも、時に妥協的態度を見せ、ソ連とも事を構えるのを避けた。いわば、国際的な政治的駆け引きである。
その駆け引きを背負わされたスパイであるソニアの動静を、しっかり把握するためにスウェーデンの諜報部が介入、彼女からドイツの情報を引き出そうと画策し、2重スパイ、ソニアが誕生した。有名女優であるソニアはカネにも、名声にも事欠かなかった。しかし、狡猾(こうかつ)な国際政治の成り行きで、彼女は思いもよらない役割を振り当てられた。




ソニアの弱味

 ソニアは、ドイツ占領軍に拘束された父親を、何としても釈放させねばならなかった。一方、スウェーデン側は、父親を抑えられた彼女は彼の釈放に動くと読む。そのためには国家弁務官との親密な関係を利用し、国家秘密の漏えいを狙った。
当初ナチスは、ドイツ側の情報がマリア姓なる人物から流れていることに気づき、ソニアがマリア探しの一員に取り込まれることとなる。
父親釈放の件で、ドイツ高官と昵懇(じっこん)となるソニア。それを承知で、もっと相手に接近し、より多くの情報の漏えいをもくろむスウェーデンのずるさ、まさに諜報戦の極みだ。溺れかけた犬の首根っこを抑え込むような、中立国スウェーデンの高等戦術だ。




もう1つのスパイ事件

 物語の締めは、ドイツ軍からの自国の情報の漏えい、マリア情報だ。この時点で、ドイツ軍本部に顔パスで出入りする若きハンガリー人が1枚加わる。
ある時、ソニアはドイツ軍の秘密情報から、スウェーデン沿岸の多数の写真を発見する。マリア・ルートの写真で、これが、ドイツが躍起となり探していたマリアの資料であった。犯人はノルウェー占領の軍部の高官で、ハンガリー人であることが割れる。




ソニアの選択

 ソニアは、ドイツ軍に捕らわれた父親の釈放のために高官と関係を持ち、得られた情報はスウェーデン諜報部が上前をはねる構造である。
ここで重要なのは、男女の関係を利用してのスパイ活動の是非ではない。権力により、少しばかり著名なソニアがクモの糸にからめとられるように、どんどん自分の意志に反し望まぬ行動をとることである。
簡単に操作される人間の弱さが見せつけられる。手に武器を持たない市井の人々が、簡単にクモの糸にからめとられる状況の恐ろしさがひしひしと伝わる。
モデルになった、ノルウェーの女優、ソニア・ヴィーゲットは、二重スパイの汚名にさらされながら、67歳で亡くなっている。





(文中敬称略)

《了》

9月11日から新宿武蔵野館ほか全国ロードショー

映像新聞2020年9月7日掲載号より転載

 

中川洋吉・映画評論家