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『犬部!』
動物に愛情を注ぐ獣医学部の若者たち
小さな命を大切にする熱意
多頭過剰飼育、殺処分問題に直面

 犬や猫、そして命ある生き物すべてを愛してやまぬ若者たちの物語が『犬部!』(2021年/篠原哲雄監督、山田あかね・脚本、144分/原案「北里大学獣医学部 犬部!」〔2010年〕)である。犬と若者たちの生き物に注ぐ愛情と熱意が、動物映画の域を超え、多くの人々の感動を呼ぶ。
 
舞台は東北の十和田地方、湖で有名な十和田市である。そこに、獣医師の卵たちが学ぶ「十和田大学獣医学部」がある。東北の雪深いところに、なぜ東京の大学の獣医学部があるのか不思議に思う人々も多いはずだ。大学のモデルは東京の北里大学獣医学部であり、映画では十和田大学としている。
さらに一歩突っ込み、なぜ十和田なのであろうか。同市は戦前から軍馬の生産地で、破傷風、ジフテリアなど各種の免疫製造や研究が続けられた。その縁もあり、十和田市は獣医学部の誘致活動に熱心で、1966年に北里大学の十和田キャンパスが開校し、今や50数年の歴史を誇っている。
学生たちも優秀で、全私立大学の獣医師国家試験合格率は1位である。喧騒(けんそう)を離れ、広大な十和田の地で勉学に励む学生たちは、自然と地頭が良くなるようだ。
彼らは動物愛に富み、学生の1人が大学研究所から逃げていた白い犬を保護する。それが、主人公の花井颯太〈そうた〉(林遣都)で、彼の好感度は、作品への親近感のアップに寄与している。
彼の同伴の白犬、駄犬でポチ公タイプの保護犬「ちえ」は、忠実で、おとなしくしている時は、じっとご主人を見、外へ出れば彼の後に付き従う。

犬を散歩させる颯太(左)と柴崎(右) 
(C)2021『犬部!』製作委員会  ※以下同様

生まれたての子犬たち

生まれたての子猫たち

疲労コンパイの颯太と愛犬ちえ

美香(右)と颯太

保護センター職員、門脇光子(右)

犬組の1人秋田智彦

颯太と深沢さと子、看護師

子猫を見て喜ぶ猫党のよしみ

譲渡会場の秋田

颯太のアパート

 颯太は授業が終わると、友人たちの誘いを断りアパートに飛んで帰る。アパートの内部では20数匹以上の犬猫が走り回っている。今日は犬の出産日で、同級生の佐備川よしみ(大原櫻子)、柴崎涼介(中川大志)、そして研究室で教授の手伝いをする秋田智彦(浅香航大)がはせ参じる。
秋田智彦の父親は東京で獣医医院を開業、彼はこの病院を継ぐ予定だ。4人組は3度の飯より大の犬好き、俗に言う「犬バカ」である。ただし、よしみだけは犬以上に猫好きである。
息の合う同級生4人組は、颯太の信念「犬も猫も、生きているものは皆助ける」に賛同して手を貸す。颯太がかわいそうとばかり全部引き取った犬猫で、彼の木賃アパートの部屋は汚れ、ふん尿の悪臭が立ち込める。
脱線するが、個人的体験をお聞き願いたい。筆者は大の猫好きで、わが家は30年間に4匹の猫を飼い、最後の猫「オコジョ」は昨年17歳でお浄土へ旅立った。悲しい反面、ホッともした。下着まで入り込む猫の毛、家の中での嘔吐(おうと)物の始末に追われていた。彼がいなくなった後、確実にゴミが減り、猫を飼うことはこんなに汚れるのかを実感した。今は外出の折にはカリカリの猫餌をポケットに入れ、ノラ猫を見つけては呼び寄せ餌を与えている。 
  


女子高生の訪問

 ある日、1人の女高生が颯太のもとを訪れる。彼女は市内のペットショップの犬猫の多頭過剰飼育に心を痛め、「何とかして」と飼育現場へ彼を案内する。ペットショップの主人、久米尚之(蛍雪次朗/渋い演技が光り、監督が使いたがる役者)は頑なに戸を開けることを拒む。
ここで諦める颯太ではない。日を改めて、袋いっぱいの猫餌を手に、久米にはアンパンの差し入れを用意し、何とかペットショップの中に入れてもらう。この気配り、若者にしては小面(こずら)憎い。
犬猫が駆け回り、悪臭が漂う荒れぶり、颯太は犬猫を引き取ろうとするが、久米は警察へ通報し、動物愛護精神の塊の彼は逮捕される。何度も警察に厄介になっている彼の名は知れ渡り、取調後すぐに釈放、善意が逮捕劇になるとは理不尽な話だ。



柴崎の進路

 
4人組の一員、柴崎は、最近みんなのたまり場に顔を出さない。颯太が彼と話すと、獣医師コースではなく、動物愛護保護センターへの就職の意思を伝える。センターは、はっきり言えば犬猫殺処分場だ。人間を見る彼らの目は、「殺さないで」と哀願しているようだ。
柴崎は、内部から殺処分を減らす努力したいというのだ。事実、現在は以前と比べると3割減となり、活動の効果が表れるが、これでは十分ではない。毎日多くの犬猫が殺されている現実に柴崎は心を痛め、不出勤に陥る。
そして彼は、殺処分用の毒薬を自分自身に注射しようとするが、先輩の職員、門脇光子(田中麗奈)の必死の説得で思いとどまり、気持ちが少しずつ安定し、復職の道が開らける。



周囲の温情

 立ちはだかる厚き壁にたじろぐ4人組だが、世間は鬼ばかりでなく仏様もいる。柴崎の研究室の教授、安室源二郎(岩松了/著名な劇作家)は授業の一環として犬の外科実習(生体実験)を学生たちに課す。この科目は必須であり、卒業に必要な単位である。
颯太は、生体実験は人非人(にんぴにん)の所業として断固拒否。教授も内心は犬猫殺しには心を痛め、颯太にはレポート提出で単位を授与、教授のおとこ気である。
しかし、現実には未だ多くの犬猫が殺処分されており、飼い主は最後まで面倒を見てほしいのが獣医師関係者の大きな願いである。



譲渡会

 卒業し、東京で獣医師を続ける颯太たちは、彼らが学んだ十和田市で保護犬・猫の譲渡会を開催する。会は盛況だが、どうしても人気は子犬、子猫に集まり、成犬などは取り残される。
そこへ、以前ペットショップの惨状を伝えに来、今は東京で大学に通う川瀬美香(田辺桃子)が顔を出す。彼女は、幼い時両親に連れられ会を訪れ、一番人気の無い犬を指名、むく毛の大型犬「ロク」を引き取る。
今はロクも没し、新たに不人気の保護犬を探しに、東京から十和田まで出向いたのである。そこへ、気難しいペットショップの久米が現れる。亡き妻が可愛がっていた老猫「エルザ」を持って。行き場を探す「エルザ」を会場の美香が引き受け、不機嫌な突っ張り親父、久米は肩の荷を下ろしたように立ち去る。
どうも話がうまく出来すぎの感はあるが、本作は実話のフィクション化であり、原案となった片野ゆかの著書『北里大学獣医学部 犬部!』(ポプラ社刊)は、「週刊少年サンデー」(小学館)および「エレガンスイヴ」(秋田書店)でマンガ化もされている。
十和田大学獣医学部卒業後の4人組は先述のように東京へ戻り、獣医の道を進む。主人公の颯太は開業し、本業の傍ら持ち込まれた猫10匹の避妊手術を無料で引き受け、看護師の深沢さと子(安藤玉恵/この彼女の心優しいが正論で押す、口うるさい役柄は「感じ」である。引っ張りだこのバイプレーヤーとして伸びる人材だ)から文句を言われるあたり、見ていて楽しい。
本作の言わんとするところは、「小さな命を大切にすること」に尽きる。犬猫は人間の愛情を食べて生きているから。人間とて同様のことが言える。人は人の思いやりで生きているのだ。
犬猫を飼うことは、単にかわいいだけでは済まない。対価として、毎日の餌やり、トイレの始末、犬の場合は、さらに朝晩の散歩も加わる。
動物飼育家庭でよく言われるのは、夫婦一緒に旅行に行けないことだ。これとて、動物と暮らす喜びを思えば、堪(こら)えられる。犬猫を大事にし、最後を看取ってやること、そうすれば殺処分も減る。
動物愛は人間愛に通じるものがあり、ここが本作の重要点と言える。




(文中敬称略)

《了》

7月22日全国ロードショー

映像新聞2020年7月12日掲載号より転載

 

中川洋吉・映画評論家