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『第34回東京国際映画祭』
イーストウッド作品で開幕
苦心感じられる悪条件の中での選考
コンペ部門に手堅い良作そろう

 「第34回東京国際映画祭(TIFF2021)」(以下TIFF)は、10月30日から11月8日までの10日間、17年ぶりに会場を六本木から日比谷・有楽町・銀座地区へ移し開催された。今年の大きな変化は、プログラミング・ディレクターの交代である。映画界では"絶滅危惧種"である東大出身者で映画の虫、前フィルメックス代表の市山尚三が就任した。

 
会場が銀座一帯となり、六本木と比べ足の便は良いが、中心となるフェスティバル・パレスを欠き、お祭りらしい、華やかな盛り上がりは見られない。
プレス上映は、例年に比べ参加者は少ない印象であった。もともと開催時期が11月と、映画祭シーズン外れで、作品集めに苦心が伴う。ひと言で述べるなら、良い作品が手に入らない状況があり、その傾向は創設時から現在まで続いている。
話は異なるが、映画産業に力を入れるお隣の韓国では、首都ソウルを避け、港町・釜山(プサン)に巨大な上映ホールを建設。さらに「釜山国際映画祭」は、映画庁とも呼べる政府の映画機関KOFICが主導する映画祭で、規模もTIFF以上とされている(日本には未だ映画専門の官庁は存在しない)。TIFF以上の大々的映画祭であれば、映画ビジネスの関係者の流れも、東京より釜山へと移るのは目に見えている。
例年、部門数が多く、従って上映作品が増え、ジャーナリスト泣かせのTIFFであるが、今年もその傾向は続いた。

「クライ・マッチョ」  (C)2021 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved

「カリフォルニエ」

「その日の夜明け」

「市民」

「四つの壁」

「オマージュ」

「もう1人のトム」

「ヴェラは海の夢を見る」

「ある詩人」

オープニングにイーストウッド作品

 今回のオープニング作品は、クリント・イ−ストウッド監督・製作・主演の『クライ・マッチョ』(2021年/米国、104分)である。
今年は、映画祭らしい華のある作品は本作1本と言ってもよい。欧米の主要映画祭に作品を持っていかれ、残りの中から選ばなければならず、フィルム選考者の苦心は、はた目から見てもよく分かる。悪条件の中、イーストウッド作品だけでも、1本引っ張れば大したものだ。
彼の描く世界の特徴は力の論理の押し出しである。それが『クライ・マッチョ』では大きく変わる。今年91歳の彼は、本来ならば体力的にきつくない監督業に専念してもよいはずだが、本作ではマイナスである加齢現象を逆手に取り、その弱みの強調で、作品に人の生き方を息づかせている。
ラストの酒場の女主人とニコニコ顔で踊るシーンは、白眉の場面であり、老いの良さが増幅されている。 
  


手堅い良作群

 審査員が選ぶコンペ部門の受賞作品と筆者の評価はかなり異なるが、目立つ作品を紹介する。
『市民』(2021年/テオドラ・アナ・ミハイ監督〈ルーマニア出身の女性、40歳〉、ベルギー・ルーマニア・メキシコ)は、メキシコを舞台とし、娘が犯罪組織に誘拐された母親が自ら闇社会へ立ち向うハナシである。
現在のメキシコ社会には、誘拐・犯罪組織が多数あり、身代金の要求を生業としている。単身で闘う女性の勇気が作品に通底している。誘拐・身代金事件のあまりの数の多さに警察も辟易し、被害者とまともに向き合おうとしない。
夫と離婚した女性シエロは、1人娘の救出を決意する。まずは、犯罪組織の周辺を丹念に調べ上げ、それを警察へ伝えるが、重い腰を上げようとはしない。彼女はますます事件にのめり込み、長い髪を切り短髪にし、悲壮な覚悟で新たな一歩を踏み込もうとする。
しかし、警察の遺体安置所での若い女性のDNAが娘と一致し、彼女の企ては頓挫する。苦い結末である。期待した結果は得られないが、メキシコ社会のよどみとそれに挑戦する母親、ひいては女性の気概が作に太い芯(しん)を与えている。実話の映画化である。



少女の自立

 
『カリフォルニエ』(2021年、イタリア)は、1人の少女の9歳から14歳までの成長を描くドキュメンタリー風のフィクション。
舞台はイタリア南部の小さな港町。主人公の9歳の少女は、地中海の向こうのモロッコ移民。たぶん2等国民扱いをされているのであろう。前へ、前へ出たがる少女は活発で、学校の枠には収まりきらない個性派。しかも、勉強嫌いだが頭の回転は良く、注意されても即座に言い返す困った存在だ。
その彼女は、案の定、学校をドロップアウトし、美容院の下働きで多少のお小遣いを稼ぐ。のみ込みが早く、仕事も覚え、店主にもかわいがられる。その彼女の5年間を、カッシゴリ、カウフマンの2人のイタリア人監督がドキュメンタリー・タッチで描く。
仕事を次々とこなし、彼女は翌年には自身の美容院を持つ算段だ。勉強嫌いで行動的で、やる気十分の少女は多少生意気だが、キラキラする個性の持ち主だ。
カメラはドキュメンタリーのように彼女を追う。タイトルの『カリフォルニエ』は、語尾の綴りの間違いで、スペリングが違っても関係ないとする洒落(しゃれ)であろう。



ユーモアあふれる逸品

 トルコからの出品作『4つの壁』(2021年/バフマン・ゴバディ監督・脚本)は、巧まざるおかしみがあふれる作品だ。
ゴバディ監督は、もともとイラン在住のクルド人で、反イスラム的人物とされ、故郷を追放され、現在はトルコ在住である。才能あふれる監督で、2000年のカンヌ国際映画祭での最優秀新人賞(カメラドール)受賞作の『酔払った馬の時間』以来、注目すべき存在である。本作『4つの壁』はハナシの構成が良く、土台が堅固で、しかもユーモアの味もまぶされている良質な作品だ。
主人公はクルドのミュージシャンと設定され、故郷に妻子を残し、彼はイスタンブール在。海の見える小さなアパルトマンを借り、未だに海を見たことのない妻子を呼び寄せることが最大の望みである。
ある日、車で妻子を迎えに行くが、不幸なことに自動車事故で妻子を失くす。失意の彼は妻子用に借りた海の見える住居に戻るが、アパルトマンの間から見えるはずの海が見えない。彼の2か月の不在中に建てられる建物のせいで。
度重なる不運に、彼はまず前の建物の住人にクレームをつけるが、誰も取り合わずない。警察へ駆け込むが相手にされるわけがない。彼に好意的な署長は逆に「もっと騒ぎを大きくしろ」とあおる。あまつさえ、彼の楽士仲間の音楽の練習にひょっこり顔を出し、一緒に演奏を楽しむ。
この騒動を見て、建設会社は海が描かれた大きな垂れ幕をアパルトマンの壁いっぱいに掛け、一件落着を狙う。不運が引き寄せるユーモアの連鎖だ。



その他のコンペ部門の注目すべき作品

 このほかに、大監督の古いフィルムを修復する『オマージュ』(2021年、中国)。発達障害児を抱えるシングルマザーの社会的困難を描く『もう1人のトム』(21年、メキシコ・米国)などは注目すべき作品である。
さらにもう1本、骨太な作品がある。スリランカの社会派監督アソケ・ハンダガマの『その日の夜明け』(21年、スリランカ)で、描く対象はチリの国民的詩人でノーベル賞作家(1971年受賞)パブロ・ネルーダの空白の時期、1929−31年のチリ外交官としてのスリランカ時代を取り上げている。
本作では、女性をもてあそび、捨てる若き日の男尊女卑のネルーダの一面が暴かれる。女性、そして原住民蔑視の、前時代的男女関係が写し出される。是非とも注目される作品の列に加えたい。
本年は、プログラム編成上、アジア部門がコンペ部門とバッティングし、見られたのはコンペ部門15本のみである。




受賞作品

最高賞(東京グランプリ)
『ヴェラは海の夢を見る』
審査員特別賞 『市民』
最優秀監督 『ある詩人』
〔審査委員長〕 イザベル・ユペール審査委員長(仏)
〔審査員〕 青山真治(監督、日本)、クリス・フジワラ(映画評論家、米)、ローナ・ティー(プロデューサー)、世武裕子(映画音楽作曲家、日本)






(文中敬称略)

《了》


映像新聞2021年12月6日掲載号より転載

 

中川洋吉・映画評論家