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『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』
大企業の環境汚染問題に立ち向かう
一介の弁護士の奮闘ぶり描く
弱きものを救う揺るぎない信念

 米国の三大財閥の1つ、デュポン社の環境汚染に立ち向かう、1人の正義派弁護士の実話を基にする『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』(2019年/トッド・ヘインズ監督、米国製作、126分)が公開される。いわゆる公害モノであり、日本の水俣病訴訟と酷似している。公正な社会活動と被害者救済を求める、一弁護士の闘いを描く社会派力作である。

書類を調べるロブ・ビロット弁護士  (C)2021 STORYTELLER DISTRIBUTION CO., LLC.

依頼人アール

事務所の代表タープ(左)とロブ

妻のサラ

公聴会のロブ

山積みされた書類に埋もれるロブ

汚染現場、ロブ(右)、アール(左)

事件の発端(2016年)

 事の始まりは、2016年1月6日付のニューヨーク・タイムズ紙に掲載されたナサニエル・リッチ記者による画期的記事である。
その1年後に、ハリウッド・スターで環境保護活動に熱心なマーク・ラファロが、この記事に注目。彼と反体制的な作品の映画化で知られるプロダクション「パーティシパント社」が『ダーク・ウォーターズ』プロジェクトを立ち上げ、活動は順調に軌道に乗る。
プロダクション名のパーティシパントとは「参加者」の意で、環境問題についての権利擁護などに企画の焦点を定める世界有数のエンターテインメント会社だ。そのトップは製作者のジェフ・スコールである。
製作・主演のマーク・ラファロ(本作の役名はロブ・ビロット=名門法律事務所所属の弁護士で、同事務所はデュポン社の企業法務を請け負う)と製作総指揮のジェフ・スコールの組み合わせにより、社会性の高い作品が仕上がる。 
  


最初の出来事(1998年)

 オハイオ州シンシナティの名門法律事務所勤務の弁護士ロブ・ビロット(マーク・ラファロ)の元にウィルバー・テナント(通称アール)が、ロブの祖母の紹介と語り、訪れる。彼はいかにも酪農農家労働者といった格好で、ロブの事務所には不釣り合いな人物である。
ウエストバージニア州パーカーズバーグで農場を営むアールの依頼とは、近くに工場を持つ「デュポン社」により土地が汚染され、その影響で190頭の牛が死亡、彼の生活自体が脅かされていることを訴える。
デュポン社による汚染ということで、ロブは構えてしまう。この会社は彼の法律事務所の有力な顧客、世界に冠たる化学会社であり、他の法律事務所向きの案件である。
ロブは、デュポン社お抱えの法律事務所の建前上、一度は丁重に断るが、彼には気になる案件であり、現場に足を運ぶ。車窓の景色は緑となだらかな丘で、ジョン・デンバーの名曲「カントリー・ロード」(1971年)が流れる。「まるで天国、ウエストバージニア」の歌詞は、この美しい地をデュポン社が汚しているとの逆説的意味がある。
農場に着くと、群れから離れた1頭の牛がアールたちを目掛け突進、アールはとっさに猟銃で射殺する。牛は明らかに神経を犯されている。
この牛の一件で、ロブは法律事務所の所長トム・タープ(ティム・ロビンス)にこの案件の受諾を願い出るが、彼はなかなか首を縦に振らない。しかし、ロブの熱意に押され、「慎重にやれ」の一言。容認だ。



最初の書類の開示(1998年)

 
早速書類調べに取り掛かるロブだが、文中の一語がインターネットで調べてもヒットせず、難渋する。解明すべきワードは「PFOA」で、どうも環境保護庁の規制外の化学物質の疑いが出てくる。さらに詳しい新たな資料の開示を裁判所に求める。


謎の物質の正体(2000年)

 「PFOA」が人体に有害な化学物質であることが、第2次書類開示で明らかになる。有害物質とは、ペルフルオロオクタン酸であり、川や水道水に漏れ出した物質が住民を蝕(むしば)んでいることが濃厚との疑いをロブは持つ。有害水銀液を垂れ流しにした、わが国の「チッソ」(水俣病事件)と変わらない。
この地元の被害者は周囲から白い目で見られる。仕事をくれるデュポン社にたてつく、「トンデモない輩(やから)」と。水俣病事件と全く一緒だ。率直に言えば、なぜに被害者がこのようないじめに遭わねばならないのであろうか。
デュポン社は40年前から有害物質の事実を把握していたことが、その後のロブの調べで明らかになる。



作品の作り

 本作を見て、典型的なハリウッド映画の作りであることが見て取れる。筋自体を時系列に提示し、分かり難さを排する手法がまず挙げられる。
ちょっと余談めくが、日本初の職業的映画監督である牧野省三(1878−1929年)の映画論の1つに、「一・スジ、二・抜け、三・動作」がある。映画における3要素は脚本、撮影、俳優であり、このことはハリウッド映画にも当てはまる。
スジ(脚本)の部分は、警察もの張りの仕様であり、撮影はエドワード・ラックマン(『キャロル』〈2015年〉、トッド・ヘインズ監督)の映像、動作の俳優はマーク・ラファロ、アン・ハサウェイ(ロブの妻役)、ティム・ロビンス(法律事務所所長)と大物の起用だ。つまり、ハリウッド方式とは、見せる意図が徹底し、本作もその系統の1作である。
公害事件を警察もののように、犯人デュポン社を1つひとつ追い詰めコシの強さを強調し、楽しませるスタイルであり、本作に限っては、この手法しかなかったと考えられる。




企業犯罪の隠蔽

 化学物質ペルフルオロオクタン酸の使用用途の1つにテフロンがある。この水をはじく特性を持つテフロンは一般家庭に必ずあるフライパンにコーティングされ、食べ物からの汚染が当然考えられる。ちょうど、水俣病では、水銀物質で汚染された魚から漁民・住民たちの病気が発生しているように。負の連鎖である。
公聴会では、デュポン社の社長が垂れ流しの事実を認め、補償金の支払いに応ずることになる。ここには、企業側の謝罪はない。
ベトナム戦争(1965年11月−75年4月)で米軍が使用した枯葉剤により、多数の病人・死者や先天異常児を発生させたが、その枯葉剤を製造した数社の1つがモンサント社で、補償には応じたもののデュポン社同様、謝罪は拒否。2社はいずれも、米国を代表する世界的な巨大化学会社である。




長期化する裁判

 ロブの個人的努力により、デュポン社は渋々ながら補償案をのむ。被害者は申し出ただけで7万人を数え、そのうち2006年には『ダーク・ウォーターズ』裁判の火付け役となった農園主のアールが、精巣ガンで死去(事件発端から11年目)する。やはり、デュポン社の「PFOA」の影響によるものと考えられる。
アールが亡くなった後も訴訟は続く、この畳みかけるような物語の展開は本作の見どころ。




補償内容

 7万人弱の訴訟、一括審理は物理的に難しく、最初の裁判グループは3535人の被害者を対象とするものとなる。冒頭、被害者の多さにがく然とし、裁判長は「裁判は2080年まで続く」と漏らす。とてつもない大型訴訟である。
被害者はガン患者であり、医療補償を認める判決が下る。症状によって1人につき、160万j、560万j、1250万jなど、全体で6億7070万jをデュポン社は支払うが、裁判はこれで終わったわけではなく、数次の裁判を経ることになる。
孤軍奮闘のロブは過労の積み重ねで、一過性脳虚血発作で入院。しかし、前述どおり裁判は続き、彼は今後も気が抜けない。
物語は、デュポン社の環境汚染問題に1人で立ち向かい、顧客企業、そして巨大企業を敵に回し、今後も闘い続ける1人の弁護士の正義と、その代償、弱きものを救うべき弁護士の揺るぎない信念を描いている。
主人公はスーパーヒーローではなく、むしろ風采の上がらない、普通の家庭人でもあるロブの存在感がある。一介の弁護士の奮闘ぶりを描き、米国の社会正義の健常さを印象付ける見せ方自体は称賛ものだ。
しかし、もっとも巨悪なのはベトナム、イラク、そして自国の黒人殺しで多くの住民の血を流した、米国の権力機構である事実を忘れてはならない。1つの美談を一般化する米国流の正義の建前の吹聴は、ガス抜き工作であり、ただ一言悪い意味で、米国的PR手法は「うまいなあ」である。
米国映画のすごさを感じるとともに、社会正義を発露するPRのうまさにも気付いてほしい作品だ。お薦めの1作である。






(文中敬称略)

《了》


12月17日からTOHOシネマズ シャンテ他ロードショー

映像新聞2021年12月13日掲載号より転載

 

中川洋吉・映画評論家