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「アジアフォーカス2007」レポート

 「福岡国際映画祭 アジアフォーカス2007」は9月14日から24日まで11日間、福岡市で例年通り開催された。
アジア映画に特化したこの映画祭、今年で17回目を迎え、アジア16カ国から32作品が出品された。昨年2006年は25作品であった。
アジアの等身大の姿が見られるのが最大の魅力であり、多くのアジア諸国作品に触れられる貴重な機会を提供してきた映画祭の果たした役割、影響は大きい。
「アジアフォーカス」により、アジア作品の面白さに目覚めた人は多く、この事は特筆すべき功績である。
今年から、「アジアフォーカス」の顔、そして、創立時から先頭に立った佐藤忠男ディレクターが勇退し、ハリ梁キ木靖弘へ交代した。彼は福岡在住で、地元大学で教鞭をとっている。

新たな装いで

「陸に上がった軍艦」

 ディレクターの交代で、映画祭は新たな時代を迎えた。
 アジア映画の専門家、佐藤忠男は、独自の鑑識眼と永年コツコツ築いた人脈を駆使し、初回の90年から「アジアフォーカス」の発展に貢献してきた。日本では、数える程の選び手の顔が見える映画祭であり、彼の存在なくして「アジアフォーカス」はここまで発展、定着しなかったと断言できる。
 昨年まで、ディレクターとして活躍した、今年77才の彼だが、ここ数年、率直に言って、選考作品のパワーが全体的に落ちて来た印象は否めない。昨年、筆者は、最終決定権者は彼としつつ、地域単位の選考委員会制を本紙で提案したのはこの為であった。
 新任の、梁木ディレクターのポリシーは明快だ。イワナミ的と言われる観客層の高齢化が進んでおり、今一度、若い観客の呼び戻しを一番重要視している。「それには娯楽性も必要であり、今までの啓蒙主義から距離を置くこと」と述べている。
 彼は今年5月に正式就任したが、選考活動は既に昨年11月から開始し、インド、香港、台湾、そして、ロッテルダム映画祭を訪れ、大体150本くらいの作品を見ている。
 佐藤前ディレクターと同様、直接、現地へ足を運び、作品を見る、現地主義を押し通す方針である。
 今年は、韓国作品や中国作品が選ばれていないが、新体制の初年度で、無理をせず選考を行った。韓国に関しては、狙った作品が他に取られたとのこと。
 事務局は、市役所職員の異動や契約者の退職で、1人を残し総入れ替えとなった。
 梁木ディレクターは、「アジアっぽくない作品、役所が催す映画祭らしからぬ映画祭を目指し、17回目の今年から脱皮したい」と自身のヴィジョンを披歴している。
 佐藤カラーから脱皮し、自身のカラーが打ち出せれば、面白くなりそうだ。
 福岡市からの予算は例年と比べ減額され、今年は7200万円であり、台所は苦しい。
 映画祭の個々の内容は、メインが「アジアの新作・話題作」部門で13本、他に特集が2本、「日本の民衆史」部門などがある。

「日本の民衆史」部門では、新藤兼人脚本、主演の「陸に上がった軍艦」(山本保博監督)が注目だ。
 今年95才、日本映画界最高令の新藤監督の戦時中の軍隊の体験談をシナリオ化したもので、彼の主演で、戦時中の軍隊、戦争について語る作品であり、撮影の合間などに独特の話術でスタッフに語り聞かせた体験談の中で、群を抜く面白さがある軍隊体験バナシを、チーフ助監督の山本保博が映画化した。新藤兼人のハナシの面白さには定評があり、何とか、この面白さを実現したく山本監督が奔走し、低額予算のため、大胆にも、御大新藤兼人をスクリーンの中に引張り込み完成させた。この作品、山本保博の第1回監督作品。
 理不尽な軍隊内のしごきと暴力、何の展望もない日本軍の実情、食料増産のための鯉の餌のためのハエ取り、木製戦車による訓練、如何に日本軍隊が駄目で体をなしていないかが、新藤兼人の語りと、再現フィルムにより写し出される。
 新藤兼人は持論として、「戦争を体験した者は、戦争について話す権利がある」と述べており、「陸に上がった軍艦」は、彼の考えの集大成である。
 これは、見るべき作品。


軽やかな娯楽性

「自転車で行こう」
 新ディレクター梁木靖弘の狙いの中に、楽しい作品の選考があり、それに該当する作品が選ばれた。
「自転車で行こう」(イサク・リィ監督、台湾)と「永遠探しの3日間」(リリ・リザ監督、インドネシア)である。
「自転車で行こう」は、若々しく、パンチがある。初期のホウ・シャオシエン作品を彷彿させる。弾ける若さと、何かを掴み取ろうと模索する青春の不確かさが伝わり、そこが快地良い。
 1人はコンビニに放火し逃げる若者、他は、警官で職務中の撃ち合いで上司を見殺しにし、それを気に病み蒸発を試みる。2人とも自転車での逃避行。男2人の自転車の旅に少数民族の少女が加わる。彼女は、父親の暴力を逃れ、姿を消した母が話した理想郷に存在する樹を求めての無銭旅行。3人は、東海岸の絶壁の険しい道を辿り、少女の夢を後押しする。更に、自転車旅行の若いカナダ人女性が登場し、去る。彼女は自身の病気を自分で治したいと、困難な自転車旅行を自己に課す。無目的な青年と、目的意識を持った少女たちの対照的な生き方が描かれる。又、息を呑むような東海岸の海と絶壁、ロードムービーに魅力を添える。
 ロードムービーは、旅を舞台に、人間が変化する過程を描く手法として、非常に有効であり、「自転車で行こう」は、その範疇に入る。


「永遠探しの3日間」
「永遠探しの3日間」は、人間の描き方が「自転車で行こう」とは全く異なる。こちらは、裕福な家庭の子女、いとこ同士が、姉の結婚式のための自動車による3日間の移動である。風俗的に現代的なドラッグ、セックスが出てくるが、メインのトーンは、意図した平坦さで、何かが起こりそうで、結局、何も起こらないストーリー展開となっている。ドラマ性を排することが、作り手の狙いであり、この手法、賛否の意見が分かれる。しかし、若い世代には受けるタイプの作品で、インドネシア作品としては稀な、ロカルノや釜山映画祭に出品された国際性がある。
 タイプは違うが、この2本とも娯楽性が感じられる。

アフガン問題

「地の果てまでもう」

 現在、世界を揺るがすアフガン問題を背景とする作品が「地の果てまでも」(モハマド・レザ・アラブ監督、イラン)である。先ず驚かされるのが、映像の鮮明さである。冒頭シーン、オートバイが赤褐色の乾燥したイランの地を走る、短い道筋。土、空、そして、建物内の暗さ、それぞれの色の立ち方、実にくっきり見える。この段階から既に眼を引き付けられる。
 アフガン人の主人公は、イランに出稼ぎの身。故郷から妻の便りが届かない。丁度、9・11の後で、アフガン全土、戦争状態であり、男は気が気でない。職を辞し、故郷へ向かうこととなった男を、主人や仕事仲間が暖かく見送るところ、アラブ世界の人間の情の厚さがよく伝わる。故郷への旅、国境越えと業者への多額な支払い、道中の強盗、過酷な灼熱の陽の下の歩きなど、様々な困難が待ち受ける。戻った故郷は廃墟と化し、妻は腎臓提供でいずこかへ連れ去られる。彼女の跡を追う男。
 度重なる困難の中、生きねばならぬ人間の姿が描かれる。普通の人間がやりおせた行動、それをせねばならぬ必死さが伝わる。映像的にも締った作品。


それぞれの特徴を持つ作品群

「いきなりダンドゥット

 今回、インドネシア作品で「いきなり、ダンドゥット」も興味深い1作。ポップ界の女性スターがマネージャの姉と、麻薬騒動に捲き込まれ、引き起こすテンヤワンヤ劇。作品の印象は、元気がある、の一言。この元気、インドネシア映画の現状を現しているのではなかろうか。彼女たちの逃げ込む農村には、伝統的な音楽、ダンドゥットがある。これはインドネシア版演歌のような音楽で、ひどくノリが良い。最初、田舎音楽と馬鹿にしたポップ歌手も、聴衆と一体化し、この音楽にハマリ込む様子が楽しい。
 インドネシア作品を見ると、以前のように遅れたアジア映画という観念が吹き飛ぶ。アジア映画の技術は確実に上がっている。
 他に、抽象的な作品「天空の路」(ウズベキスタン)は、舞台が荒野に置かれた一両の車輌、少年、少女が織り成す極彩色のおとぎ話。実験的要素が濃く、万人向き作品ではない。しかし、普段見られない作品を見せることも映画祭の趣旨であり、そういう意味では必要な作品。
 

「バナジャ」

タイの青春タン譚「早春フ譜」は瑞々しい学園恋愛もの。特集「泣くな、踊れ、アジアの女性たちよ」は、いささか気恥ずかしいネーミングのタイトルだが、その中の1本、インドの「バナジャ」は、貧困から抜け出そうと踊りに打ち込む少女の物語。素朴な感動がある。





おわりに

 今年から新しいディレクターが就任し、作品傾向が変わり始めた。
 ライトテイストの娯楽的要素が多い作品が揃えられたのは、選考ポリシーの反映であろう。
 福岡市の「アジアフォーカス」、市の予算が年々減少している。20年弱の歴史を持ち、アジアの玄関口福岡市にしっかり定着したこの映画祭、市が手を引くことなく、来年も、再来年も、是非とも継続して欲しい。



(文中敬称略)
映像新聞 2007年9月17日掲載
《了》

中川洋吉・映画評論家