このサイトからダウンロードできる
PDFデータの閲覧のために必用なAcrobatReaderは以下のリンクより
無償でダウンロードできます。



このサイトからダウンロードできる
PDFデータの閲覧のために必用なAcrobatReaderは以下のリンクより
無償でダウンロードできます。




「FIPA2009報告(1)」

日本作品がルポルタージュ部門で初の受賞 


 「FIPA(国際テレビ映像フェスティヴァル−フィパ)」は、22回目を迎え、1月20日から25日まで、フランス南西部ビアリッツ市で開催された。例年、燦々たる冬の太陽に恵まれ、1月からサーフィンが楽しめる当地、今年は曇天続きで、最終日前後は記録的な大暴風雨に見舞われた。幅1米以上もある公園の大木が根こそぎ倒され、大人でも風に吹き飛ばされかねない自然の猛威にはただただ驚きの連続であった。天候の負の要因がありながら、フェスティヴァル自体は中断されず、予定通り挙行され、例年通り、或いはそれ以上の成果を挙げた。
「政府、テレビ局からの独立とハイ・クオリティ」を掲げるフィパは、困難な状況ながら所期の目標へ向かい、今年も邁進した。


 22回の歴史を数えるフィパは、創設以来、日本の受賞はなかったが、今年は念願叶いルポルタージュ部門でNHK作品「激流中国−病人大行列〜十三億人の医療」(以下「病人大行列」)がフィパ・ドール(フィパ金賞−最高賞)の栄誉に輝いた。


エントリー作品

受賞式 ルポルタージュ部門
トロフィー授与

 過去にも何度か触れたが、部門、選考等につき、改めて説明する。
 フィパには、コンペ部門と選抜性見本市フィパテルがある。コンペ部門は、フィクション(ドラマ)、シリーズ部門(ドラマシリーズ)、ドキュメンタリー(紀行等)、ルポルタージュ(社会的ドキュメンタリー)、音楽・ダンス、そして、短篇と6部門からの構成である。各々の部門のエントリー数(上)とノミネート数(下)はフィクション(122−9)、シリーズ部門(66−5)、ドキュメンタリー(176−18)、ルポルタージュ(193−16)、音楽・ダンス(144−14)、そして、短篇(371−9)である。エントリー作品の審査は、総代表のピエール=アンリ・ドゥロが一人で大ナタを振う。

 今年のノミネートでアジアからは、日本、中国とも1本ずつと誠に厳しい結果であった。フィパへのエントリーの難しさは、この第一次審査であり、全体のエントリー数1552本、その内ノミネート数が71本と狭き門であり、ドゥロの大ナタには各国から不満が漏れるが、彼は全く外からの雑音を意に介さない。合議制ではなく縦型システムで、カンヌ映画祭監督週間ディレクターを30年務めた彼のスタイルは変らない。

審査員

審査員 エマニュエル・ベアール
 第一次選考後は、それぞれの部門は5人の審査員がノミネート作品を審査する。全体で30人の大世帯の審査員で、その顔触れは、映画監督、テレビディレクター、プロデューサー、俳優、作家、ジャーナリストであり、メンバーは毎年交代する。各部門毎に審査委員会を設けるところはフィパ独特のシステムである。これだけの人数を毎年揃えるのは大変なことであり、カンヌ映画祭監督週間で培ったドゥロ総代表のカオが効いている。過去に、日本からは吉田喜重監督が審査員に名を連ね、フィパ日本駐在員には監督週間以来の盟友、大島渚監督が務めたことがある。
 日本から審査員はここ数年いない。それは、多分に言葉の問題がある。
 審査員の資格として、英語が話せれば原則OKだが、実際には、主催者側として、若干のフランス語の解る人材を求めており、この点が日本人にはネックとなっている。


審査員の目玉

 審査員の顔触れ、日本では全く知られていない。しかし、今年は、日本では良く知られるフランス映画のスター女優エマニュエル・ベアールが加わった。ジャンヌ・モロ、カトリーヌ・ドヌーヴに次ぐ、ジュリエット・ビノッシュ、イザベル・アジャニ、イザベル・ユペールと並ぶ大物だけに、彼女の参加は驚きをもって迎えられた。
 担当は唯一、日本作品がノミネートされているルポルタージュ部門である。

審査員構成

 「病人大行列」の審査員は5人、委員長はレバノン人の女流監督、写真家であるジョスリン・サブ。ベイルート生まれで、カイロ、ベイルート、パリを拠点に活躍。最初は中東紛争のルポ・ライターで、その後映画に転じた。長編作品では2005年にカンヌ映画祭監督週間に選ばれている。その後、写真家として活躍、同時に長編作品の製作準備に入っている。略歴を見る限り、社会性をもったクリエーターである。
 他の4人のうち男性はルクサンブールの監督アンディ・ボッシュ。彼はサン・セバスチャン映画祭での受賞歴があり、劇映画、ドキュメンタリー製作で確固たる実績を誇っている。もう一人の男性はフランスのドキュメンタリー作家ミカエル・レブリュンである。フェミスの前身イデック出身で、アフリカものを得意分野としている。彼のドキュメンタリーが2006年にはフィパにノミネートされた。
 委員長を除く、女性2人の内一人が女優のエマニュエル・ベアールである。現役のスターが審査員に加わることは大変珍しく、話題性から見れば、主催者側の大ヒットである。横浜フランス映画祭団長で来日したベアールは、日本にかなりの関心を寄せているフシがある。ビアリッツで散見したこの大女優、セレブとしてではなく、一審査員として、目立つことなく行動していた。聞くところによれば、慈善活動もしているそうだ。

 5人目の審査員はエジプトの女流ジャーナリスト、アミナ・ハッサンである。フランスの大学で映画・映像学の博士号を取り、エジプトの仏語紙で活躍すると同時に映画研究家として各国の映画機関のアドヴァイザーを勤めている。
 ベアールを除き、日本では全く知られていない審査員たちであるが、皆、それぞれ立派な業績を誇っている。国際的に活躍する面々であり、英語は言うに及ばず、フランス語学力も身につけており、主催者側が意図的にフランス語の解る審査員を並べたようだ。この辺り、英語圏人種である我々日本人にとり、大きなハードルとなっている。
 この5人の審査員の構成は「病人大行列」にフィパ・ドールをもたらすことに影響を与えたと筆者は考えている。


NHK「病人大行列」が最高賞「激流中国」シリーズの1本


「激流中国-病人大行列〜十三億人の医療」(c) NHK

 ルポルタージュ部門ノミネートの「病人大行列」はNHKスペシャル「激流中国」シリーズの一本で、ベータカムデジタル撮影の49分の作品だ。ディレクターの高山ジン仁は2005年からNHKスペシャル番組センターで、NHKスペシャル「激流中国」のメインディレクターとして「病人大行列」(08)、「密着 共産党地方幹部」(07)、「富人と農民工」(07)を手懸ける中国モノのスペシャリスト。現在は報道局番組部所属、シニア プロデューサーとして「NHKスペシャル」、「クローズアップ現代」を担当。今回は、仕事の都合でフィパ2009には不参加であったが、関係の深いマイコMICO社の池田高明が代理受賞。
 
 番組の冒頭、未だ暗い早朝、大勢の人々の姿が写し出される。北京の大病院での受診のための整理券を求める人々の群れである。厳しい北京の冬、寒さに震えながら夜通し並ぶ。整理券を手に入れる人の数は限られ、あぶれた多くの患者と付添いの家族たちは、又、翌朝並び直す。運よく整理券を手に入れた人に、看護師が早速、診療費を、しかも現金で徴収する。

 いわゆる、北京で最新設備を整えた民間病院は高額の費用を必要とする。ここに社会主義を標榜する中国でも金の無い人々は切り捨てられる現実が描き出される。この患者の群れの中の一家族に焦点が当てられる。地方住まいの中年夫婦の息子は失明の危機にあり、わざわざ北京の病院へやってくる。そして、部屋を借り長期待勢で治療を受ける。この一家、地方の貧しい労働者で、息子の治療のため親類縁者から借金をしまくる。治療費、北京での滞在費が底を尽き、一家は悲嘆に暮れる。最後に一縷の望みを託し、今一度、両親を訪ね無心する。両親も貧しいが、母親が有り金全部を孫のために差し出す。涙せずに見られないシーンだ。貧困層が治療の枠外に押し出される過酷な状況を日本人クルーが描き出す。中国人であれば、不可能な現実の切り取りを、同じアジア人がやって見せたわけだ。中国の問題を正面切って採り上げるには制限が多く、その隙間を日本が補った形である。このアジアからの発信のインパクトの強さが「激流中国」の特徴である。


内容重視の審査傾向が受賞の要因
 
 昨年のルポルタージュ部門では日本から、同じく「激流中国 ある雑誌編集部 60日の攻防」がノミネートされたが入賞に到らなかった。中国でのマスコミ検閲を問う、大変レベルの高い作品であった。
 今年の初受賞は、審査員の好みが日本へ傾いたとも言える。例年、審査決定理由として、監督やプロデューサーたちは、多分に演出主義的であり、画像で全てを語れと主張する。具体的にはナレーションの最小的使用、マスクやボカシの否定などである。つまり、内容よりは作り方の重視である。しかし、今年は女性審査員が過半数で、演出スタイルよりも内容重視の方向性が強く感じられた。ここが「病人大行列」の受賞の一因と思われる。
 受賞式後のレセプションでは審査員のベアールがわざわざ我々の元へ来て「野心的企画であり、ヒューマニズムに富んでいる」と賛辞を述べた。彼女の発言こそ「病人大行列」の評価そのものであろう。なお、この決定は全員一致とのこと。



映像新聞 2009年2月23日号

(文中敬称略)

《続く》
           

中川洋吉・映画評論家